95枚目
94枚目は少し分量が少なくなってしまって申し訳ない。私も疲れてきたのだ。なんせ君のために、93枚も一気に書き連ねてきたのだからな。読む側も億劫になってくるころだとは思うが、それは書き手も同じだ。だから勘弁してもらいたい。私だって、機械ではないのだからね。
しかし改めてみるとこのミミズ文字はひどいなあ。解読できるだろうか?頑張っていただきたい。まあ簡単に言うと麻沙美が米を炊けないから私がフォローしたという話だ。単純な話だろ?しかも想像に難しくない話だろ?たかがこれだけの話なのに寝落ちしてしまって、非常に申し訳ない。というか本当はこの後の話もセットで書き連ねる予定だったのだが、そこまで私の気力が追い付かなかったのだ。慣れていない者にはこんな程度の物も強靭な精神を持ち合わせていなければ実現不可能になってしまうということだな。私はそう理解して、自身の弁護を終わろうと思う。
それと、もしかしたら『もうこんな形式をやめて普通に書けばよいではないか?』と思われてしまうかもしれない。しかしながらその指摘は遠慮していただきたい。これは記録用紙だ。後少しでなくなってしまう私を、出来るだけ生身のリアルなまま切り取った記録媒体だ。そうであればこのような形式をとるのが妥当であろう。日頃から報告書としてまとめていたおかげで、正直筆の進みには困っていない。そうでもなければこんないっぺんにこんな大量の文章、書きあげることなど不可能だからな。あの頃の私に感謝である。
まあ自分自身、割と楽しくなってきたというのが本音である。あの頃の自分というのがどのようなものであったのか、どのような感情で動いていたのか、そう言ったものを客観的に分析できるいい機会だ。もう私も長くはない。ならばこのような形で君に私のすべてを置いていくことが、必要なんじゃないかと考えているのだが、そのような堅っ苦しいことだけではなく、単純に書いていて楽しいのだ。私は宇宙人である。誇り高くも平和で友好的なアルフェラッツ星人である。このような戯言を述べるのが快感なのである。事実ではなく、思い出として語る宇宙人。でも、それもよいではないかと許していただきたい。懐古主義に浸って感傷を得ている私に、もうあの頃の本気と熱気はなくなってしまっているのだから。もう二度と、ああは成らないし、できないのだから。
おっと詳しく話しすぎたね。どうも私は冗長に物事を詳細に描写してしまう癖があるように思える。それがこの分量までこの話が続き、そして今半分が過ぎたか、まだ過ぎていないかという所まで引き伸ばされている要因であろう。まだまだ続くとは思うが、のんびりと読んでいただきたい。
では時間軸を元に戻そう。時は2017年7月24日。場所は万国展覧会記念野球場。主人公は、視点主は、もちろん家田杏里だ。
私はその日、タオルと帽子を身につけて野球場に向かった。野球場は万展という仇名で呼ばれる複合施設の中にあった。むしろプロサッカーチームのホームグラウンドのイメージが強かったからそれは中々に意外だったが、場所としては高校からバスで30分程であり非常に都合がよかった。因みに有田から誘われているサッカーチームの観戦もこの万天の中にある記念競技場で行われる。無論ここはそうしたスポーツの施設だけでなく、自然にあふれた公園だったりだだっ広い広場だったり、水族館やプールなどが併設されたレジャー施設や様々なテーマの個性的な展示で有名な博物館など、1つの区画に様々な施設が混在しており、一日で遊び足りないと言われるほどだった。これらを総称して、この星の人々は万展と呼ぶのだ。
その中でも野球場は最も学校から近い所にあった。万展は広い。端っこから端っこまで歩くのに徒歩で1時間では済まない距離がある。だからどこにあるかで行き方が変わってしまうのだが、野球場とサッカー場はこう高校近くから出ている市バスに乗るのが鉄板だった。
「楽しみですね、先輩」
市バスから降りて、隣の遠垣はそう笑いながら声をかけた。実は今回の応援に彼女を誘ったのだ。昨日の疲れが取れていないのか、少し背中が曲がっていた。おいおいスタイル崩れるぞといいたくなったが、それほど疲労が蓄積したのだろう。疲れているなら別に良いよと言っていたのだが、アグレッシブな行動力である。これをクラス内でも発揮できるなら、もう少しうまい人間関係が作れるだろうというのに……大きなお世話である。
「姫路先輩もきたらよかったのに」
「まあ、部活なら仕方ないよ」
「そういや午後、先輩空いてます?姫路先輩空いてるなら、3人でどっか行きません?」
まあ午後は開いているな。そう思った矢先、ここで予定を入れてしまっては、本当に休める日がないのではないかという心配に陥った。いやでも、隣の遠垣は昨日一大イベントからの今日朝9時にここにきているんだよな。そう考えると断る理由などない。
「いいね。姫路さんに送ってみるわ」
私はそう言いながら歩きスマホを始めた。地球人はだめだと言われているらしいが、私はアルフェラッツ星人だから大丈夫なのだ。そんな戯言を投げつけながら、私は今日午後空いてる?というめちゃくちゃ簡素なlineを送った。
「んじゃ、会場まで行こうか……」
といって前を向くと、そこには多くの人が同じ方向へ向けて歩き始めていた。バス停から少し内側へ入ったところに私鉄の電車がある。そこからくるのが、遠方の方々、市内以外の方々が来る最も簡単なルートだった。そして多くの人が帽子を被り、タオルを首にかけていた。中には『博正社』と書かれたメガホンを持った人間もいた。博正社とは、今日我が藤ヶ丘高校が対戦する高校である。
「すごい人だね……」
それはまるで高校生の部活の試合とは思えない人数が集まっていた。それに遠垣も少しビビっていたのか、私の少し後ろを歩き始めた。
「まあ確かに博正社って高校野球の名門ですからね」
「そうなんだ。私詳しくないからわかんないんだけれど」
「まあ宇宙人にはわかんないですよね」
おうなんだ悪いか。遠垣の軽口に私は眉をひそめ、そんな私を見て遠垣は控えめに舌を出した。
「まあでも、みんながみんな野球場に向かうとは限らないですしね……」
遠垣はそうフォローしていたが、現実はそうはいかなかった。そりゃそうだ。朝の9時なんて他のレジャー施設は開いてすらいない。広場でピクニックするにも昼時が妥当な時刻だろう。そしてこの施設はバードウォッチングなどもできるが、それをするには時間が遅すぎる。そして本日、サッカー場は何も行われない。となると選択肢は一択だ。
そこはしっかりと客席も準備されているしっかりとした野球場だったが、写真で見る甲子園球場などとは天地の差があった。甲子園は数万人入る構造だが、ここは数百人の席が用意されているかも微妙だった。そしてそこに、その10倍は優に超える人間が集まっていたのだ。いや、確かに高校野球はこの星の中でも特に人気なスポーツであるとは知識として知っていたが、ここまでとは思わなかった。このように、完全に圧倒された私達を、遠くから劈く大声で呼ぶ丸坊主の同級生がいた。