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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第13章、高校野球と母親の決意
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98枚目

 試合は一方的な展開を見せていた。これで藤ヶ丘が勝っているならばまだまだ楽しいと思えたが、現実は非情である。博正社の投手の前に打線が沈黙し、一方で守備では効率的に点を取られ、気がついたら6点差がついてしまっていた。まだ試合は半分もいっていなかった。

 もしかしたらここで野球部に思い入れのある人間なら、もっと頑張れと鼓舞していたかもしれない。しかし私は生憎その星の元に生まれていない淡々と試合が進んで行く中で、私は時に隣でメガホンを持って上手に踊る遠垣の姿をチラチラ見ていた。

 そして5回の表が終わった時だった。試合としてはちょうど折り返しだが、相変わらずの0行進だった。ヒットすら一本しか出ていない現状。そんな惨状を嘆くかのように、1つ前にいた男2人が口を開いた。

「うーん、やはり厳しいかあ」

 2人とも所謂中年親父といった風貌で、ここの高校のOBなのか、それともご子息さんが試合に出ているのか、いまいち判別に困るぼどの雰囲気を醸し出していた。

「まあ相手も強いですからねー」

「やはりレギュラーが1人抜けたのは痛かったな」

「あれ、結城くんでしたっけ?」

 結城という言葉にはセンサーが付いている。そう私は思う。漫然と聞いていた私も、この時は身を乗り出したくなるほど露骨な反応を示してしまった。おそらく隣にいた遠垣はさぞかし驚いたことだろう。

「そうそう、結城くん。春大会で彼を見たんだけど、まさに強肩強打って感じで凄かったんだけどなあ」

「しかもまだ2年生でしたっけ?」

「そうそう、いくらまだ引退じゃないって言っても、結構な痛手だったよ」

「むしろ結城くんに沢木くんと春大会頑張った2人が抜けて、よく春大会と同じところまで上がってこれたって感じじゃないですか?」

「まあそうだけど……できれば勝ってほしいじゃないか!」

 そう言って2人は中年特有のがはは笑いを繰り出していた。私からしたら全く知り合いじゃないのに声をかけたくなった。結城にしても沢木にしても、そんなにすごい選手だったのか。そういや沢木は怪我したとかなんとかプールで言ってたような言ってなかったようなそんな気がする。そう思うと、私達をここに呼んだのは、主力である2人が抜けてもなお頑張る部活の仲間の姿を見て欲しかったからなのかもしれない。そしてこの推測の通りだとすると、先程から先頭で踊り続けている沢木に、特別な同情心を寄せてしまいそうになる。

 試合はそのまま5回の裏に突入し、その2人の中年は黙りこくってしまった。そりゃそうか。おそらく彼らは野球のファンで、とても詳しいのだろう。私のようによくルールも把握できていないのに見ているという層ではないことは確かだった。

 うーむ、できればもう少し話を聞きたいなあ。私はそう思いつつ、試合をそこそこに考えていた。

 彼について、私が知っていることはごくわずかだ。それは彼が自分のことを話さないということもあるが、私が彼の話を怖がっているというのも勿論ながら存在した。

 もしかしたら、隣の人は知っているかもしれない。そう思った時には、藤ヶ丘はまた追加点を入れられていた。


「ねえ」

 5回の裏が終わった後は、少しだけ時間が開く。グラウンド整備というやつだ。10人ちょっとの人が出てきて、土をならしたり水を掛けたりしていた。その時間観客はトイレと飲み物の購入に当てることが多い。もしくは隣の遠垣のように携帯を触る時間になることが多い。チャンスとしては今しかなかった。

 ねえと声をかけて、振り向いた少女の名前が出てこなくて困惑した。あれ??あれ??この子の名前なんだったっけ??

「結城……2回生の結城仁智って選手について、何か知ってる?」

 うーん、この口下手女!私は自分に向けて嘲笑したくなった。こういうのは世間話とかワンクッション置いてから聞くものだろう。というか先に名前を聞くのが定石だろう。何故すぐ本題に入ってしまうのだ!想像通り目の前よ少女は首に巻いたタオルを口に当てながら困惑した表情を浮かべていた。

「知ってますけど……」

 またも蚊が鳴くほどの小さな声だった。

「春大会見に行った時、物凄い活躍してましたから。私立の強豪校相手にHRとか打ってましたし。それに……」

 私は次の言葉を何故が唾を飲み込んで待った。

「結城先輩の父親、プロ野球選手だったんですよ」

 そして唾を飲み込むに値する爆弾発言を、その少女はいとも普通な顔でやり始めた。私はあまりに初耳なその発言に、思わず自分の耳を疑ってしまった。しかしながら、あの半端ない家の広さや、その割に家に人がいる気配のない状態というのが真実味を帯びてきた。同じお金を持っていても、野球選手ならば家に帰ってくることが少なくてもおかしくない。ん?ちょっと待て。

「プロ野球選手だった?」

 私はそこに少しだけ引っかかってしまった。

「そうですよ。今は何をやっているかわかりません。プロ野球球団をクビになった後は、アメリカに渡ったとか台湾に行ったとか、ひっそり引退したとか様々な噂が流れてますよ」

 少女はそう一通り説明した。そしてその後怪訝そうな顔をしながら、

「で、なんでその人について聞いたんですか?」

 と尋ねてきた。私は少し慌てながら弁解した。

「い、いやね!ちょちょちょっとね!あ……ほら私あの………結城くんと、そう!結城くんと同じクラスだからさ。聞いてみようかなって思って!」

 なに?これのどこが少し慌てただって?いやいや、ね。文章にすると尋常じゃない慌て方に見えるけれど、本当はそんなことなかったんだよ。本当だよ。そんな私の心の中での弁明も、目の前の少女は気にせずさらに追求し始めた。

「沢木先輩も篠塚先輩も同じクラスですよね?」

 うーん、篠塚とは誰だ?というか……

「あれ?なんで私のクラス知ってるの?」

 私は一縷の希望をかけてそう突っ込んだ。これには少女なの方も尋常じゃない慌て方をし始めた。

「えーと、その……結城先輩のクラスを知っていたので!」

 う、上手くかわされてしまった。ならばこちらも話題転換をしよう。

「そういえば、名前聞くの忘れてたね。私の名前は家田杏里」

「知ってますよ。私も同じ学校の1年生なので、重々理解しています。変な先輩ですよね」

 なにおうという顔をしていたら、そろそろ6回表が始まろうとしていた。

「貴方の名前は?」

 この質問を最後に、また応援に戻ろう。そう心に決めていた私を、彼女の発言は粉々に打ち砕いてしまった。

「結城杏子、と言います」

 そして沢木が立った頃、さらに追い討ちをかけてきた。

「日頃は兄がお世話になっています」

 もう私の頭は、パニックになって仕方なかった。

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