王様は大型犬
皆様、今年も大変お世話になりました。
「食事を分けるのは別にいいのですが……いきなりたくさん食べるのは、心配です」
「……うぅ」
真っ赤になってうつむくリーダイスは、可愛かった。女子であるわたしより可愛いとはどういうことだ。
「僭越ながら、ゆっくり進めた方がよいかと思われます」
「だが……その」
消化に悪いと諭すわたしの声に反応するように、リーダイスのお腹の虫が切なげな声を上げた。耳まで赤くしたリーダイスが、さらに赤面する。色白さんだとどこまでも赤くなるんだなぁと、変なところで感心した。
「……もしよければ、一晩この近くにいてもよろしいでしょうか? 食事も、少しずつ時間をあけて、ゆっくりと食べればいいと思うんです」
「一晩と言わず好きなだけいてくれていいぞ!」
弟を思い出したわたしのお節介な申し出を、リーダイスはすんなりと受け入れてくれた。背に腹は代えられないというか、うん、お腹すきすぎるのは切ないもんね。
パッと顔を上げたリーダイスは、一転して胸を張る。すごく嬉しそうだ。
「塔は僕しかいないし、誰も来ないから、安心して泊まるといい」
顎を反らして宣言したリーダイスは、言うやいなやちらりと横目でわたしを見る。塔内に泊まるつもりはなかったんだけど……困ったな。
「ここから町は遠いですか?」
「えっ、泊まらないのか!? 町は遠いぞ! ものすごく遠い! 子どもの足ではものすごくかかるぞ!」
「リーダイス陛下」
「リーダイス、だ! 敬語もやめろ。もう王ではないのだ。王族ですらない」
「では、リーダイス。わたしは十七です」
「十七!? 嘘だろう?」
「あ、お皿片しますね」
「待て、行くな! ……あ、いや、その」
正直に言おう。切羽詰まって言い募るリーダイスが可愛くて、意地悪をしたのはわたしだ。反省はしていない。
それにしても、リーダイスに魔法が効かないというのは本当のようだった。先程から少しずつ言葉数を増やしたりしているのだけれど、特にわたしの発言に影響を受けている様子はない。いや、反応はしているんだけれど、言葉そのものに感情や行動を操られたりしてはいないのだ。
それは久しぶりの感覚だった。セレンと離れてから、対人でこれだけ気兼ねなく会話するのは初めてだ。
「とにかく、泊まっていけ! 外の話を聞かせろ!」
「御意」
「畏まるな! はじめは砕けてただろう、あんた!」
「ですね」
ヤバい、楽しい。
本来だったら不敬罪で逮捕されそうな会話だけれど、ここにはわたしとリーダイスとユートしかいないので、お目こぼし願おう。
心の中でそう決めたわたしは、声を上げて笑った。
◆
「キッチンはないのに、トイレとお風呂はあるんだ」
とうとうリーダイスから敬語禁止令を食らったわたしは、再び気軽に話し始めた。もう王妃教育からは解き放たれたし、リーダイスだって王族ではなくなったのだから、まぁいいだろうという話だ。
「ここは元々貴人用の牢だ。本来なら食事は差し入れられるため、そういった施設はない」
「なるほど」
料理をしようと思ったけれど、これでは作れない。
さっきみたいに魔法で作ってもいいけれど、やっぱり味気ないんだよね。
「待て、どこへ行く!」
「外」
「行くな!」
「すぐ戻るよ、ご飯作りに行くだけ」
階段へと続くドアを開こうとすると、慌てて反対の腕をつかまれた。ずっと一人きりだったせいか、リーダイスはわたしが離れることを殊に嫌がるのだ。「心配性だね」と、窓際でユートがあくび交じりに呟く。
「ここで作ればいい!」
「室内で焚き火をしろと?」
「構わない!」
あんまりにも必死なので、わたしは考える。部屋、改造できないかな? この部屋、家具少ないし、一部分をキッチンとして作り替えられたら便利じゃないかな?
顎に手を当てて考えるわたしを、隣でリーダイスが心配そうに見守る。なんだろう、大型犬みたいだ。
でも、彼は犬じゃないれっきとした人間だ。魔法を使うことは知られていても、目の前で魔声を使うわけにもいかないし……となると、眠った後?
ちらりとわたしは彼の寝台を見る。部屋には不釣り合いな、天蓋付きの豪華な寝台。数人は寝れるくらいの大きさがあるけれど、さっさとあそこに放り込むか。
「お腹いっぱいになったのなら、お昼寝とかどう?」
「別に眠くない。それより話したい」
リーダイスはまっすぐわたしを見つめてそう言った。食欲が満たされたのなら、彼の中で次に満たされていないのは会話欲(?)だろう。人恋しそうな物言いに、わたしはほだされる。──わたしだって、言葉を気にせず人と話したかったのだ。ずっと。
「いいよ。なに話そうか」
「外! 外は今どうなっている? 国は?」
「国……マナツィアだよね」
首肯したわたしに、リーダイスは勢い込んで尋ねた。玉座を追われたとはいえ、彼は国の有様が気になるようだった。たしか在位も一年あるかなしかだったというのに、感心なことだと思う。
「マナツィアは、特に変わりはなかったはず。先だってラルフレート王子が立太子の儀を終えられたくらいだったかな」
わたしは王妃教育の際に教わった二国の情報を思い出しながら告げる。
センケダルス王の次子であり長男でもあるラルフレート王子が王太子となったのは、王が即位したのと同時ではなかった。続けて国王が崩御されたのもあって、一年は喪に服すと言っていたけれど、結局儀式が行われたのは一年と半年ほど経ってからだった。
陛下と一緒にナリスもその式典に招かれていたのを一緒に思い出して、少し微妙な心地になったわたしは、気分を変えるためにリーダイスを観察することにした。ナリスも綺麗な顔をしていたけれど、リーダイスも顔だちはひどく整っている。蜂蜜色の髪に不思議な青灰色の瞳。すっと通った鼻梁に、少し薄いけれど綺麗な形の唇。睫毛は羨ましいくらいに長く濃くて、初見でお姫様と見間違えたのも仕方ないと思う。あれか、王族が配偶者に求めるのは能力か権力か容貌だから、血筋的に恵まれているんだろう。羨ましい。
表情がなければ冷たい印象を受けるほど整った容貌だけれど、久しぶりすぎる会話が楽しいのだろう。その双眸は生き生きと輝いていて、むしろ可愛らしく思える。血の気がなかった頬も、興奮しているせいか、はたまた先程食べ物を口にしたのが効いているのか、うっすらと紅潮していた。ワクワクとした表情と相俟って、大型犬と相対している気分になる。可愛い。
それにしても、だ。いくら綺麗とはいえ、この痩せっぷりは看過できない。二年も食べないで生きているのがおかしいのだ。それを告げると、太陽光があったから幾分平気だったとリーダイスは答えた。《太陽の恵み》というだけあって、太陽による恩恵は強いらしい。だからこそ、歴代で《太陽の恵み(マルクトーラ)》を持つ者は必ず王になったという。太陽神を信仰する国だけあるなと、少し感心した。
先王にそんな特徴があるとは知らなかったと言うと、《太陽の恵み(マルクトーラ)》の詳細は王族だけが知っているのだと返される。その徴があるからどうというのは、国民には関係ないと知らされていないそうだ。もちろん、外国にも。そんな大事なことをぺろりと告白されても困る。そう思ったのが伝わってしまったのか、リーダイスは「死者は現世とは関係ないんだ」と少し面白そうに、そして少し悔しそうにつぶやいた。うーん、笑えないです、陛下。
読んでくださってありがとうございました。
来年も頑張りますので、よろしくお願いいたします。