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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第14章、イグアナ君と親戚の子ども
112/166

105枚目

 戻ってきても、全然集中できなかった。本を開いても文字が入ってこない。何行読んでも物語が入ってこない。気持ち悪かった。心地悪かった。こんな感情初めてだ。

 なに?私が悪かったのかな。怒りすぎちゃったのかな。でもむかついたのは事実だし、やめてほしかったのも事実だし、やりすぎのいじりに怒ったのも事実だ。我慢した方がよかったのかな?たかが冗談って甘く見逃した方がよかったのかな?堂々巡りを始めては、止まらずに回り続けていた。

 キャッチボールは続いていたが、声は聞こえてこなかった。向こうも向こうで気まずいのだろう。そりゃそうだわな。他人にぶたれて怒鳴られて、柔らかい空気になる星なんて、全銀河探しても見つからないだろう。しかもよりによってぶったのが弄っていた相手だったなんて、いくら温厚で平和的な我が星でも最悪の空気になること間違いなしだ。

 うーん、だめだ。いっそのこと買い物に行ってしまおうか。そしたら余計に、空気が悪くなるんだろうな。だって、怒った相手がこのタイミングでその場を離れるのだから、一般的な感覚としてそれは未だに怒っていることを示すし、許さないことを示すだろう。実際のところ私は、もう怒っていなかった。何ならやりすぎたと後悔しているくらいだった。もう少し、広い心を持たねばならないと自分を戒めているくらいだった。でも私にはテレパシーなんて能力は持ち合わせていない。無能力な宇宙人だから、こんな時に心の内を伝える術が地球人のそれと同等のことしかできなかったのだ。

 どうすればいいのだろう。もう怒っていないって、どうすれば伝えることができるのだろう。私は本を読んでいるように見せかけて、そんなことをずっと考えていた。そしてふと、足元に置いてあったグローブを見て、これだとひらめいたのだった。

 私は徐に立った。それだけで結城は動揺したかのように、背中をびくつかせていた。そして足元にあったグローブをはめて、てくてくと2人の方へ近づいていった。

「結城!!へいパス!!パス!!」

 ちょうど結城はボールを持っていたのだが、私のこの声で動揺したのかボールを落としてしまった。転々とボールが転がっていくのを、私はほんの少しだけ煽った。

「何してんのよ結城、ほら私も混ぜてよ!!」

 そう言って私はグローブをはめた左手をぐんと胸の前へ突き出した。野球のグローブは利き手と反対側につけるのだということは、昨日の野球の試合を見て学んだことの1つだった。そんなことすら知らずの野球の試合を見ていたのかというツッコミは、まあ妥当だ。

 結城は相変わらず呆然とした顔をしていた。まあそうもなるか。怒らせてしまったと思っていた相手がいきなり固辞していたキャッチボールに加わりたいと言い始めたのだ。驚くのも無理はない。しかしながら、私はこれが、一番みんなが幸せになると思ったのだ。私が起こっていないということの証左になると思ったのだ。

「本を読むのは、いいのか?」

「うん、ちょっと身体動かしたくなったから」

 まあ真っ赤な嘘だが。結城はまだ申し訳なさそうにしながらも、ぶんと腕を振ってボールを投げてきた。めちゃくちゃに山なりのボールだった。これくらいとりやすいボールなら、余裕でキャッチできる……そう思っていた時代が、私にもありました。

「ふぎゃああああああ」

 ボールは無情にもグローブに掠りもせず、私の頭に激突した。つむじの辺りに当たった。痛い。流石にこれは、痛い。これは軟球と結城は言っていたが、どこが軟なのだ硬ではないか。いや体感的には鋼くらいの硬さを感じた。

「ご、ごめん家田。大丈夫!?」

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

 う、やばい。これはまた結城が責任を感じて、また空気が悪化してしまうやつだ。良くない良くない。そんなことになったら何のために身体を張ってキャッチボールを始めたのかわからない。私は頭蓋骨の神経が発する痛みのシグナルを必死に見て見ぬふりして、気丈に振る舞った。

「大丈夫だよー!!大丈夫!!じゃあ投げ返すねー」

 結城はめっちゃ近づいてきていた。崇君はまだ私の運動神経の無さを知らないらしく、数メートルくらいは離れていた。私は一生懸命投げた。ぶんと投げた。そして崇君の胸どころか、足元にも届かなかったのだった。

「もしかしてお姉ちゃん……運動できないの?」

 崇君はついに理解してしまったらしい。私が最高に運動音痴であることに。しかもただの運動できないウーマンではなく、筋肉も敏捷性もない運動音痴である。つまるところ、良いところなしだ。

 ほら、もう怒ってないんだよー!!結城に訴えるように私はけらけら笑っていた。ほら弄りなよ!前のボーリングの件とか、水泳の件とかあるだろ。言えよ!!弄れよ!!もう私は、運動音痴ネタで弄られるのは慣れてんだよ!!

「違うぞ崇君。彼女は運動ができないんじゃない。この星に慣れていないだけなんだ」

 結城は私の想像の斜め上をいく回答を始めた。

「言い訳でしょそれ」

「言い訳じゃないんだ。彼女は本当はこのボールを使ってこの星を滅ぼさんとせんほどの超強力なパワーを持っているんだ。しかしそれをしてしまうとこの星がなくなってしまうだろ?だからあえて運動音痴なふりをしているんだよ」

 お、おうそうだな。私の腕にはそんな秘密が……ねえな。

「じゃあ今すぐそれを見せてよ、お姉ちゃん」

「こら、この星が滅んだらどうするんだ」

 まあある意味、こういう話の方が結城らしいと言えばらしいか。

「それよりも、上手い加減の付け方を教えてあげた方がいいな」

「なるほど、投げ方を教えてあげるんだね」

 崇君は少し不満げな顔をし始めた。私が入ってきたの、邪魔だったかな。

「序に崇君の球も受けてあげようか?」

「え?ほんとに?結城さんに受けてもらえるの?」

「そんな大したことじゃないよ」

「いやいやいや、大先輩に受けてもらうなんて、自分から頼めないよ。しかもそれが、結城先輩なんて」

 お、おう。話が進んでいっているが、私はついていけなくなって首を傾げたままだった。

「それじゃあまず家田を参考に投げ方のコツを教えるから、こっちに来るんだよ」

「投げ方のコツって、そんなのリトルでやってるよー」

「まあそう言わずに、ちゃんと講義を受けてくれたらボール受けてあげるから……」

「じゃあ聞く!!!早くしよう!!!」

 え?え?どういう話になってるの???私は混乱しながら右往左往していた。頭にはてなマークを浮かべながら、2人が近づいてくるのをぼうっと見ていた。

 先に近くにいた結城が、耳元でこう囁いた。

「ありがとうな、家田」

 ごめんよりも聞きたい言葉をもらった。私の意図を理解してくれたようだ。私は冗談っぽく、

「貸し1つよ」

 と言って笑った。私のこの選択が正しいのかわからないが、結果論の観点に立てば間違いなく良かったのだろう。

「なあ家田。少しだけお願いがあるんだけど……」

「お、何よ何よ??」

「投げ方のコツを教えたいんだけど」

「ぜひ聞きたいわね。今のままじゃキャッチボールなんて到底無理だし……」

「ちょっと身体、触っていいか??」

 うん、もしかしたら私のこの選択は間違っていたかもしれない。こう言われた際に私は、反射的にそう嫌悪感を示してしまったのだった。

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