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婚約破棄は突然に

「フィリア……悪いけど、君との婚約は破棄させてもらう」


 綺麗な顔を歪ませてわたしにそう告げるのは、この国の王子であり、わたしの婚約者でもあった人。その名をナリスダール・セクト・パルティスという。金髪碧眼に整いすぎともいえる容貌の、いかにもな感じの王子様だ。


「……一応、理由わけを訊いても?」


 さすがにわけもなく婚約を破棄したりはしないだろうと、わたしはその理由を尋ねた。

 すると、我が婚約者──いや、今破棄を申し入れられたから、元婚約者になるのか? いや、まだ正式に破棄の手続きは取っていないから、婚約は継続したままだろう──は、その秀麗な顔に困ったような笑みを浮かべる。

 ……まぁ、本当は訊かなくてもわかるんだけどね、婚約破棄の理由は。だって、彼女が彼の隣に立ってるのは否が応でも目に入るし。こんなプライベートな、家や政治的配慮が関わってくる大事な話をする際に、部外者がそこにいるのはおかしいだろう。けれど、一応確認のために訊いておく。はっきりさせておいた方がお互いのためだと思うし。

 凝視するわたしの視線に気づいたのか、ちらりとナリスは隣に立つ淡い黄色のドレスを着た彼女に目線をやった。そんなナリスに応えるように、彼女もうっとりと彼を見上げる。


 それは、とても美しい少女だった。

 背の高いナリスの隣にいるのにはちょうどいい背の高さ(わたしは彼と話すたびに首が痛かった)。

 長い睫毛に彩られた大きな瞳は、蒼玉のよう(蒼玉はナリスが好きな宝石でもあり、彼の瞳の色でもある)。

 フリルとレースとリボンで彩られたドレスは、程よい色気と可愛らしさを保った絶妙なライン(わたしは仕事柄、常に魔法師団の制服であるローブ姿だ)。

 手入れの行き届いた赤みのある金髪は緩く巻かれ、服の上からでもわかるほど豊かな胸元を彩っている(わたしの第二次性徴はいつ来るのだろうか)。

 まぁ、いうなれば、婚約者わたしとはまったく違うタイプの少女だということだ。


 想い人と見つめ合い、しばらく二人の世界に浸っていたナリスだったが、それなりに満足したのかわたしの投げかけた問いに答える姿勢を見せた。一応こちらの話も聞いていたらしい。


「好きな人ができたんだ。結婚は、彼女──ユナリーリア・ドーゼン嬢としたい。いいや、する。リーリアが成人するまで待ったんだ。もう待てない!」


 ナリスの発言に、ユナリーリア嬢はポッと顔を赤らめると、彼の腕に抱きついた。好きな人に結婚を確約されてとても嬉しそうだ。

 可憐でたおやかな容貌に、その愛らしい仕草はとてもよく似合っていた。「ごめんなさいね」と、気弱そうな殊勝な口調で謝ってくるが、婚約者がいる相手と恋愛をし、あまつさえその婚約破棄の場に居合わせる精神力は、きっと鋼より強く図太い。一瞬だけ勝ち誇った笑みを浮かべた彼女は、その笑みを隠すようにナリスの腕に頬を寄せた。


 まぁね、ナリスは見た目もいいし、この国唯一の王子だ。次期国王となる彼の妃になれるのは、誇らしいだろう。

 ただ、一方的に婚約破棄を言い渡されて、はいそうですかと気楽に承諾できるほど、わたしとナリスの婚約は軽くはない。どうしても破棄するならば、どちらに非があるのかとはっきりさせた上に徹底的に抹消する必要があるだろうと、わたしは二人を観察しつつ頭を巡らせた。

 元々、貴族の血は引いていても、分家の次女であるわたしと、直系の王族であり、王太子でもあるナリスでは、まったくもって釣り合う身分ではない。

 それなのに長年婚約関係にあったということは──身分差を差し引いてでも、その婚約に意味があったということだ。

 わたしは軽い頭痛を覚えながらも、一応念押しする。ここは結界のおかげで魔法が効きにくい王城だ。多少言葉を重ねても、魔道具チョーカーもあるし、大丈夫だろう。


「我々の婚約は家同士の契約ですよ。いわば、政治的役割です」

「政略結婚ということは、そこに愛はないってことだよね。いや、君が嫌いなわけじゃないんだよ? でも……ほら、女性には見れないというか、妹みたいな感じなんだよね。無口なせいで会話もままならないし、これから長い人生を歩いていくにはちょっと……」


 どうやら、彼は実った恋に夢中なようだ。その言葉は一国を担う責任を持つ王太子のものではなく、恋に落ちた男の発言でしかない。そこには婚約者わたしへの配慮は皆無だし、わたしが婚約者に据えられた意味を鑑みる冷静さも見当たらない。


「それに──」


 言いづらそうに一瞬口ごもったものの、早くこの件を解決したいのか、ナリスは溜息と共に白状した。


「僕、幼女趣味はないんだよね」


 ──言っておくが、わたしは幼女ではない。成人を済ませた十七歳である。二十歳のナリスと釣り合わない年齢ではないし、もしかしなくとも、成人を済ませたばかりらしいユナリーリア嬢より年上だと思う。

 だが、悲しいことに、母からその童顔低身長を受け継いだわたしは、どう見てもユナリーリア嬢よりはるかに年下に見えるらしい。


「ドーゼン嬢ならば、王妃に相応しいと?」

「もちろんだ!」

「婚約破棄について、陛下はなんと?」

「……父上には、これから話す」

「宰相閣下には根回し済みですか?」

「…………」


 ナリスは、本当に情熱だけでコトを推し進めていたらしい。確認すればするほど、どんどん勢いが落ちていく。そんな恋人の様子に焦ったのか、ユナリーリア嬢はその白い双丘がつぶれるほど強くナリスの腕を抱きしめ、焦りをにじませた心細げな声でナリスの名を呼んだ。


「そんなことは関係ない! とにかく、僕の運命の人はリーリアなんだ!」

「なるほど」


 ユナリーリア嬢の声によって傍らの恋人の存在を思い出したらしいナリスは、再び勢いを盛り返したようだった。

 恋ってすごい。わたしは素直に感心した。わたしの知っていた彼は、それなりに自分の置かれた位置を理解していたし、それに伴う責任や義務といったものに関しても受け入れているように見えていたのだが、恋というものは、そんな彼の理性や冷静さをどこかへ隠してしまうらしい。

 ちなみにわたしがナリスに恋をしていたかと訊かれると、素直に頷くことはできない。結婚してもいいくらいには好きだったけれど、恋情というより単なる情に近い気もする。

 けれど、それもよくわからない。こうなってみると、自分が彼に対してどんな気持ちでいたのか、思い出せない。


 逡巡するわたしの気持ちを気にすることなく、ナリスはキッとまなじりを吊り上げてわたしを睨んだ。……睨んでも、なにも解決しないと思うんですけれど。


「とにかく、君との婚約は解消する! これは決定事項だ!」


 白い頬を紅潮させて、ナリスは叫ぶ。その声にユナリーリア嬢は顔をほころばせ、わたしは嘆息した。

 なお、このときわたしが残念に思ったことは、選ばれなかったことでも、ナリスの妻になれなかったことでも、王妃になれなかったことでもなく、今まで費やした王妃教育にかかった時間と努力が無駄になったことだった。これでは婚約破棄されても仕方ないだろう。うん。


「そうですか」


 ようやくわたしの承諾が取れ、ナリスとユナリーリア嬢はほっとした様子を見せた。


 そうして、わたしは婚約者に見事振られたのであった。

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