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秘密の塔は森の中に

 ユートに先導されながら、わたしはどこまでも続く森を歩く。

 落ち葉が積もってできた地面はふわふわとしていて、少し歩きづらい。梢の先には空が見えるけれど、鬱蒼と茂った樹々が陽の光を遮るので、森の中は薄暗かったし、ひんやりとしていた。正直、少し……結構、ううん、だいぶ寒い。芽月も終わりとはいえ、日陰はやはり寒いものだった。


「あったか~い、わたしはいい感じにあったか~い」


 暖を求めて、軽く節をつけて呟く。その効果はすぐ現れて、わたしはぽかぽかと温かくなった。よしよし。

 以前同じことをやったとき、「温かくなる」としか言わなかったら、温かいを通り越して暑くなったのはいい思い出だ。同じ轍は踏まない。


 そうこうしているうちに、少しずつ樹の間隔が開いていく。明らかに人の手が入ったことを思わせる整い方に、わたしの心は踊った。これはそろそろ町に出るかも!


 ……そう期待したときもありました。


 わたしは、現れたその“建物”を見て、嘆息した。

 ツタが這った古びた石造りの、さほど大きくないそれは、どこからどうみても塔だった。

 そして、その場所には……塔以外のものはなにもなかったのである。


「うわぁ……」


 思わず口から出てしまったうめき声は、わたしの心情をそのまま表していた。塔しかないということは、あったかいお風呂も、ふかふかのお布団も、ご当地料理もないということだ。

 仕方ない。今日はファン・バーグでも作って憂さ晴らしでもしよう。


『これなにぃ~?』


 がっかりしたわたしと違い、ユートは塔に興味津々だ。聞けば、初めて見るらしい。それもそうか、塔などそう簡単にあるものではないのだから。


「塔だよ……多分」


 ユートに答えながら、わたしは塔の周りを歩き出した。

 塔は随分古いものだった。隙間なくぴっちりと組まれた石の表面にはうっすらと苔が生え、石と石の接面をたどるようにして蔦が絡まっている。さほど葉が生い茂っていないのでそれが塔だとわかったけれど、もっと春めいてきたら、外からはもうこれがなんなのかはわからないのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、わたしは塔を見上げた。その高さはさほど高いものではなく、梢より少し低いかどうかくらいだ。こんなに小さくては遠くからは見つけられないだろう。ユートが見つけられたのは上空から眺めたからに他ならない。

 そして一周して思ったのだけれど、この塔……入り口らしきものが存在しない。蔦に隠されているのかもしれないと、枯れた葉っぱをめくって探してみたものの、結果は芳しくなかった。塔かと思ったけれど、こうなってしまえばもうなんなのかはわからない。推定・塔、だ。


 それにしても、この塔はなんでこんなところにあるのだろうか。まるで隠されているかのようなたたずまいは、わたしの好奇心を刺激した。まるで……というか、確実に隠されている。秘密の塔だ。

 秘密の塔の存在は、わたしに昔読んだ物語を思い出させた。塔に閉じ込められたお姫様。そして、颯爽とお姫様を助ける魔法使い。幼いわたしが憧れた、冒険譚だ。


 塔は入り口こそなかったものの、その上部には大きな開口部がある。階段などは見当たらないけれど、そこが入り口なのかもしれなかった。胸を躍らせたわたしは、せっかくの出会いなのだからと、その塔へ侵入してみることにする。行先が決まっている旅ではない。アヤ兄もあの物語は大好きだったから、こんな塔を見つけたら寄ったかもしれないし……というのは、まぁ言い訳である。


「ユート、あの窓からちらっと中を覗いてこれる?」


 侵入する前に、ユートにあそこから入れるかどうかを確認してきてもらう。

 わたしの言葉に、パタパタと翼を動かしてユートは開口部を覗きに行った。わたしは、地上でそれを見守っている。非常に頼もしい相棒だ。


「……幻獣?」


 ワクワクしながら見守っていたわたしの耳に、ユートではない声がした。無人だと思い込んでいたので、わたしは目を丸くする。こんな全力で存在を隠そうとしている塔に、誰か人がいるとは思わなかった。

 目をぱちくりとさせているわたしの耳に、ユートの「うわ、人がいる!」という声が届く。どうやら、先客がいるのは間違いないようだった。


「おまえ、迷子?」

『違うよ~!』

「でも、ここは危ないから。もうおかえり」

『フィリアはぼくが守るから大丈夫!』

「ふふ、人を怖がらない子だね。会えて嬉しいよ。ここは……ここには、誰も来ないから。誰かと触れ合えるとは思わなかった」


 声の主はユートの訪れを喜んでいるようだった。話す内容から推測するに、先客と言うか……この塔に、住んでいる? そんな感じがする。

 うーん、どうしよう。ユートが戻り次第、ここから離れた方がいいのかな。でも……。

 逡巡するわたしの脳裏を横切ったのは、大好きな物語。塔の上のお姫様。そして、意地悪な王様に監禁されているお姫様を助ける、炎の魔法使い。幼い頃憧れたあのシチュエーションと同じ状態なのは、とても、こう……心をくすぐられた。

 少しならいいかな。そう思ってしまう。だって、「誰も来ない」と呟いたその声は、とても淋しげなものだったから。


 決意を固めたわたしは、改めて目の前の塔を見た。入り口らしきものはない。あるのかもしれないけれど、隠されている上に蔦で覆われてしまって開くかどうかわからない。

 でも、それがどうだというのか。だってわたしは魔法使いだ。魔道具チョーカーで制御されているとはいえ、竪琴を片手に歌えば、大抵のことはどうにかできる自信がある。

 この上にいる人が悪い人でも、そうでなく塔の上のお姫様のように邪魔な存在として閉じ込められていたとしても、自分とユートの身くらいは守れるだろう。となると、やることはひとつ。

 鞄から愛用の竪琴を取り出し、わたしはほほ笑んだ。さて、行こうか、相棒!


「開け、開け、見えない扉

 わたしの行く手を阻むもの

 緑のその手を解き放ち

 わたしを中へ迎え入れよ」


 歌うが早いか、目の前の塔を覆っていた大量の蔦が蠢いた。

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