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旅の始まりは賊難から

 実のところ、わたしは駅馬車というものを利用するのは初めてだった。ニーニヤからウルフレアへ来たときは、長兄の作った移動の魔法陣で一瞬だったし、産まれてこの方、ニーニヤとウルフレアしか行ったことがなかったから、本当になんていうか、なにもかもがすごく新鮮だった。

 チケットの半券をポケットに戻しながら、わたしは席を探す。ドルフィー行きの駅馬車はほどほどに混んでいたものの、中ほどの一席を確保することができた。窓の外がよく見えないのが残念だけれど、外からも見られないのだと思えば、逃亡の始まりにはちょうどいい席なのかもしれない。

 座席の下の荷物入れに鞄を収め、わたしはローブを脱いだ。魔法師団の紋章が見えないようにたたんで、こちらは膝の上に置く。

 大きな荷物は屋根の上に設えてある荷物入れに入れるようだったが、手提げ鞄だけの身軽なわたしは、自席の下にある荷物入れだけで事足りた。これはありがたい。もし急に降車する羽目になったら、手近なところにない荷物は諦めなければいけなくなるだろうから。


 ……なんて思ったのが、悪かったのだろうか。


「おら! さっさと停まりやがれ!」


 品のない声を上げて、これまた品のない形相の男たちが、馬を駆って駅馬車を取り囲んでいた。おお、これは世に言う“盗賊”ってやつだね。初めて見た。

 そんな風に観察していると、あっという間に馬車は停車させられ、乗客乗員はぞろぞろと下ろされていった。もちろん、わたしもその一人だ。


「女子どもはこっちに来い! 男はそっちだ!」


 盗賊の怒号や、女性の悲鳴や、人々のすすり泣きの声が聞こえる中、わたしは頭を抱えていた。

 なんだかなぁ、今日はことさらに運が悪い。婚約破棄に強盗被害。弱り目に祟り目ってやつね。酷すぎる。

 そうは言っても、この災難を黙って受け入れる気は、わたしにはなかった。


「停まって!」


 深呼吸をしたわたしは、ぐっとお腹に力を入れると、男性を縛り上げている盗賊たちに向かって声を張り上げた。途端に咽喉元が熱くなる。魔道具が魔法を抑制しているのだ。普段、これがあるおかげで会話をすることができるものの、こういうときに困る。製作者の団長に、調整してもらっておけばよかった。してくれるかどうかはわからないけれど。


「……誰だ、おめぇ?」


 案の定、魔声の効果は薄かったらしい。怪訝そうな声に敵意が感じられないのがせめてもの救いか、もしくは薄い効果の表れなのか。


盗賊よ・・・停まれ・・・!」


 さらに強く声を上げる。すると、盗賊たちの動きが一瞬停まった。


「な……?」


 突然身動きが取れなくなったことに、盗賊たちが驚いた声を出す。混乱した今がチャンスだと、わたしは魔法を重ね掛けする。


「《とまれ、躰よ》」 


 今度は、怪しまれないよう、きちんと呪文を唱える。わたしだって、呪文を以って魔法を発動させることはできる。魔道具なしやもう一つの方法・・・・・・・を取ったときよりも、断然威力は落ちるけれど、けして使えないわけじゃないのだ。


「なっ!?」


 完全に身体の自由を奪われた盗賊たちは、目に見えて焦りだした。ぎらついた視線が、一斉にわたしに向けられる。うーん、やっぱり威力が弱いせいか、喋れるのね。

 ちなみに姉が同じ呪文を使うと、相手は声帯はおろか、視線一つ動かせなくなるそうなので、やはりわたしの制御された状態での呪文は、本当に弱い効果しかないみたいだ。


「おまえ、魔法使いか!?」

「……はい」


 首肯するわたしに、盗賊たちはギリギリと歯噛みをした。非常に怖い顔面だが、指一本動かせない状態では、その怖さも半減である。

 とは言え、いつ切れるかわからない呪文の効果に頼りきりになるのも不安なので、わたしは彼らを拘束することにした。


「すみません、今のうちにこの人たちを縛ってしまいたいので、皆さん手伝ってください!」


 魔法の効果付きの方が素早く終わるだろうと踏んで、わたしは再び声を張り上げた。すると、その声に反応した人たちが、すぐさま動けなくなった盗賊たちを、馬車の備品であったロープでぐるぐる巻きにしだす。素早い行動、ありがとうございます!


「あんた、魔法使いかね」

「すごいね、まさかこんな近くで魔法使いに会うことがあるとは思わなかったよ」

「あんたのおかげで命拾いしたよ。ありがとなぁ、ありがとなぁ!」


 一緒になって縛り上げていると、色んな人から声をかけられた。魔法師団に所属していても、こう面と向かって称賛されることはまずないので、こういった場では少し面映ゆい。

 盗賊は次の町のギルドに引き渡されるそうなので、それまで眠ってもらうよう、魔法をかけておく。


おやすみなさい・・・・・・・……よい夢を」


 さて、盗賊に襲われたときはどうしようかと思ったものの、思った以上にさっくり終わったので、再び馬車へと戻る。旅って、すんなりとはいかないものなのね。


          ◆


 レガルタの町は、ウルフレアから二日程北へ行ったところにあった。

 レガルタに到着したわたしは、次の行き先に悩んでいた。さすがにウルフレアからは遠ざかりたいけれど、これからどこに向かうかは、さすがにきちんと考えた方がいいだろう。

 このまま北上を続ければ、そのうち叔父のいるラクトピア王国の王都・レオリアへたどり着く。随分と長いこと会っていないし、会いに行こうかどうしようかと、わたしは逡巡した。会いに行くのはいいけれど、すぐに連れ戻されてはたまらない。となると、レオリアは避けた方が無難かもしれない。

 そんな感じで駅馬車屋の行き先一覧とにらめっこしていると、老夫婦から声をかけられた。


「ねぇ、あなた……」


 振り返ったわたしに、老夫婦はこれからどこへ行くのかと問いかけてきた。行先など決まっていない。


「…………」

「よければ、一緒にいらっしゃらない? この先のフォーンにあるんだけれど」


 口ごもったわたしに、夫婦は一緒にフォーンへ来ないかと誘ってきた。フォーンはここから少し西へ行ったところにある小さな町だ。そこへ行くのもいいかもしれない。


「助けていただいたお礼がしたいの」


 一瞬承諾しかけたものの、そう言われてしまうと、むしろ困る。お礼目当てで助けたわけではなく、あれは自分が助かりたいからやっただけのことなので、わたしは断ることにした。

 無言で首を振るわたしに、けれど老夫婦──特に奥さんの方は諦める様子はなかった。わたしの手をぎゅっと握りしめると、強い語調で同行を勧めてくる。


「いらっしゃって! 行先が決まっていないのでしょう? 女の子の一人旅は危ないわ?」


 こう見えても、わたしは魔法使いなので危険に関しては大丈夫だと思う。


「遠慮しないで! 旅費なら出すわ! さあ、行きましょう!」


 身振り手振りで断ろうとしたものの、なんだかすごい勢いで言い切られてしまったわたしは、一般人に魔法を使うのも躊躇われたこともあって、ご厚意に甘えることにした。

 まぁ、行先なんてないようなものだからね! 外の人との触れ合いも大事。うん、これって旅の醍醐味??

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