流浪の魔法使いは料理に励む
「で、エスフィはどこから来たのだ」
「え?」
ひとしきり外の世界の話を聞いて満足したのだろう。リーダイスは今度はわたしのことについて尋ねてきた。外界の話はできても、自身の話はできないわたしは、どう躱そうかと思案した。
「流浪の魔法使いだから、世界を彷徨ってるんだよ」
脳裏に浮かんだのは、大好きだった物語。憧れの魔法使いは、異界からやってきて世界を彷徨い、英雄王と知り合ったことで伝説の道を歩み始めたという。同じく異界からやってきたうちの母は、伝説とは関係なくのんびりと過ごしているので、“時空の迷い人”とは千差万別なのだろう。
「闇神の加護でも得たいのか?」
さすが宗教国家で育っただけあって、返ってきた言葉は予想外だった。そう来るか。
「別に加護が欲しくて放浪してるわけじゃない」
それは、多分“炎の魔法使い”も実際放浪しているうちの次兄もそうだと思う。もちろん、わたしも。
いうなれば、わたしは単に自由を満喫しているだけである。長兄探索を名目に。いや、一応探してはいるんだけどね。ただ、アヤ兄が自分の意思で身を隠したんだし、あの国にいたくなくて魔法師団を辞めたんだったら、無理くり戻さなくてもいいんじゃないかなぁとは思っているけど。
「それより、もうだいぶ日も暮れてきたし、夕飯にしよう」
話をそらすために視線を外にやったわたしは、窓の外から見える空がだいぶん茜色になっていることに気付いてそう告げた。ごはんの一言に、リーダイスの顔が喜びにあふれる。見えないしっぽがパタパタと振られているような錯覚に陥った。
それにしても、こうやって見ると幼いような気もするな。……そういえば、マナツィアの先代王はわたしより一、二歳年下だった気もする。たしか即位したときに十二だかそこらへんだったような。となると、まだ成人もしてないのか。こんなにでっかいくせに。
そんな失礼なことを考えながら、わたしは夕飯の準備を始めた。キッチンがないので、鍋に熱を加えることで調理をすることにする。火を焚いてもいいんだけど、さすがに初対面の人の家(といっていいのかどうか判断に困るけれど)の床を焦がすのは忍びない。窓の外に手を差し出して、呼び出した水で洗っていると「水なら豊富にあるから浴室を使えばいいのに」と言われた。そういえばそんな部屋あったな。まぁ済んでしまったものは仕方ない。
「今度はなんだ? 芋?」
「チーズ入りのお餅」
ソラヌムを剥いて火を通すと、そこにチーズをたくさんとバター、塩とすった大蒜を少量入れてガシガシと練る。滑らかになってくるともっちりと伸びるのが面白い料理なのだが、リーダイスは初めて見るらしく、隣で興味津々といった様子だ。つられてユートも首を突っ込んできた。ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
『これ、なに?』
「ソラヌム餅。食べてみる?」
『ん~、いらない。あとで魔力ちょうだい』
幻獣は基本肉食なので、いくら離乳(?)前とはいえ、野菜料理は気に入らなかったようだ。首を振るユートを見ながら、わたしは「果物は好きなのにな」と内心思う。人の手が入るとダメなのだろうか。
「食べないのか?」
「ユートはね。さ、できたよ」
木の器に盛りつけて、これまた火を通した野菜を一緒に添える。わたしはそれに木の実が入ったパンもつけた。羨ましそうにリーダイスがパンを見るので、とりあえず半分ちぎって渡すと、ぱぁっと顔が明るくなった。わかりやすい人だ。
「お腹空いてたよね」
「そんなことはない。空腹には慣れている」
顔は素直なくせに口は素直でないリーダイスは、そう嘯きながらわたしから奪ったパンを口にした。
『ぼくも~』
「はい」
ユートも食事を強請るので、指を差し出す。ぱくり、とユートが指先を咥えるのを見て、リーダイスが驚いた顔をした。
「幻獣の生態は変わっているのだな」
「お母さんの魔力でなくて悪いんだけどね。わたしのでも構わないって言うから」
「僕も魔力があればよかった」
んくんくと咽喉を鳴らすユートを見つめて、リーダイスはぽつんと呟いた。彼は魔法は使えないのだそうだ。
「あってもいいことばかりとは限らないよ」
「そうかもしれないが、退屈はしなかったと思う」
そう言いながら、本棚に視線を走らせる。どうやらそこにある本はすでに読了済みなようだ。まぁ、二年も塔に閉じ込められていたら、やることもなく倦む一方だろう。
「ここから出ようとは思わなかったの?」
暇なら檻から出ればいいのに、と思う。犯罪を犯しているわけでなく、他者の都合でここにいるのならば、留まる謂れはないだろう。
「僕が出て行けば、いたずらに争いを産む。それに……」
リーダイスの青灰色の双眸が翳る。
「僕は、もう疲れたのだ。無駄に命を狙われることに」
「……寿命以外では死なないと、そう言っていなかった?」
「そうだ。だが、刺客はお構いなしにやってくる。かと思えばお見合いの嵐だ。あの手この手で僕を絡め取ろうとするすべてが嫌なのだ」
「国内にいるのがダメなら、国外に出奔するとか」
わたしのように、とは付け加えないでおく。だが、わたしの返答にリーダイスは力なく首を振った。
「《太陽の恵み》の持ち主は、恵みを受ける代わりにこの国からは出られない。僕は、この国で生き、この国で死んでいかなくてはならない。それが、古からの盟約だ」
やっぱり呪いじゃないか。
沈黙するわたしへ、口元を歪ませてリーダイスは言う。
「王族として、また《太陽の恵み》の持ち主として産まれたからには、僕に自由になる権利はない」
「そんなこと、ないと思うけど」
「エスフィは好きな場所に行けて好きに生きられるからそう思うんだよ」
不服そうにリーダイスはわたしを睨んだ。自由になる権利はないといいつつ、自由を渇望してやまないのだろう。だから、自由に生きているように見えるわたしが腹立たしいのか。
そうは言うけれど、わたしだって今まで自由などなかったのだ。婚約破棄された今、勝手に自由になっただけで。きっと、あのまま自国にいたらすぐ次の生き方が決められていた。両親や家族は自由にしていいというだろうけれど、国が、わたしの持つ能力が、それを許さない。
そういう意味では、わたしと彼は同じなのだ。おかしな能力のせいで、自由には生きられない。
「……冷めないうちに、食べた方がおいしいと思う」
「え、あ……うん」
返答に困ったわたしは、食事を勧めることを代わりとする。
しばらく、食べ物を咀嚼する音だけが、塔に響いた。




