旅は道連れ
「にゃ」
幻獣の幼体は、わたしを見て首を傾げると、ふらりと尻尾を揺らした。全体的に散った縞は濃いグレー。薄い水色の瞳は大きく、わたしをじっと見つめている。丸い耳がぴこぴこ動くのも愛らしくて、わたしは言葉を失った。
わたしの家には成体の幻獣がいる。家族の一員で、父の騎獣でもあるクロムだ。この仔とは同じ種族だけれど、やはり大人と子どもでは大きさも印象も違う。クロムはわたしたち兄弟の保護者的な存在だったけれど、この仔は違う。どちらかといえば守ってあげたくなる存在だ。
「どこから来たの? わたしの魔法で連れてこられちゃった?」
「きゃあ~ぁ」
未熟な声帯が愛らしい声を奏でる。お腹に響くようなクロムの声とはまったく違うそれに、わたしの胸は熱くなった。可愛い!
ひとしきり身もだえるわたしを、幻獣の仔はおとなしく見守っていた。逃げようともしないその姿に、わたしはそっと手を差し伸べてみる。ふんふんと指先を嗅ぐと、その仔はぴょこりと掌に飛び乗る。
「にゃ!」
腕を伝って肩に乗った幻獣の仔は、一声高く鳴くとわたしの頬に顔をこすりつけた。
わたしの魔法で現れたらしい幻獣。懐いてくれているようだけれど、お友達になれるだろうか。
「わたしは、あなたとお友達になりたいの。あなたは、どう思う?」
慎重に、言葉を選んで尋ねる。「友達になって」だと、誘惑と催眠の魔法が発動してしまうかもしれないから、もどかしいけれど遠回しにしか訊けない。
「にゃにゃっ!」
幻獣は、承諾の証のようにわたしの頬を一舐めする。ざりざりして痛い。クロムのものよりやわらかいけれど、細かい感じだ。
「ありがとう。それじゃ、あなたともお話したいな。わたし、家族に幻獣がいるの。その子とは、内緒のお話ができるんだけれど、あなたとも話せたら嬉しい」
実は、わたしはクロムと会話ができる。他の人には普通の唸り声にしか聞こえないその声は、わたしが話したいと声に出したときから、わたしの耳にだけ言葉として届くようになった。この仔とも、あんな風に話せればいいのだけれど。
『いいよ~。ていうかさ、ぼくたちはいつだって話してるのに、そっちがわからないだけじゃん』
「それもそうね」
どうやら、この仔とも話せるようになったらしい。ちなみにどの動物とも話せるわけではなく、こうやって「話したい」と伝えた子とだけなので、これもまた、魔声の効果なのだろう。
「わたしはエスフィリア。フィリアって呼んでね。あなたは?」
『きみがフィリア? ぼくはユート』
「ユート、いい名前ね」
『お母さんが付けてくれたの』
「お母さん? 近くにいるの?」
『ううん、全然違うところ。卵から孵ってお母さんに名前を付けてもらったとこだったんだけど、気が付いたらここにいたんだよ』
ユートのその言葉に、わたしは狼狽えた。
だって、考えたこともなかったのだ。いつも現れたものはそこにあったものが変化したものか、もしくは一瞬の幻のようなものばかりで、他所からやってきてそこに留まるものなんてなかった。
けれど、ユートはそうじゃない。わたしの魔法でどこからか連れてこられた幻獣なのだ。……親と引き離して。
「ごめんっ、ごめんねユート! どうしよう、どうやったら帰れるの?」
『大丈夫だよ~』
焦るわたしとは反対に、ユートはのんびりとあくびをする。
『お母さん、そのうちフィリアのとこに帰ってくるから。そしたら会えるよ』
「帰って?」
『だって、フィリア、お母さんと仲良しだよね? フィリアの話はお母さんが卵のぼくにたくさん話してくれたから知ってるよ。フィリアや、フィリアのお母さんのことも』
そう言うと、ユートは器用にきししと笑い声を立てた。他の人にはうにゃうにゃ言っているようにしか聞こえないのだろうけれど、わたしの耳にはきちんと笑い声として届いている。
しかし、それより問題なのは……。
「ユート、クロムの仔なの!?」
『うん。そうだよ!』
なにを今更といった様子で、ユートは頷いた。まさかのその正体に、わたしはしばらく言葉を失くす。
だって、まさかクロムに子どもがいたなんて! いつの間に!?
「知らなかった……」
『フィリアはお家にいなかったもんね。お父さんが会いたがってたって言ってたよ』
「お父さん、どこにいるの?」
『お家の近くの山~。ぼくもまだ会ったことないけど』
クロムとはウルフレアに行ってから会ってないので、きっと番を見つけたのはわたしが王都へ行った後だろう。
「幻獣って卵生なんだね」
『うん、ぼくたち卵で生まれるよ』
卵はイセルルート大陸で産んだんだろうか。帰ってきたら色々聞いてみたいところである。
「一緒に……来る?」
なんと告げていいかわからなかったけれど、一緒に来てほしかったから、そのまま告げることにする。わたしの言葉に、ユートはにぱっと顔全体で笑った。
『もちろん!』
こうして、わたしの思いがけない旅は、思いがけない場所で思いがけない相棒を得たのだった。