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お風呂で考え事は危険を伴う

相当お久しぶりになってしまってすみません。

「歌謳いの魔女と塔の上の王様」、7月より復活です。

 食事に集中することで会話は途切れていたが、食事それが終わってしまえば自然と言葉も復活する。


「平気? 突然固形物入ったけど」

「それは問題ない。痛みもなにもない」

「それはよかった」


 フラガリアやパン粥やリーツならともかく、ソラヌム餅は重かったのではないかと心配すると、ケロッとした表情でリーダイスは答えた。チラリと空になったお皿に走らす視線はまだもの欲しそうだったが、デザートを出すにしても、もう少し時間を置いた方がいいだろう。


「よし、それでは食事の礼に風呂でも沸かそう」

「えっ!?」

「……風呂は嫌いか? 気持ちいいぞ?」


 食器を片付けるわたしの手元を覗き込んでいたリーダイスが、突然思わぬことを言いだした。お風呂? いや、たしかにお風呂は好きだし、平均的なパルティア人よりもお風呂に親しんで育った覚えもあるし、ぶっちゃけ旅の疲れを湯船で流せるのはとても魅力的な申し出なんだけど……さすがに初対面の異性の家でお風呂をいただく勇気はない。ないのだが、リーダイスにはその空気は伝わっていないようだった。


「僕が返せるのはこれくらいだし、この二年で風呂を入れることにも慣れたのだ」


 なにしろ本と風呂と睡眠しか楽しみはなかったからな、と胸を張りつつ悲しいことを口にするリーダイスに、どう答えていいか困ってしまったわたしは、とりあえず曖昧な笑みを浮かべる。恩返しと言うのならば、返答に困る申し出はやめてもらいたい。切実にそう思うが、言いだせない。


「えっと、お風呂は好きだけれど……」

「好きなら問題ないな! ではすぐ準備してくる!」

「いや、あのおかまいなく。ホントに、大丈夫……」

「遠慮は無用だ!」


 迂遠にお断りを申し出たが、リーダイスには通じなかった。ナチュラルハイな様子でテンション高めな大型犬は、ちぎれそうなほど振られたしっぽの幻影をわたしに残して水場の方へ行ってしまった。


          ◆


 さて、結局うまく断れなかったわたしは、現在他人ひとの家の湯船に浸かっている。陶器でできた湯船はつるんとしていて、真新しいものではないものの、汚れなどは見当たらない。もしかして自分で掃除もしているのだろうか。元王様なのに……。

 浴室は湿気対応か、小さな窓がある。優雅なカーブを描く金属製の蔦の隙間から見える空はもう暗い。というか、この蔦、綺麗な装飾に見えるけど逃亡防止用の格子なのか。部屋の窓はユートが出入りできるかできないかくらいの隙間があったけれど、こちらは窓自体が小さいせいもあって、隙間はユートが鼻先を突き出せるかくらいの大きさでしかない。漆喰が塗られた壁にはなにかの絵が描かれていたようだが、こちらは湯船とは違い劣化がひどくてなにが描かれていたのかは読み取れなかった。

 とにかく元は豪華に装われていたのだろうけれど、作られたのが昔なのだろう、古びた様子がちょこちょこと見受けられる塔だ。ただ、古びてはいても壊れていたり使えなくなったりはしていないので、使用頻度が低いのか、定期的にメンテナンスされているのか、どちらかなのだろう。


(どう、しようかな……)


 口元までお湯に浸かったままため息をつく。ぶくぶくとのぼる空気の泡を感じながら、わたしは目を閉じた。

 元来、深く考えるのは得意でない。魔法師団に入団させられたのも、王妃教育を受けさせられたのも、ひとえに魔声のせいなのだ。わたし自身の性格は研究するのには向いていないのだが、そうも言っていられないということでここ数年根を詰めて研鑽を積んでいたのだけれど、もうそれもしなくていいとなった今、面倒なことはなにもしたくないのが正直なところだ。

 とりあえず魔声を持っていることは秘密にするとしても、魔法が使えることはバレているのだから、どういうスタンスでいるべきか、はっきりさせておく必要がある。


 いつまでマナツィアにいるか。

 いつまでここにいるか。

 いつまでリーダイスに関わるか。


 リーダイスの置かれた立場はとても微妙なものだ。迂闊に関わると、国家の政争に巻き込まれる可能性がある。そして、うっかり巻き込まれたならば、わたしの抱える問題が火種となる可能性もまた、高いのだ。

 なにせ、相手は甥であった幼き国王に対し、玉座を追うだけでなくこんな仕打ちをする人間だ(幽閉するなら、食事の面倒くらい見るべきだ!)。そんな男がわたしの持つ“価値”を知れば、この能力を悪用する可能性が強い。もちろんわたしはそれに屈するつもりはないから、わたしか、はたまたわたしの周りの人間の安全が脅かされることは間違いないだろう。

 リーダイスに関わるならば、結構な覚悟がいる。そして、わたしはすぐにその覚悟が決められない。


 だが、この淋しい塔にたった一人、二年もの間閉じ込められていたあの子を、残して行けるだろうか。


(とりあえずは、棚上げしよう。まだ出会って一日だ。思いきれるかもしれないし、できないかもしれない。とりあえずは、今日のことを考えよう。一日くらいなら、泊まっても大丈夫かな。で、明日の朝バイバイって形が取れればベスト、みたいな……)


 そんな風に考えを巡らせていると、突然声がかけられた。


「おい」

「ひっ!」


 この塔の中でわたしに声をかける存在は二人しかいない。リーダイスか、ユートかだ。そしてユートはお風呂に興味はなく、食後の散歩へ行ってしまっている。


「大丈夫か? 寝てるのか?」

「えっ、いや……」


 どうやらリーダイスはわたしが寝ていないか気になったようだ。王様王様、他人ひとのお風呂に聞き耳たてるのはマナー違反ですよ!


「大丈夫です」

「湯加減はどうだ? なかなかのものだろう?」

「あ、そうですね」

「この二年間で研鑽を積んだのだ。今の僕は、お風呂を沸かさせたらマナツィアでも屈指の人間だと思うのだが、どうだ?」

「あ、そうですね……そうかもしれません」


 得意げなリーダイスは、自分の言っていることのおかしさに気付いていないようだった。元王様が、お風呂の支度の才能を誇るとか……なんなんだろう、このシチュエーションは。


 二年って重い。わたしはそう思った。

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