11枚目
こうして、2人は互いを愛し合うようになりました、だと無難なハッピーエンドである。もしくは、男の想いは届かず、新しい恋を探しに行く、のであれば、バッドエンドだが未来に希望を残す終末になるだろう。しかしながら、物語は終わらない。正直に言う。私の想定より、有田雄二という男は恋愛に奥手であったのだ。
週の最初の昼休み、私はいつも通り1人で購買に出かけた。購買のパンと言えば、お腹を空かした少年少女の狩場のようなイメージだが、我が学校にはそんな状況にならない。そもそもそんなにパンを買いにこない。校門出入り自由だから徒歩1分のコンビニに行ったり、徒歩2分のラーメン屋に行ったりできるからだ。食べるところが多いと客は割れ、自然とパンにありつける、そういう寸法だった。
「あ、家田…さん!」
いきなり後ろから声をかけられた。振り向くとそこには遠垣がいた。膝上10センチの良心的なサイズのスカートを履き、白いワイシャツにピンク色のカーディガンを羽織っていた。うーん、電車で露出狂しているとは思えない格好だ。
「遠垣さん!遠垣さんも購買行くの?」
「あ、うんそう…です」
私は彼女の変化に敏感に気づいた。
「敬語じゃなくていいよ。なんか変な感じだし」
「あ、そう…か。わかった」
遠垣はひょこっと頭を下げた。
「昨日はごめんね。見られたくなかったでしょ?」
私はなるべく詳しい話をしないように気を配りながら謝罪した。
「や、大丈夫だったよ。びっくりしたけどね。にしてもまさか一昨日の昨日で見つかるとは思わなかった!なんであの店に入ろうと思ったの?」
「入ろうとは思ってないよ。ただ迷っちゃって…あ、私がいなくなった後、有田くんはどんな感じだった?」
「有田くん?」
「そう!私の隣にいた人。なんか話しかけられた?」
私は悟られない程度の期待の眼差しを向けた。隠してたバイト先まで知ってるんだ。恐らく有田の想いは甚だしいものに違いない。ならば、何か1つアクションを起こしたに決まっている。そう、決まっているのだ。
「昨日の人?」
私はうんうんと強く頷いた。
「や、特に何も…あ、一回だけ話し掛けられたんだけど、やっぱいいですって言われた。別に暇だったから、話し掛けても良かったんだけどね」
おい有田。私は心の中で突っ込んだ。
「その後ももじもじしてたから、トイレの方お伝えしたら『や、大丈夫です』って言われたくらい?」
有田ぁ、ビビってんじゃねーぞ。私を、この調査活動で忙しい私を巻き込んでおいてそれはないだろう。
「け、結局何分くらいいたの?」
「んー家田さんがいなくなってから…10分くらい」
ほとんどいねーじゃねーか。私は落胆した。おいおい、あいつはサッカー部のエースだろ?みんなにモテモテな学校の王子様なんだろ?そんな内気なオタクみたいな恋愛してていいのか。恋の1つもしたことのない宇宙人の戯言だとは分かりながらも、そう声を大にして言いたい気分になった。私の気遣いは徒労に終わったのか…
「でも、正直に言うとちょっと安心してたりするんだ」
「なんで?」
私は反射的に聞いた。
「や、あんまり男と話すの好きじゃないんだ」
「まあ嫌いなものと話すのは嫌だよね」
「そう!だいたい男ってのはバカばっかりで…」
また始まった、遠垣来夏の男批判。聞けば聞くほど、バイト先を間違えているのではないかと思ったしまう。聞きたいけど、聞いていいものなのか…
悩みながら歩いていると、購買が見えてきた。
「そうそう、やっぱり男はみんなば…」
遠垣の声が途絶えた。どうしたんだろうと思って顔を上向かせると、爽やか青春自殺志願ボーイが立っていた。
「おはよう、家田さんと…誰?」
何爽やかな声で話しかけてんだ異常性癖者。お前はそんな人間じゃねえだろ。そんな爽やかで青春している高校生じゃねえだろ。私は訝しげな視線を送りながら彼の質問に答えた。
「1年生の遠垣さん」
「そっか、よろしくね!」
結城はすっと手を差し伸べたが、それを遠垣はぷいっとしてしまった。そしてじっと私の方を見てくる。ん?どうした?さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのだ?もしかしてこの子、単純に男の人と話すのが苦手なのではないか?
遠垣は私の服の袖を掴み、ぷるぷると震えていた。身体を半身だけだし、相手の様子を伺っているようだった。それはまさに小動物のようで、大凡電車で痴漢ホイホイしている人と同一人物だとは思えなかった。
「おーい、結城何してんの?そろそろパン売り…」
後ろから声が聞こえた。背の高い結城で完全に被っていたから当初声しか聞こえなかったが、それだけで私は嫌な予感がした。
姿が見えた。ビンゴ!有田が私の方を見て、続いて後ろで子鹿のようになっていた遠垣の方を見た。その瞬間、有田は固まってしまった。顔が真っ赤である。一方で遠垣もさらに震えが止まらなくなっている。そりゃ見られたくないものを見られた男相手だからな。理解できる反応だ。
昨日散々有田に仕掛けた静寂耐久ゲームを、まさかこちらが仕掛けられることになるとは思わなかった。固まってしまって何も話さなくなってしまった有田雄二、苦手な男2人に話しかけられてしまい対応に困っている遠垣来夏、そして何故か話さなくなった結城仁智。3人ともわかっているのだろうか、私だってクラス内の評価は『宇宙人』なんだぞ。最もコミュニケーション能力に難があるんだぞ。それをわかった上で黙っているのか?
長い長い沈黙だった。このまま誰も口を開かないのではないか疑ってしまうほどだった。
「あれー有田君、何してんのー?」
「ご飯たべなーい?」
背後で声がした。クラスのチャラい女子が有田に話しかけたみたいだ。これは好都合。
「んじゃね、2人とも!」
私は遠垣の手を引っ張って、購買へ向かおうとした。その時、強い力が引っ張った。振り返って見てみると、有田の震えた手が、同じく震えた遠垣の手を掴んでいた。
「今日、この2人と飯を食べるからさ!」
は?聞いてないんだけど。私は眉を最大限寄せた。好意的に解釈するなら、有田が勇気を出してご飯に誘ったということになるだろう。しかし…さっきの固まった感じで、何を話すというのか。
「ごめんね。それじゃあ」
そしてなんでそのセリフを話しているのが結城なんだよ!色々おかしいだろ!
こうして私達は、色々と混乱しながら、購買に併設されている食堂の机に向かっていった。