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お茶請けには魔法を

「さあさあ! 狭いところだけれど、どうぞどうぞ!」


 流されるままフォーンの町へやってきたわたしは、奥さん──イリエルナさんというそうだ──に押されるようにして、ウィンダーシュム家のドアを開けた。

 ウィンダーシュム家は、ニーニヤにあるわたしの実家とさほど変わらない大きさだった。つまり、普通より少し大きめだ。調度品もすごく高そうなものばかりで、貴族ではないようだけれど、お金持ちなのは間違いない。

 そして謙遜には否定というか、「狭いところですが……」「いえいえ、そんな、大きいじゃないですか~」みたいな応酬が必要だと思うのだけれど、わたしが下手なことを言うとなにが起こるかわからないので、こういうときは本当に困る。


「さあ、あちらでくつろいでくださいな。今、お茶を淹れますから……」

「あ、ありがとうございます」


 そのため、気兼ねなく話せるのは「はい」「いいえ」「こんにちは」「おいしい」「ありがとう」くらいなのだ。「おはようございます」は、場合によっては目覚めの魔法になるし、「おやすみなさい」は高確率で睡眠魔法になる。結界がないこういう一般家庭にいる場合は言ってはいけない、かなり危険な言葉だ。魔道具で抑制しているので、普通に終わる可能性もあるのだけれど、結界がない場所で実験したことなどほとんどないので、その確率はわからない。


「エスフィリアさんは、お一人でどちらまで行かれる予定だったんですかな?」


 イリエルナさんがお茶の準備をしている間、旦那さんであるアルフェルドさんのがわたしの相手を務めてくれるようだった。しかし、上述の通り会話に多大なる支障があるわたしとしては、話を振られてもなかなか話せない。


「あ」


 どうしようかと思案の末、わたしは筆談することに思い至った。実家にいるころは弟のセレンドルークの能力に頼りきりだったし、ウルフレアに来てからは、他人と必要以上に会話をしないものだから、すっかり忘れていた。ついでに、王妃教育を受けていたとき、質問をノートに書いて「口で言いなさい」と怒られたのも一緒に思い出してちょっと憂鬱になったけれど。


「光、読めるくらい残って」


 小さな声で呟き、空へ指を走らせる。「人探しをしています。なので、行先は決まっていません」と書いて、その文字をアルフェルドさんに読めるように反転させる。アルフェルドさんはすごく驚いてくれたけれど、文字の光はわたしが思ったより早く消えてしまった。うーん、やっぱり魔道具の効果が強いなぁ。となると、多少は喋っても大丈夫だったりする?

 わたしが魔法の効果について考えている傍らで、アルフェルドさんは魔法についてあれこれ語りだした。

 アルフェルドさんの家もイリエルナさんの実家も、昔魔法使いが産まれたことがあるんだそうだ。もう何代も前の話だし、それも魔法師団に入れるほど強い魔法使いではなかったそうだけれど、とにかく魔法使いに縁のある家系だったから、わたしの魔法を間近で見れていたく感激したと、頬を上気させて熱く語られた。


「魔法はロマンですな! 後で私のコレクションをお見せしましょう!」

「まぁまぁ、あなた、そんなに勢い込んで話しては、エスフィリアさんもびっくりされますよ」


 魔法マニアらしいアルフェルドさんの話をうんうんと聞いていると、イリエルナさんがカップの乗ったトレイを持ってやってきた。


「時間はあるんですから、ゆっくり話されたらいいじゃないですか」


 わたしの前にお茶の入ったカップを置きながら、イリエルナさんは言う。時間はあるって……いや、そんな話せるほどはないんですけど。宿も探したいし。

 そう思ったわたしは、イリエルナさんに筆談で訴えることにした。指先を空に走らせるけれど、光は消えている。抑制されているだけあって、さすがに効果が短い。


「光、もう一度光って」


 そう言うと共に、再び文字を書こうとしたけれど……光は失われたままだった。……あれ?


「あらあら、どうされたの?」

「あ……いえ」


 困ったな。なんでだろう?

 首を傾げたわたしに、イリエルナさんはニコニコと笑いながらぽんと手を合わせた。


「そうそう、エスフィリアさんにうちの息子を紹介しないとね! ギゼールバード、いらっしゃい!」


 はしゃいだ様子のイリエルナさんは、今の奥にある階段の方へ声をかける。笑顔のままでアルフェルドさんもそちらを見た。わたしもつられて同じ方向を見る。

 イリエルナさんの声を合図に、瘦せ型の男性がふらりと姿を現した。アヤ兄と同じくらいの年頃か、もう少し上のようにも見える。ご夫婦だけかと思ったら、お子さんもいらっしゃったのか。たしかに夫婦二人で住むには、この家は広すぎるだろう。


「言われた通りにしたよ」

「お疲れ様、ギゼール。結界石があってよかったわ。なにぶん急なことでしたものねぇ」

「ホント、急すぎるよ。探すの大変だったんだから。てか、よくあんなもの持ってたね」

「ふふ、あれは元々、お母さんの実家の家宝だったの。おじいちゃんが亡くなったときに受け継いだのよ。だからわかりやすく宝石箱に入れてあったでしょう?」

「その上にいろいろ乗ってたんだって」


 眼の前で繰り広げられる親子の会話に、わたしは言葉を失った。今、結界石って言った?


 結界石は主にお城や、都市の外郭門に使われる、魔獣の侵入を防ぐ効果を持った石である。

 中でもお城の中枢に使われるようなものは魔結界石と言って、魔獣の侵入を防ぐだけでなく、同時に魔法の効き目を抑える効果も持つ。魔法で主が害されることを防ぐために使う魔道具だ。

 ただし、どちらも一般家庭に流通するようなものではない。特に魔結界石は小さなものでも驚くほど高価なのだ。

 というか、もしかしてさっき魔法が発動しなかったのは、魔結界石の効果!? そんなものを、何故持っているの?


「魔結界石……?」

「おお! さすが魔法師団の魔法使いだけありますな! ご存知でしたか! まぁ、魔結界石と言っても、お城で使うような立派なものではありませんがね。実は妻の母方の実家が元魔法貴族でして、そこから受け継いだ逸品なんですよ。素晴らしいでしょう?」


 蒼褪めるわたしとは逆に、アルフェルドさんは興奮に顔を赤らめて立ち上がった。


「何故……」

「いやぁ、実に幸運でしたよ! まさか駅馬車に魔法師団の魔法使いが、しかも女性の魔法使いが乗り合わせているとは! これも太陽神マルクトのお導きですな!」


 アルフェルドさんはわたしが魔法師団所属の魔法使いだと知っていた。どうして!? と一瞬混乱するが、服こそ取り換えたものの、ローブはそのままだったことに思い当る。魔法師団の紋章は、パルティアの人間なら誰でも知っている。魔法だって目の前で使ったし、そりゃわかるよね。


「わたし、帰ります!」

「そうおっしゃらずに。ほら、ギゼール、エスフィリアさんの魔法が途絶えてるうちに済ませてしまいましょ。持ってきたでしょう? 魔法紙」

「持ってきたけど、石使ってたら効果ないんじゃない?」

「あらいやだ、それもそうね」


 ちょちょちょ! 魔法紙ってなにに使うつもり!? わたしはなんの誓約もしないわよ!?

 わたしは慌てて立ち上がった。これはものすごくヤバい空気だ。

 魔法紙とは、名前と血液を元に人を契約や誓約で縛るものだ。破った際のデメリットが大きいので神殿の承認なしには使うことは禁じられていて、そのため主に結婚の誓約に使われる。これは正規の手続きを取らないと破棄できないので、ナリスと婚約をする際にも求められたものだったけれど、両親、特に母が反対したのでわたしとナリスの間では交わされなかった。……それもあって、ナリスは簡単に婚約破棄なんて言いだしたんだろうと、今では思う。

 まぁ、なにが言いたいかって言うと、うん、あれだ。


 わたし、今逃げないとマズいんじゃないの??

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