秘密の散歩は二人で
「あのさぁ」
驚いた顔でこちらを見下ろすリーダイスを見ながら、わたしは提案した。
「出られないのは、国からだけなんでしょ?」
「そう……だ」
リーダイスが頷いた。≪太陽の恵み≫の影響は、国内。けしてそのせいで塔から出られないわけじゃない。
それを確認したわたしは、彼に笑いかけた。それなら問題ない。きっと。
「それならさ、塔から出て、わたしみたいに放浪すればいいじゃない。国内限定で。先王陛下は亡くなられているって前提なら、そっくりさんでやりすごせるよ。王都とか、そういうバレそうな場所へ近寄らなければ問題ないんじゃない?」
わたしの提案に、リーダイスはひどく驚いた顔をした。太陽のいとし子だけあって、きらきらしい鮮やかな容貌の彼は、外見に反して内面は引っ込み思案というか、自分から行動を起こすタイプではないらしい。
まぁ、彼が置かれていた立場的にも、年齢的にも、自分から行動を起こしてどうのこうのといったことは無理だったのかもしれないけれど。
「それでさ、よかったら、一緒に行かない?」
「え?」
ぽかんと口を開けるリーダイスに、わたしは外を見るよう促した。
「外。わたしも、同行者がいると楽しい」
なにせ、リーダイスは魔法が効かない。魔声を気にしないで話せる、貴重な人材なのだ。ユートはいるから話し相手には困らなくなったとはいえ、わたしだって人恋しい。そうなのだ、ひとりは時に淋しい。
わたしの申し出を受けた瞬間のリーダイスの表情は、なんとも言い難いものだった。自分がそんな申し出をされるとは思わなかったと困惑しきった、けれどももらえないとばかり思っていたプレゼントをもらったような、そんな表情だ。
「外──」
「うん。ダメかな? 無理なの?」
外への憧れを映した瞳で、彼はわたしを見た。咽喉元につかえた言葉を開放したいというように、ほっそりとした手を口元にあてる。
「無理……では、ない──」
「じゃあいいじゃない」
「だが、言ったろう? 僕が出て行けば、争いが産まれる」
「わたしは魔法使いだよ? リーダイス一人くらい、守れる力はある。争いなんて産まれる前に消しちゃうから」
リーダイス自身には効かないけれど、他の人間は違う。そう思って後押しすると、彼はちょっと憮然とした顔になった。何故だ。
「僕は、守られてばかりは嫌だ」
「王様ってそういうものでしょ?」
「もう王ではない」
それに、守られるのは恥ずかしい。そうかすかに呟くと、リーダイスは頬を赤らめた。幼くても男の子なんだな、と思う。まぁ、見た目は確実にわたしより年上なんだけれども。
「じゃあ、リーダイスもわたしを守ってよ。それでお相子じゃない?」
「僕が?」
「うん。わたしは一人は淋しい。だから、わたしをひとりにしないで? それで、お相子。ね?」
わたしのダメ押しのダメ押しに、今度こそリーダイスは陥落したようだった。真っ赤になりながら、そっと頷く様に、わたしも嬉しくなる。
「じゃあ、行こうよ」
殊更明るく誘うと、ようやく彼の顔に笑顔が戻った。
◆
外へ出る。そう決まったらあとは簡単だった。わたしが昨日作った入り口から、外へ出るだけ。
けれど、二年間閉じ込められていたリーダイスにとって、それはとても難しいことだったようだ。心理的にも囚われているというか、ひどく勇気のいることだったらしい。
だが、それもわたしが手を差し伸べると、恐る恐るだったけれど、確実に一歩を踏み出した。埃っぽい階段を降り、ぽかりと口を開けた場所から、彼は陽の当たる外へと出る。
「わぁ……!」
そのとき、彼の口から洩れた感嘆は、万感に満ちていた。緑の木漏れ日をまじまじと見つめるその横顔は妙に大人びていて、目を奪われる。
「こんな日が、ふたたび来るとは思わなかった……」
「それはよかったね」
全身に落ちる太陽の光を捕まえるように、リーダイスは両手を天へ向かって広げた。塔の窓は広くなかったから、きっと陽の光を全身で感じるのも二年ぶりなのだろう。金の睫毛が陽を透かしてとても綺麗だ。確実にわたしよりよっぽど美人なのだ、この王様は。
「まずは散歩でもする?」
いきなり旅立つには刺激が強かろうと、わたしはリーダイスを誘った。素直に頷く様が可愛らしい。
「二年ぶりだ。なにもかも」
「それは刺激的だね」
「大地は、こんなに柔らかかったのだな。空気も、とても澄んでいて芳しい」
「そうだね。自由は、とても素敵だよね。わたしもそう思う」
本格的に歩き回るには塔での生活で体力が失われすぎたリーダイスだったが、実に彼はその後、半日を外で過ごしたのだった。