0.グノサイドエンジン
燃やせ燃やせと声がする。
焚べろ焚べろと自分の声。
いやだ。死にたくない。燃えたくない。殺さないで。
おぼわれたくし(俺僕私)は、まだ、生きている――!
肉を剥がして炉に焚べた。脂が命の焦げる醜悪な臭気になって、無数の微小粒子として虚空に飛び散る。
燃えた。
燃えた、燃えた、燃えた。
どれも不出来な命だろう。
どれも命が不出来だろう。
それでも命は命、燃えたのだ。
『――――』
物語を司る、神よりも邪悪で魔よりも取り返しのつかないモノの口蓋が、開いた唇の奥、白いエナメル質の前歯の後ろでピンク色をしている。
『この子はダメだった。だから物語執行だ』
ごぼおっ!!
焔が嘔吐のように勢いよく上向きへと噴出した。肉を呑んだ赤い火。
『不出来な子ほど、かわいいかい?』
闇に、目の形をした二筋の細い光だけが浮いていて、たわんでいる。
笑っているのだ。
『だぁぁぁめ!!!!
だめです!!!!
だめ!!!!
燃やしちゃうの!!!!
全部!!!!』
ああ、僕は。
なんてモノと取引を交わしたんだろう。
炎に浮かんで転がる目が見える気がした。
その目と目線の合った気がした。
泣いていた気がした。
あの闇に浮かぶ白い光と比べれば、それはなんてかよわい質感だったろうか。
覆い隠す目蓋もなく、待ち受ける運命に目を閉ざすことも出来ず、ただ燃えていく己を感じているだけの丸い肉。
『どんどん持っておいで、どんどん燃やしてあげるから!!
ほら!! 燃えカスをご覧っ!! 綺麗な……』
『灰色ッ!!!
あっははははははははははははははは!!!!』
『こんな出来損ないども燃やしたって色なんか出ねーよ馬ァーーーーー鹿!!!
グズ!!!!
もっと上等な肉を持ってこいよ!!!!
ラピス・ラズリの瑠璃色も出せないの!???』
『これもッ!!!!
これもこれもこれもこれもこれもッッ!!!!!
ぜーーーーーんぶ灰だ!!!!
灰色!!!!
カッスカスじゃねえの!!!
無駄死にだよ???
ねえ、恥ずかしいと思わないの???』
『普段あんたがどんだけ偉そうに御高説ぶってるか、私は知ってるんだからね!!!
品評だけはいっちょまえ、身を切る覚悟はゴキブリ以下ァ!!!
なめくじって知ってますぅ? あなたより多分賢いんで、見習ってみるといいと思うんですけどぉ???
這える分だけ、よっっっっぽどマシ!!!
のたうってんじゃねえよみっともねえな、その手と足は飾りですかァ??
背中に羽根でも生えると信じてるんですかァ??』
僕はきつく目をつむり、亀になって罵声に耐えている。
めらめらと体の横で僕を舐めてくる、あの子たちを燃やして膨れた炎の熱気が肌をひび割れるほど乾かしてくる。
笑う目と目の間の下に、白い亀裂がまた笑っている。
罵声は空間の亀裂のようなそこからけたたましく響いていた。
『骨ぇ……。ほら、シャブりなよ?
あの子たちのだよ?
あんたが燃やしたのさ。
燃え残ってる。骨だから。
大丈夫? お骨拾うゥ?
私、箸渡しやったげるからさァ!!!!
ぎゃーーーははははははははは!!!!
あっははははっはははは!!!!!
あーーーーーははははっはあははは!!!
おか、おか、おかしくて、いき、息が……、はは、ヒヒヒヒ!!!!』
「…………」
亀の腹よりひび割れた顔を、丸めてうずくまっていた両腕の中から僕は亀並みにのろのろと引き起こし、白い亀裂のシミュラクラ現象野郎へと向けた。
すると亀裂は、きょとんとしたみたいに両目の位置を少し浮かし、口に当たる空間上の白線を丸い輪っか状に変えて、そんな僕の様子を見ているようだった。
「寄越せよ」
『お?』
自分の笑いに酩酊していた宙空の顔が、表情をシラフに戻した。
酔いを覚ますくらいに興ざめだとでも、圧力をかけているつもりなのだろう。
好きにしろよ。僕が怖いのはお前なんかじゃない。
炎。
僕の瞳に、きっと、この赤色の絶えざる生きた変色を繰り返すゆらめきは映り込んでいるのだろう。
熱が眼球の表面を炙っている。
「寄越せと言ったんだ」
僕はそう言うと、両腕を炎の中に突っ込んだ。
熱い。熱さが皮膚を抜け、すぐに真皮の水分をじゅくじゅくに飛ばし抜き、神経に触って脳へと狂わんばかりのシグナルを乱打してくる。
何の作用だかよく分からんが、指先で爪が爆ぜた。
普段体感する上限以上の、もはや熱さを超えた感覚の爆発が腕という僕を這い登ってくる。
視界の端で、面白そうに両目の部位を細めて歪める、あの顔が見えた。
気にするもんか。
「この子たちの骨を寄越せと言っている!!!」
『――――――――――――――――』
その長い沈黙が、にいまりと音もなく笑って聞こえた。
掴む。
炎の中にあるはずの、その子たちを、僕は曲がっているかどうかも分からない指で、掌で、彼らの華奢な部分が砕けるのも構わず、掴んで掻き集めた。
骨だ。
乳白色のそれは仄かに光を帯びている。神秘の輝きではない。
周りを取り巻く炎よりも、遥かに高い熱がこもっているのだ。
骨が、骨を焼いた。
僕は、手の骨でその骨たちを掴んで引き抜くつもりで、動いている感触のまったくない指先を操り、身体が後ろにひっくり返るほど上体の重みを頼って、炎の中から両腕を引き抜いた。
『――――――――――――――――』
沈黙が、また僕を馬鹿にするように、喋っている気がする。
けれども、両腕を燃やした僕の、自分でもこんなに早く呼吸出来たのかと驚くくらいに荒い息音以外、聞こえるものは何もなかった。
炎がまだ、燃え盛っている。
僕の身体の幾らかを火種に取り込み、赤く赤く、燃えている。
汗よりは体液と形容したい粘度の脂汗に、顔と言わず体と言わず、ずぶ濡れている僕は、その炎の赤と、両手の間に挟まっている骨の石灰質な白さとを、他人事みたいに遠い自分の呼吸の荒さを傍らに置きながら、いつの間にか見比べていた。
骨を掴んでいる僕の両手は何ともない。
良かった。
骨が、人の形を残している。
『――――』
空間が開いて出来た亀裂の顔は、真顔の形を取ったまま、そっちの方を見ようともしていない僕から目を離し、その手前にある炎の方を覗いているようだった。
『なるほど』
これまでで一番醒めて、一番冷えた声色が、一拍置いて呟く。
『赤い』
『まだ、色が出るのか』
『その程度には、知性が残っていたか』
パチパチと、燃え草の爆ぜる音もなしに炎は闇の中を揺らめき、立ち上っている。
『なら――――――焚べろ』
『焚べて見せろ』
『命を』
『物語を』
僕は頷いた。
生きている、熱だけが僕たちを衝き動かす。
どこにたどり着くことがないとしても、死だけは僕たちを待ってくれている。
それが分かっているから、僕は歩ける。
目の前にある、炎を吸って、肺を燃やした。
肺はなんともない。
立ち上がる。
見上げれば、そこにもう顔はいない。
視線を彼方まで滑らせても、いない。
僕は再び目を閉じた。
今度は燃える眼球の泣いているのを目にしないためじゃない。
閉じたままの目の闇に、光を――――、星を見出す、そのために。
お久しぶりです。




