行先は行き当たりばったり
ユートという、思いがけない相棒を手に入れたわたしだったけれど、とりあえず現状やることといえば、野宿だった。ユートが現れる前にすでに暮れかけていた空は、もうすっかり暗くなっている。完全に視界が奪われる前に食事などは済ませておきたい。そう思ったわたしは、ユートを焚き火の側へ誘った。
『人間は皆こういう生活してるの?』
「なんで?」
『一緒にいた人間のおじさんも同じような感じだった』
魔法で起こした火を眺めながら、町で買っておいたパンやお肉を頬張るわたしへ、ユートが言う。
膝の上で丸くなりながらわたしの指に歯を立てているユート(言っておくが、本当に齧っているわけではない)の話によれば、第一線を退いたとはいえ傭兵だった父は、向こうの大陸でも慣れ親しんだ生活をしているようだった。次兄の自由人っぷりは、絶対父の血だと思う。
『あ、おじさん、フィリアのお父さんなんだっけ』
「そうだよ」
『似てないね』
「わたしは母似だからね。あ、でも目の色は父方の色らしいけど」
『へぇ~』
サイズまで母に似てしまったので、年相応に見られないんだけれど。
咽喉元まで出かかった言葉は、愚痴にしかならないのでそこで留める。代わりにわたしは違う話題を口にした。
「それより、おいしい?」
『うん、おいしい~。お母さんと違う味だね、フィリアの魔力』
ユートと焚き火の側へ戻ってから気付いたのは、幻獣の赤ちゃんってなにを食べるんだろうってことだった。
人間の赤ちゃんも、動物の赤ちゃんも、皆お母さんのおっぱいを飲む。けれど、幻獣の子どもなんて初めて見たので、わたしはユートになにを食べさせていいのかわからず途方に暮れた。
それもあって一旦はクロムの下へ帰るように告げたけれど、その魔法は発動しなかった。やはり歌でないので威力が薄いのだと眉根を寄せたわたしへ、ユートは帰らない旨を伝えてきた。元より、生後幻獣は数週間で親離れするのだそうだ。
そこで「どうせもう少しで独り立ちするし、面白いからフィリアといる」と言いだしたユートに食事について尋ねると、「巣立ちまでは親の魔力を食べて、独り立ち後はお肉を食べる」という答えが返ってきた。
というわけで、前述のシチュエーションに至るのである。
従って、現在ユートが齧っているのはわたしの肉ではなく、魔力だ。……うん、少しは、少~しだけは齧られたけれど。なんでも、血から受け取るのが一番取りやすいらしい。まぁ、滲む程度なので痛くはないんだけど。
「おいしいならよかった。それより、これからどうしようかと悩んでいるのだけれど、ユートはなにか見たいものとかある?」
『フィリア!』
「わたし?」
『お母さんが、フィリア気にしてたから、次会ったときにフィリアの話をたくさん聞かせたいの』
うーん、会話が噛み合うような噛みあわないような。生まれたばかりだというだけあって、ユートとは意思疎通がなかなか難しい。
「じゃあ、とりあえずまったり徒歩旅をしようか」
『うん!』
初めての自由を楽しみつつ、長兄を捜しつつ旅をしようと決めたわたしは、行先を考えることを放棄した。歩けばどこかにはつくだろう。うん。
◆
適当に旅をすることを決意したわたしは、翌日からまったりと、ユートを頭に乗せて道なき道を歩いていた。
もちろん街道を歩いてもいいのだけれど、今までが誰かに敷かれた道を歩いてきたせいなのかなんなのか、突然道じゃないところを歩いてみたくなったのだ。自由最高! 自由素敵!
太陽が昇ったら行動し始めて、双月が空に懸かったら野宿をする。基本ルールはそれだけ。足の向くまま気の向くまま、わたしはてくてくと歩いていく。一人でも旅は楽しかったけれど、ユートという相棒を得た今は、更に楽しい。相変わらず言葉には気を付けなくちゃいけないけれど、さすが幻獣だけあって耐性があるというか、誘惑や催眠に対しての反応が鈍いので、語気を強めなければ多少の会話はできるのがありがたかった。普段あまり人と会話をしないわたしだったけれど、実家にいた頃は普通に過ごしていたのもあり、それなりに会話に飢えていたようだ。
まぁ、そんな状態で歩いたものだから、自然とわたしは現在位置を見失っていた。
「《斬り裂け、旋風》!」
どこともしれない森の中、わたしは真ん丸な耳をしたウサギに向かって魔法を放っていた。わたしの声に従って、風は狙いを外さずスパッとマルミミウサギを仕留める。これはわたしのお昼でもあり、ユートのごはんでもあった。
離乳(というのが正しいのかはわからないが)が進んでいるユートは、ここ最近わたしの魔力だけでなくお肉も食べるようになってきた。彼が好むのはクロムと同じ生肉である。母親と同じく調理した肉は嫌いなようなので、毛皮と、わたしが食べる分を差し引いた残りは、すべてユートの口に入る。骨のひとかけらすら残らないとか、すごい。
『わ~い、お肉お肉!』
わたしの頭の上からぽんと飛び降りると、ユートは嬉し気にしっぽを振って待ちだした。水色の目が爛々と輝いている。まさに獲物を狙う獣そのものな表情に、ちょっと笑ってしまう。
笑いを堪えつつ、魔法で仕留めたウサギの肉を切り分け渡すと、彼は即座に食べ始めた。成長期のせいか、食い付きがいい。
「ユートはお肉好きだねぇ。果物はどう?」
『リーツは好きだけど、キトルスは嫌い~』
そう言うと、ユートはオレンジ色の果実を見て嫌な顔をした。匂いがきついのがダメらしい。わたしはどちらも好きなので、勿体ないなぁと思うのだけれど、キトルスの匂いはクロムもダメだったので、種族的に嫌がるのかもしれなかった。
「それにしても……今どこらへんにいるんだろう?」
わたしの独り言に、ウサギの骨を齧っていたユートが顔を上げる。
『見てこようか?』
「え?」
『ぼく、そろそろ高く飛べるよ。さすがにフィリアは乗っけてあげられないけど』
自慢げに背中の翼を広げて見せるユートに、わたしはしばし思案した。偵察だけならお願いするのもありかもしれない。
「それじゃ、あたりに建物がないかだけ確認してくれる?」
『わかった!』
そろそろ町に寄るのもいいかもしれないと思ったわたしは、ユートにそうお願いした。わたしの依頼を請けて、勢いよくユートは空を駆けた。すごいな、いつの間にかあんなに飛べるようになったのか。
ちなみに最初会ったときは、わたしの頭に乗るのが精一杯だった。そう思うと、すごい成長だ。
樹々を越え、ユートは羽ばたく。黒々とした高い梢に縁どられた空の中で、ユートの白い姿は星みたいに目立った。能力だけでなく、身体の大きさも成長しているみたいだ。
そんなことを思いつつ見ていたわたしのもとへ、青空をくるりと一度旋回してからユートは戻ってきた。
『あのね! 建物あったよ!』
「ありがと、ユート。それじゃ、その建物の方へ行ってみたいから、案内してもらえるかな?」
『は~い!』
町に着いたら、まずは情報収集かな。あとお風呂に入りたい。共同浴場とかないかな。あ、久しぶりに宿屋に泊まろう。
非常にウキウキとした気分で、わたしはユートの後を追った。