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12枚目

 こんな時に限って、食堂にはしっかり4人席が1つ空いていた。そこにほとんど会話なしに4人座った。私の隣が遠垣、対面が結城だ。

 残念なことに、4人座った瞬間に私達は注目の的になった。原因は勿論、有田である。藤ケ丘高校第2学年が誇るプリンスが、影の薄い無口な同級生と、まだ入学したばかりの1年生と、宇宙人とご飯を食べているのだ。たとえ彼のファンでなくても、野次馬根性が働いてしまうのも分からなくはない。それでも苦痛だった。時折入るひそひそ話が、全てこちらに向けているような気さえした。

 私と遠垣は先ほど買ったパンを机に並べた。有田はお弁当で、結城は普通の二倍ある弁当とパンを3、4つ机の上に出した。

「相変わらず多いなあ、結城の昼飯」

 有田は少し声色を上げつつ話しかけた。

「食べなきゃ監督に怒られるからな」

「うわー大変。サッカー部にそんなんあったらソッコーで辞めるわ」

 そう言いながら、有田は弁当を開けた。隣で結城も、大量の白飯に食らいついていた。私達もそれぞれのペースでパンを食べ始めた。

 …気まずい

 会話がない。ただただ沈黙。ほんの微小な咀嚼音がこれでもかと言うほど響いていた。しかし私は決意していた。私からは話題を提供しないと。そもそもこれは有田が希望して集まったメンバーだ。ならば、有田が遠垣に話しかけるのが妥当な線というやつだろう。これ以上仲を取り持ってやるもんか。

「遠垣…さんは…パン派?」

 お、よくやった有田。ついに自分から話しかけたな。質問はしょうもなさすぎて若干引いたが、まあいいだろう。何も質問しないことに比べたらずっといい。

「パン派…です」

 遠垣は周りの噂話より小さい声で答えた。もう男について文句を言い続ける彼女の影はなかった。

「そ、そうか」

 そう言うと有田は黙ってしまった。そしてまた沈黙が始まった。おい有田ぁ。私は心の中で叱責した。お前が企画したんだろ?お前が遠垣と飯を食いたいっつったからここに来たんだろ?ならお前が話していけや。動かねーと恋は始まらねーんだよ。私は柄にもなくそんなことを心の中で叫んだ。

「家田さんも…パン派?」

 私はずっこけそうになった。おい結城、なんでお前が話しかけてんだ?しかも遠垣でも有田でもなく、なんで私に質問したんだよ。あ、なるほど、あえて当事者以外に話しかけることで、場を盛り上げようとしているのか。こいつ意外と気が回るじゃないか。その有田そっくりの話し方がなければ完璧だったぜ。私はそう思い、はっきりとした口調で答えた。

「パン派だけど?」

「そっか…」

 そう言って結城もまた黙ってしまった。さっきのデジャブだった。私は再びずっこけそうになった。なんでだ!なんでお前が黙るんだよ。そもそもそこで黙るならなんで話しかけたんだよ。もっと色んな人に話題振って盛りあげろやあ。相変わらず、この男の動きは読めなかった。

 男に慣れず黙る遠垣、好きな人を前に固まる有田。そして何故か黙りこくる結城…地獄絵図だ。この光景も見たものは、誰も私達4人が仲良しだと思わないだろう。そんな確信めいたものが私にはあった。

 …これはもう、私が動かなければいけないのでは…

「そ、そういや野球部っていつも昼練してるよね?今日はどうしたの?」

 私はあえて結城に声をかけた。減ってきたとはいえ、未だに私達は衆目に晒されていたからだ。ここで気安く有田に声をかける勇気を出せなかったのだ。

「今日は無くなった。昨日公式戦だったし」

「公式戦の次の日の昼休みは休みになるんだよな。体休めろってことで」

 有田が口を挟んだ。こいつ、結城とはしっかり話せるんだな。いや私とも話していたな。遠垣だけが無理なのか…

「毎日…大変だね」

 そう無難な受け答えをしたところで、私はふっと隣を見た。遠垣は黙々とちょびちょびパンを食べていた。彼女は、こんなありきたりな会話にさえ入ろうとしなかった。これは本当に、男が苦手なだけなのだろうか…でも有田だけでなく結城の話も乗ってこないから、ある程度は正解なのだろう。

 これも、なんとかしなければならないのだろうか…

「そういや…遠垣さん…部活とか決めた?」

 ここで有田が動いた。よっしゃよくやったぞ。この前に比べると少しずつ成長しているように思えた。

「いや…まだです…」

 遠垣は少し目を背けるように言った。お、これはチャンスじゃないか?よくこの星の小説などで見るパターンだぞ。ここで、爽やかに誘うんだろ?

「そういや野球部のマネ足りないから、よかったらこない?」

 なんでお前が誘うんだよ結城!!!!!そこは有田が誘うところだろ!!!!

 そう思った瞬間、私の世界は反転した。ふわっとした浮遊感。天井に切り替わった視界。そして間をおかずに尻餅をついた。ついでに椅子が地面と接触した音がした。私は馬鹿か。本当にずっこけてしまったのだ。

 周りの視線が一気にこっちへ向いた。私は顔を真っ赤にして、椅子に座りなおした。座った瞬間、隣から聞いたことのないほどの笑い声が聞こえてきた。

「ぷっはははははは」

 遠垣の声だった。遠垣は食べていたパンを吐き出さないよう必死に抑えながら、それでも大笑いをしていた。

「家田先輩って…家田先輩って…本当にどじですよね」

 そう言うとまた涙いっぱい溜めながら笑い始めた。これをきっかけに、少し空気が解け始めた。

「そういや前の授業の時に…」

「ちょっと有田くん!その話はやめてよ」

「この前話してたらさ、宇宙人には…」

「結城くんもやめて!」

「電車の中でいきなり…」

「遠垣さんも乗ってこないで!」

 ここからしばらく3人は、私がいかにどじであるかで盛り上がっていた。有田や結城が大言壮語に話す過去の出来事を、遠垣は真剣かつ笑いながら聞いて、積極的に相槌を打っていた。私を置いてけぼりにして、どんどんと話が進んでいった。

 私は不満だった。ふくれっ面をしていた。しかし、隣の遠垣があまりにも華やかな笑顔を見せるから、今日1日は許してやることにした。そうだ、私は陰湿な地球人とは違う、温厚で友好的なアルフェラッツ星人なのだ。これくらいのことで、遠垣が笑顔になるのなら、むしろ安いくらいだ。そんなことを思いながら、それでも赤い顔を膨らまし続けた。


 結局彼女のことを、この時はまだ詳しく知らなかった。今から思うと、それで良かったのだ。もしもあの時、彼女に様々なことを問いただしていたならば、遠垣と仲良くできていたか不明瞭だ。

 すぐに相手のプライベートな内容を聞いて、それですぐ問題が解決して、2人はさらに仲良くなりました。こんな風に簡単に事が運ばないのは地球人の特徴である。様々な状況、人間、感情が複雑怪奇に入り混じり合う、非常に面倒くさい生き物である。いつ内面に切り込むか、そのタイミングが合わないと、簡単に関係は崩れてしまうのだ。

 と言うわけで、彼女の詳しい話はそう遠くない未来でお話することになる。今はまだお控え願いたい。その時の私は、まだ彼女の抱えるものに、完全に気付ききっていなかったのである。そして無意識のうちに、それを聞いてはならないと英断していたのである。今から思えばそれは、奇跡に近い出来事であった。我ながら信じられないほどに、である。

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