110枚目
今野という男は、クラスの中心人物だ。そりゃ、クラス委員なんだからそうだろと言われてしまいそうだが、それ以外にも理由があった。
1つ目には優男なマスク。有田がジャニーズだとしたら、今野は童顔で売り出している俳優といった所だろうか。少し切れた目と、極限まで小さい顔は、ファンも多かった。
2つ目にはその見た目とはいい意味でギャップのある奔放な性格。性格は温厚なはずなのに、色んな女に手を出しては別れるというのを繰り返しているらしい。これが有田との決定的な違いで、今野と噂になっても「あーこんちゃんだから」と一蹴されてしまうだろう。それほどの軟派男だ。
3つ目には彼が一流のスポーツマンという点だ。中学陸上800mのファイナリストであり、今年のインターハイも1500mで出場予定だ。もしここが博正社のようなスポーツ強豪校ならばこれくらいの実績の持ち主など多数とは言わないが稀ではないだろう。しかしここは普通の公立校藤ケ丘だ。全国大会に出場する同級生など、今野くらいのものだ。
顔×積極的な性格×スポーツマン。これから導かれる答えは、学校一のモテ男の爆誕である。そうして、活発男女からはとても好かれ、静かな男女からは疎まじられているのが今野という男なのだ。
ん?なんかあんた、今野のことについて詳しくないかって?そりゃ、中学時代からの付き合いだからだ。頭が恋愛依存症に塗れている輩はここで過去の我々の関係を指摘してくるだろうが、無論そんな甘い関係などない。私らは、ただの中学時代の同級生ってだけだ。
「今野も呼ばれたの?」
私は今野と距離を置いて話し始めた。今野は自然な動きでバスの隣を開けてきたが、そんなものご遠慮願いたいのだ。
「ん?何に?」
「や、有田に」
「雄二?お前らデートに行くの?」
おいスイーツくそ男。どうしてそんな発想になる。私のそんな心の中での不満をよそに、今野はわざとらしく口元に手を持ってきていた。
「そっかそっかそうかーーあの噂って否定されてたけど、本当だったんだーーそれは知らなかったなーー」
「死ね」
私は端的な暴言で応対した。
「顔赤くなってるよ、家田」
「赤くねえよ」
「本当だって、自分じゃわからないでしょ?」
「自分の気分が高揚しているかくらい自分でわかるっつうの」
あくまでも冷たく、冷え切った目で応対していた。こういうのを、人はなんというのだろう。うん、生理的に無理というやつだ。有田がではない。私は有田には手厳しいが、流石にそこまで思ったことはない。ただ今野は、確実に生理的に無理だった。
「えーほんとー?」
「で?あんたは何しに万展に行くの?」
今野は一瞬不貞腐れた顔をした後に、小声でこう言った。
「デートだよ」
「何よいつものことじゃない」
「まあなー」
どこに行くのだろう。観覧車だろうか。水族館だろうか。まあどこでも興味はないが。
「座らないの?」
「あんたの隣は座りたくない」
「ひっどい。おんなじ中学出身でしょ?」
「たまたま同じ中学だっただけ、それだけで馴れ馴れしくしないで」
「めちゃめちゃ嫌われてんな、俺」
ああそうだよと同意する代わりに、私は無言で視線を外した。
「なんかした?」
そう繋いできた今野に、振り返ることなどしなかった。確かに今野は、何もしてきていない。ただ嫌いなのだ。ただ単に嫌いなのだ。彼みたいな、人間関係が歪んでいる奴が嫌いなのだ。他に彼氏がいても遊ぼうと誘う彼が嫌いなのだ。見境なしに異性と繋がろうとする人を憎んでいるのだ。とばっちり?八つ当たり?はん、いくらでも言え。
「いいじゃん、たまには昔の話で花を咲かせようって気にはならない?」
「ならない」
「……なんかガチで冷たいよね?昔から?」
「昔から」
「そうかなあ……」
そうして少し黙った今野は、唐突に唐突な話題を切り出してきた。
「最近、咲子に会ったよ」
聞いたことのない名前のはずだったのに、知らない名前のはずなのに、私は振り返ってまじまじと今野の顔を見て、すぐにそれを恥じて視線を逸らしてしまった。
「どこで!?って顔だな」
違うけどな。そう思いながらも声に出さなかった私は、実は心の底でそう思っていたのかもしれない。
「大した話じゃないよ。あいつ繋がりで女の子紹介されたから、久々に連絡を取ったってだけ……」
「知らない名前ね」
そう反応するのに少し時間をおいてしまったのは、今の私に取って不覚でしかなかった。
「知らない人の話をいきなりするなんて、あんたコミュ障?」
「長年ぼっちの君に言われたくないかな」
「私は自らそうなってるのよ。だって私は、この世界を征服するために来たアルフェラッツ星人なんだから、この世界の人間と過度に仲良くなる必要なんて皆無なのよ」
「その割には最近あれだけどな。打ち解けてるけどな」
今野はそう笑ったが、地球人ではない私はその顔に優しさもハンサムさも感じられなかった。私がおかしいのではない。異星人なのだから仕方ないのだ。
「何?あんた別に私の親じゃないんだから、そう言う昔と変わったとか成長したとかそういう言質必要ないんですけど」
「そっか」
今野には軽く流されてしまった。その代わりにこんなことを聞いてきた。今一番、何よりも聞かれたくないことだった。
「目の下の傷、まだ痛むの?」
私は決して今野に目を向けないよう固い意志で必死に逸らしていた。今あいつの顔を見たら、殴ってしまいそうになるからだ。
「そんなもの、ないし」
私は強情だ。答えてやるもんか。
「そっか」
今野は黙った。私も黙った。黙ってて欲しかった。まだ私は、嘘なしに生きて行けるほど強くないのだから。過去なんて事実は、もう目を背けなければ立っていられないのだから。そんな私に、昔のことを聞いて欲しくなかったのだ。
流石にまずいと思ったのだろう。今野は慌てて少し楽しそうな話題を振った。
「もしかして、今日サッカー?」
そのあまりの変わりように、最初私は反応しきれず変な間が開いてしまった。
「J1の試合だよ」
「あー、それを有田と見に行くの?」
「そうそう」
「他には誰くんの?」
「知らない。でも私の友達も一緒」
「っていうか家田さんサッカー好きなの?」
軽薄な話題だな。そう思いつつも私は適当に返していた。すると、想像よりも早く、バスは到着した。たくさんの人が降りて行く中で、私らは最後尾で並んでいた。
「初めて見る」
「そっか」
そしてバスから降りて、もわっとした空気を感じた瞬間に、今野は口を開いた。
「その、宇宙人とかいう設定に飽きたら、言ってくれよ。咲子と一緒に謝りに行くから」
私はその時も、冷たくあしらった。
「そんなの別に、どうでもいい。やんなくて、いい」
そうして私達は、無言で違う道へと進んでいった。早く有田に会いたかった。まさかあいつに会いたいと思える日が来るとは、露ほども思わなかったのだがな。




