109枚目
ふう、嫌われてはいないようだ。こんな初歩的なことを気にしてしまうほどに、私の対人スキルは低い。特に、同性に対しては、すこぶる低い。おそらく男の子と話す時には、心の何処かで嫌われてもいいやって思っているのだろう。どうでもいい人間だと、好かれようが変な奴だと思われようがなんでもいいと、そう思うからこそ逆に気兼ねなく話すことができるし、気楽になれる。でも私は知っている。同性で、女の子相手で全員にそんな態度をとり続けたら、大変なことになってしまうのだということを。だからこそ、よく迷って、よくオロオロして、そしてよく遠慮してしまうのだ。
その中において、姫路はニコニコしながら話してくれた。まあ、そうだろうなとは少し思っていたけれども。彼女が人にキツくあたる訳がない。あんなにも誰かを慈しむ心を持った姫路が、そんなことする訳がない。わかっていたけれども、私の掌はじんわり濡れてしまっていた。緊張が止まらなかったのだ。そんな私の心境なんて、目の前の彼女は全く気づいていないのだろうけれど。
「そういや、家田さんは部活、入らなかったんですか?」
姫路が逆に質問してきた。
「入らなかったわね。天文部とかあったか考えてたけど」
「あー似合いそうです!でもそういう文化系の部活って、結構少ないですよね。何個あったかなあ……」
姫路は指を折りながら部活数を数え始めた。
「声楽部、けいおん、吹奏楽部、美術部、囲碁将棋部、あと……化学研究?」
私が唯一見学に行ったところだ。
「そんなもんかなあ?昔は演劇部とか放送部とかあったみたいだけど……」
「そうですねえ……あ、茶道部!茶道部ありますよ!」
姫路はいきなりテンションが上がったようだった。どこに高揚するポイントがあったのかは姫路自身以外計り知れなかった。
「そ、そうなんだ……」
「家田さん茶道部はどうですか?とっても似合いそう!!」
姫路は目をキラキラと輝かせながらそう勧めてきた。さ、茶道部?お茶を飲む部活だよね?あまりにも子供染みすぎた返事で、私は流石に喉の関門でせき止めてしまった。
「茶道部?」
「そうですよ!!着物を着て、お茶を立てて、そしてぴしっと正座する姿勢は絶対に似合いますよ!!家田さん、絶対に和服似合いますもん!」
和服、それは現在この星で最も広く用いられている衣服である洋服とは一線を画した、この国古来から用いられている服の種類である。帯と呼ばれるもので巻きつけた着物と言われる派手な衣類を身に纏う。露出は異常に少ないものの人目を惹く魅力を持つ。現在の日本ではお祭りなど特別なことがある時に用いられる。私も朧げに理解していたが、実物としてみたことはそこまでなかった。
「そ、そうかなあ?」
「そうですよ!」
姫路は鼻息荒く誘ってきた。水着の時もそうだけど、彼女はどうにも私のことを着せ替え人形だと思っていないか?現代風に言うならコスプレの土台に思ってないだろうか?まあ、どちらの側面もあるのだろうと好意的に見ておこう。
「それに、この国の文化を調査できるんですから、家田さんにとってもメリットじゃないですか?」
この言葉で私は痛いところをつかれたと言う顔になった。より具体的に表現するなら目と目がキュッと寄り目になった。その醜悪な顔を、この本を読んでいる君にも見せたいくらいだった。
「そ、そう、ね」
「そうでしょう??そうでしょう???」
こう言われてはなかなか断る理由が見つからない。むむむ姫路め。お前も私の扱い方というものを理解してきたな。家田杏里検定4級をプレゼントしたいくらいだった。
「まあ、また考えておくね」
私はそんな、つまらない回答でお茶を濁してしまう羽目になった。
「考えててください!」
まあ現実的にいうなら、高校2年の今頃に部活入るなんて馬鹿げているにもほどがあるんだけれども。
「じゃあ、勉強再開しよっか?」
でもこんなところで言うほど、私はバカではない。それは、勧めてくれた彼女に少し、悪いというやつだ。
「はい!」
この考えは遠慮なのだろうか?それとも配慮なのだろうか?そんな私のどうでもいい悩みなんて分と吹き飛ばすように、姫路は笑って鉛筆を持っていた。
シャープペンシルを置いて、ぐうううっと伸びをする。時刻は5時5分前だ。がさがさと机の上に広げた勉強道具をしまって、リュックのチャックをぴしっとしめた。
「家田さん、これからサッカーの試合見に行くんですよね?」
姫路は大量の荷物を軽々と持っていた。午前中に練習をしていた分の荷物がいっぱいあって、中には私の身長以上の細長いものもあった。恐らく竹刀だろう。
「そうだよー!じぇいわん?の試合」
「一昨日野球見に行って今日はサッカーって、ものすごい贅沢ですね」
「それもそうだね。姫路さんは、もしかして特訓?」
「はい!合宿前に父に特別メニュー組んでもらって」
実は当初参加予定だった姫路は、父との特訓が入ったということで辞退していたのだ。無論有田にも連絡済みである。どうにも父側が別の日だと日程がつかなくなって、スライドにスライドを重ねた結果だめになったらしい。まあ急なお願いだったしな。仕方ない。しかたない。
「申し訳ないですが、楽しんできてください!」
そうにこやかに言われて、ぺこりと頭を下げられては、私も同じ動きをするしかない。お互いに同じ動きをしつつ自習室を出るのは、なかなかに滑稽だった。
「じゃーねー!姫路さん!」
ブンブンと手を振る私。
「お疲れ様です!家田さん!」
自転車置き場へ向かう姫路。そんな彼女を見送って、私はバス停まで歩いて行った。
実は、うちの学校は駅からほど近いところにある。なんと信号1つ、歩いて5分だ。しかもその駅は、古都となにわを繋ぐ重要な電鉄だから、利便性がかなり高い。そして駅の前といえば、そうバスだ。つまりバス停というのも、私達の学校のほど近くにあるのだ。なんて便利な高校なのだろう。まあ私は自転車で通っているのだが。
バス乗り場に行って、万展行きを探す。昨日も一昨日もお世話になっていたので、すぐに見つけることができた。3度めにして初めてのスタジアムである。1番有名……は言い過ぎか。もしも姫路との約束がなかったら、ショッピングモールで昨日買い忘れた買い物をしても良かったかもな。そんな妄想に明け暮れながら、なにも考えずに来たバスに乗り込んだ。そして整理券を取って、席を探しているその時だった。
男の子を見つけてしまった。それも同じクラスの男の子だ。そしてその男の子を見つけた瞬間に、私の背中は凍りついた。あまり、得意とするタイプの男の子ではなかったのだ。悟られないようにゆっくり視線をそらす私に、向こうはしっかりと気付いてしまった。
さてこの男の子は、誰でしょう。亀成ではない。有田でも、沢木でもない。勿論、結城でもない。
「家田さん!どうしたの奇遇だね?こっち来なよ!」
そう、クラス委員長今野龍伸が足を組みながら私を手招きしていたのだった。




