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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第13章、高校野球と母親の決意
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96枚目

「杏里ちゃーん!!!こっちっすよー!!!」

 背はそこまでではないのに、声だけは一丁前に通る。そして私のことを堂々と下の名前で呼ぶ。これだけで良くわかると思うが、この男は沢木だ。沢木は野球部のユニフォームをきて、アルプススタンドの1番手前側にいた。内野側の応援席のことを一般的にアルプススタンドと呼ぶらしい。なんでアルプスなのか。ヨーロッパや長野県は関係あるのか。そこまでは調べきれていなかった。

「あれ?隣にいるのは……よくうちのクラスに来る子っすよね?」

 沢木は真っ白なユニフォームを光らしながら、キラキラした目で問いかけてきた。

「そ、そうです」

 遠垣は裾をギュッと握りながら俯いた。遠垣は私たちのクラスに馴染んでいるようで、実は姫路結城有田私以外の人間とはほとんど絡んでいない。お陰様でこの人見知りっぷりだ。バスの中で相変わらずの短いスカートを着用していたというのに、今では純情な女子高生みたいにしおしおとなっていた。それはまるで二重人格みたいだった。

「まあまあ2人ともよく来たっす!ここ並ぶっす!」

 そう言われて案内されたのはアルプス席の中でも比較的後方の席だった。私は被ってきた帽子を深めにした。家にたまたまあったひし形マークの象られた帽子を、今回持参したのだ。多少わかってはいたがここに日陰はない。水分補給と日光遮断が大事になる。そう確信してここにきたのだが、今の所成功とみていいだろう。

 すでにアルプス席にはいっぱい人が来ていた。年齢層はバラバラで、学校で見たことのある人やクラスメイトもいれば、20、30代、いやそれ以上の人もいた。アルプス席は特定の学校を応援する人が座る。ということはこの人混みは藤ヶ丘を応援する人達が集まっているということか。そう考えると沢山いるなあ。まあ私みたいに野球のルールすらよくわからん人も来ているかもしれないが。

「そういや藤ヶ丘、20年くらい前に甲子園出たことあるらしいよ」

 遠垣はそう耳打ちした。私はほえーとしつつ、甲子園出るのってすごいの?という質問をしようとして思い止まっていた。もしもすごいことだとしたら、反感を買うのは私だ。

「甲子園出るのって、何回勝たなきゃいけないの?」

 私は少し配慮した質問をした。これならば単なる無知な女子高生になるだろう。たとえ無知だとしても無礼なのは宜しくないからな。地球人と違って私はアルフェラッツ星人だから、これくらい考慮して発言できるのだよ。私は心の中で偉そうにした。

「うーん、7回くらい?」

「結構だね」

「や、ちゃんとした数字はわからないですよ!」

 なんだ遠垣も知らないのか。ということは一般的な女子高生は知らないということだな。そう思った矢先、遠垣と反対側から小さな声でツッコミが飛んで来た。

「8回よ。それで、今日は5回戦。ベスト16」

 あまりに小さな声で、まるで自分達に向けて話しているかすらわからないほどだった。しかし振り向いてみるとこちらを見ていたようで、すぐにふいって明後日の方向を見ていた。首元まで伸びた髪の毛はふわって内側に巻かれていた。切れ長ではない一重まぶたに、私より全てにおいてひとまわり大きい輪郭と体型だった。少しだけ頬が紅潮していたのが、暑さのせいなのかどうなのかわからなかった。

「どうしたの?先輩」

 遠垣はそんな心配そうな顔をしていた。もしかして遠垣にはさっきのこの子の声が聞こえなかったのだろうか。そうだとしても妥当なほどの声量だった。

「8回勝たなきゃいけないんだって。甲子園行くには」

「あ、そうなんですか」

「隣の人が教えてくれた」

 そう言って私は隣の少女を指差した。びくっっとなった彼女に、私は一瞥した。少女は引きつりながら笑い返した。そして私の1つ奥にいる少女の顔を見て、少し意外そうな顔をしていた。

「遠垣……さん?」

 これもまた小声だった。遠垣に聞こえるかすれすれだった。後ろに陣取った男子たちの声に掻き消されそうだった。

 少し待って反応がなかったので、私は口を開いた。

「あれ?遠垣さんもしかして知り合い?」

 遠垣は少し首をひねっていた。違うのか。そのあと2人とも黙りこくってしまったので、私も深く追及しないことにした。


 今日この球場では3試合が行われるらしく、そのうちの初戦が藤ヶ丘ー博正社だった。甲子園は県に分かれて予選を行うのだが、話によると私達の県の野球名門校上位三校が試合をするらしい。2戦目の北陽大付属と、3戦目の楼陰学園がその名門校らしい。そういう訳なので、我が県の高校野球ファンは皆この日を楽しみにしていたのだということを、私はネットサーフィンをして知ったのだった。

 という訳なので、こんなことを言ってしまっては可哀想だが、私達の高校は引き立て役である。恐らくこの球場に集まった人達も、その多くは博正社目当てであり、私達の高校を見に来た人たちはこのアルプス席の人達だけだろう。そう思えるほど球場は博正社一色だった。高校野球についてあまり知らない宇宙人的見解だと、勝負事など始まるまで何が起こるかわからないではないかと言いたくなるのだが、そうした不確定要素を吹き飛ばすほどの戦力差があるのだろう。

「それじゃあ今から応援の仕方教えるので、できれば後ろの席の方々も一体となって応援よろしくお願いします!!」

 沢木が前に出てそう叫んでいた。ほう、応援にも仕方というのがあるのか。ちゃんと聞いておこう。郷に入ればなんとやらというやつだな。きびきびした動きでばっと立ち上がった周りの人らを見て、私たちは少し遅れて立ち上がった。そうか良かったらと言ってはいたが大体みんなこういうのは積極的に参加していくものなのか。私は感心しつつ、沢木の踊りを見よう見まねで踊った。

 そんなに難しいものじゃなかった。そりゃブレイクダンスみたいなのをやり始める高校なんてあり得ないだろうが、それでも簡単な部類だった。これくらいならふらっと野球場に来た私でも出来そうだ。因みに隣ではめちゃめちゃやり慣れている風にきびきびと動く遠垣の姿があった。1つ1つ同じ動作をしているはずなのに、動きのキレというか、そういうのが違うように思えた。

「それじゃあ本番もよろしくお願いしまーす」

 そう言って沢木がはけて、みんな座りだしたタイミングで、私は遠垣に尋ねようとした。踊りうまいねって言おうとした。そしたら、

「遠垣さん踊りうまいね」

 という声が飛んで来た。その主は、真後ろに陣取っていた阿部ちゃんだった。

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