10枚目
変な空気が流れた。そりゃそうだ。昨日初めてあって意気投合した人と、全く違う場所で再開したのだから。しかも、こんなところで。
店内は休日にも関わらずあまり人がいなかった。確かにこの街でこういったメイド喫茶が栄えているイメージはない。どちらかと言うと舞妓さんだろう。私はメイド喫茶などここが初めてだから比較できないが、想像よりは落ち着いた雰囲気があった。人が少ないから落ち着いてる?それはおそらく禁句であろう。
遠垣は一瞬驚いた目をしていたが、すぐに我に返り、私たち2人を空いている席へ招待した。プロ根性を垣間見た。バイト経験のない私からしたら、遠垣がずっと大人に思えた。私もバイトくらいした方がいいのだろうか…
「ではこちらの方お座り下さーい。今メニューの方お持ちいたしまーす」
そう言って遠垣はキャピキャピと裏手へ戻っていった。その間に有田へ質問した。
「で?何で私を連れてきたの…?」
「え、えぇ…あれだよ、このお店入りたそうにしてたからさ。疲れた顔してたし」
や、確かに疲れた顔をしてたのは事実だけどな。というか疲れてたしな。微妙に当たっているから反駁に困ってしまう。
「なんか、家田って素直じゃなさそうじゃん。話しかけて誘っても強情に『疲れてない!』とか言いそうだったし」
おっとそれはミステイク。私ほど素直ではっきりと生きている人間などそうはいないぞ。なんせ初対面で宇宙人であることを曝け出すほどだからな。かつてこんなエイリアンなど居なかっただろう。私は目一杯したかった反論を、遠垣が来たことでストップした。
「はいどーぞー。お決まりでしたらぁお呼びくださいー」
私は遠垣店員からメニューを受け取った。それと同時に彼女は私の耳元で囁いた。
「なんであんたたちここに来たのよ?付き合ってんの?」
私は表情一つ変えず答えた。
「目の前の奴に無理やり連れてこられたんだ。あいつも藤が丘だよ」
「そうなの?」
「同じクラス」
遠垣はそれを聞いて裏手に帰った。いや聞いたから戻ったのではなく、彼女にも仕事があるから戻ったのであろう。
「もしかして、遠垣さんと仲良いの?」
有田は訝しげな目をこちらに向けて来た。そんなに自分に友達がいることをおかしなことと捉えているのか…呆れた男である。
「まあ…そうだけど…?」
これでも数時間語り合った仲だ。仲良しと言って差し支えないだろう。
「マジかーそれは…良かった」
「私…なんか食べたら帰るよ」
「え?」
「や、え?じゃなくて、私は君に連れてこられただけだからね」
そうだそうだ。私は今日古書街に行くのだ。お前などに構ってられる暇などないのだ。
「マジかぁ」
「…マジだよ」
「マジかぁぁ」
だからマジだっつってんだろ。そんな哀愁漂わせても無駄だ。お前とここにいる用はない。
しかし…一方で遠垣とは話したくなった。あんなに男が嫌いな遠垣が、なんでこんな男の欲望の権化みたいな場所で働いているのだ。あんなふりふりの服を着て、髪の毛を二つに分けて、媚びるように甘えた語尾を付け足して…自己倒錯しないのだろうか。自分が嫌いなものに媚びる生活など、考えただけで精神が参ってしまいそうだ。
でも、こんなこと話していいのだろうか。まだ2日という時間的な浅さ以前に、こんな人の生き様に関する質問など、気軽に投げかけていい質問とは思えなかった。聞きたいことと、話したいことは、しばしば乖離をちらつかせる。それを上手く調整することが、この国、ひいてはこの世界で重要なことなのだ。
「…私オムライス頼む」
メイド喫茶と言えばオムライスでケチャップに文字を書くのが一般的らしい。アルフェラッツ星ではそのように伝わっていた。
「いいね!俺もそれにしようかな」
有田はメニュー表も見ずにグッと親指を立てた。こいつのいちいち鼻につくリア充っぽい言動が私を最大限イラつかせた。悪意はないのだろう。住んでいる世界が違うだけだ。
私達はケチャップの文字をお任せして、オムライスを2つ注文した。そして私はスマホを開いた。元々ここに長居する気は無い。目の前のリア充男と話す気もない。古書街に行くにはどこに行けばいいのか。そもそも現状何処へ歩けば駅に着くかすらわからない。これではダメだ。
「そういや、家田は本当は何処に行こうと思ってたの?」
沈黙に耐えられなかったのか、有田は口を開いた。私はめんどくさそうに答えた。
「…古書街」
「古書街⁉︎お前それ、めっちゃ遠いじゃん」
「!?場所知ってるの?」
「古都国屋の近くのだろ?ここから北に4キロくらいあるぞ。歩きで行くのはきつくねえか?つうか何処から歩いてきたんだ?」
「…古都国屋」
「マジかよwwそれお前ほぼ正反対に歩いてたんじゃねえの?」
有田は手を叩いて笑っていた。私は片眉を上げ睨んだ。ほんとこいつ、ムカつくなあ。確かに迷い方が面白いのはわかるけど、そんなオーバーに笑わなくてもいいじゃないか。
「そういう有田は何処に行こうと思ってたの?」
「え?」
有田は思わぬ反撃にあい、また静寂へと逆戻りしてしまった。恐らくだが、こうした静かな空間が苦手なのは、むしろ有田の方だろう。少しの間黙っていたら、有田の方から白状した。
「や、なんとなく…メイド喫茶に入ろうかなあと」
「あんまりこういうの、有田は好きなイメージないけどね」
「そ、そんなことないさあ。え、エヴァとか知ってるし」
ほう、エヴァを知らない私より格上かもしれない。しかしそれが本音ではなかろう。私はニタニタしながら有田の方を見た。
「なんだよー変な顔して」
「…遠垣さん狙い?」
「な、ち、ちが…」
「お待たせいたしましたーオムライス2つになりまーす」
やべっ聞かれたかなあ。そう思いながら、置かれたオムライスを見た。そこにはケチャップでこう書いてあった。
ーバラしたらコロスー
お、おう。これは中々に秘密なバイトなのだな。まあメイド喫茶で働いていると吹聴されるのは、並のJKなら嫌がるだろう。これはなんでこのバイトをしているか、聞くのはもうちょっと仲良くなってからにしよう。
ふと見上げると、有田が自分のオムライスに書かれた文字を指差していた。そこにもこう書かれていた。
ーバラしたらコロスー
有田の無言の訴えに、私は心の中で親指を突き上げた。そして無言で食べ始めた。沈黙を嫌がる有田は、しょーもない話を私に投げかけていたが、私は話半分にしか聞いてなかった。いや、今となっては何も覚えていないから、もしかしたら全無視して相槌のみ打っていたのかもしれない。そうして、そんな無益な時間を15分ほど過ごしたのち、私は飯を食べ終わった。
「さて、そろそろ行くか」
私は席を立とうとした。
「お、おう」
有田も何かに呼応したかのように席を立とうとした。
「いや、あんたはまだいるでしょ」
狙いの人がいるんだろ?私は目で訴えた。
「や、俺も古書街行こうかなあ」
有田は1人でいるの気まずいしと同じく目で訴えてきた。
「あんた本嫌いでしょ?」
何が気まずいだ女の子じゃねえんだぞ。
「いや、エヴァとか知ってるし」
いやエヴァは古書じゃねえよ。有田の鋭い視線の真意を探る以前に、おかしな回答すぎて思わず突っ込んでしまった。
私は黙って睨みつけた。有田も続いて睨みつける。私は知っている。こんな時、先に降りるのは有田の方だ。沈黙に対する耐性がついていないリア充は、こんなところで脆いのだ。
「わーかった。もうちょっといるわ」
私はそう聞くとすぐ席を立った。
「んじゃ、頑張ってね」
そう言うと私はお金だけ席に置いて店を出た。そうだ。色恋沙汰は自分の力でなんとかすべきなのだ。それはこの星でも変わらないはずだ。後は有田の魅力次第だ。
そんなことを思いながら、私は再び古都の街を歩き始めた。結局古書街に辿り着けたかどうかは、書くまでもないだろう。駅に着いたのは夕方6時をすぎていた。せめて有田に詳しい行き先を聞いておけばよかったと思ったのは内緒の話である。