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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
94/97

短編7.『影人形』その26(了)

 ペアテは、自分(・・)を初めて正面からじっくりと観察した。


 険のない、柔らかい目付きをした少女だ。

 作業の邪魔にならないよう、定期的に似たような長さで切り揃えられる髪は、やや硬く、短い分だけ、自身の硬さに持ち上げられ、房ごとにほんのりと筋目が付いて分かれ、浮き上がっている。


(これが、私)


 ついさっきまで傍に居た姉とは、並べて眺めて見れば、なるほど、違う。

 違うが、だからどうしたという程度の小さな違いでしかない。


 赤い髪。

 日にあまり焼けていない、明るく淡い赤土に似た、浅い色の肌。

 ぽってりと厚い唇だけ、色がぎゅっと濃く、よく目立つ。

 胸元も、肩も、腰も、膝も、くるぶしも、首周りも、全部細くて骨ばって、肉が薄い。

 その体を包むのは、年老いたり身重になった者たちが編み繋いで織った、生成りの布。

 意匠は、纏うのが誰でも変わらない、腰紐で体に緩く添わせるだけの、昔ながらの貫頭衣。

 土で何度も何度も汚れては洗い、そのたびごとに少しずつ生地が粗くなり、色味が灰色に近づいている、見慣れた格好。


 どこにでもいそうな少女だった。


 初めて、どこにでもいそうな自分を、真正面から受け容れた。


「驚くフリぐらいはしてみせるかと思った」

()なら、周りに誰もいないとそんなことしないって、知ってる癖に」


 穏やかな月影の中にあって、

 拓かれた道の上にあって、

 感情の平らかなまなざしの瞳の下にあって、

 その、魔法によって成り立つ存在は、

 特別さなど、何も持たないかのような素振りで、佇んでいた。


「名前」

「名前?」

「うん。名前をね、貰いに来たよ」


 ふわり、目の前の少女は片手を空中で泳ぐようにして舞わせる。

 すると、その爪の磨り減った指先からは、彼女らの傍で威容を示し続けている巨木へと、紫色の光の粒が、風もないのに、砂のように舞い広がっていく。


「何、してるの?」

「魔法だよ」

「使えたの」

「うん。どうも、身代わりになる以外の魔法が、使えるようになってきたみたい。

 今はね、私がここにいたってことを、しばらくの間、黙っててもらう魔法だよ」


 そう告げると、彼女は掌から、淡い紫色の燐光を放ってみせる。

 掌の上で、光は渦を巻き、ぱあっと輝いてから、四方に散った。

 眺めていたペアテの心が、急にドキドキと落ち着きを失う。


「今のは、魔法の話をしているヨウィくんみたいな気分にする魔法」


 澄ました顔で言ってのける相手に、馬鹿ね、とペアテは、親しみを籠めて非難した。


「どんな気持ちになっても、もう、絶望(アナタ)が私の中から消えるなんてこと、ないよ」

「知ってた」


 向こうも、相好を崩し、いたずらっぽく悪びれた表情を作る。

 その魅力的な笑い方に、自分の顔も、案外捨てたものではないなと、ペアテは妙な自信の持ち方をした。


 自分も案外、捨てたものじゃない。


「千年、血に潜み続けて育んだ知識に、この新しい魔法の力とで、私はどうも、今まで存在した、どの霊族とも違う種族になったみたいだよ、お母さん(・・・・)

「そう」


 はしゃぐ子供をあやすみたいに、優しく相槌を打ってあげる。

 身に備わる力を、試したくてうずうずとしている、小さな子供。それが今の彼女(・・)なのだろう。


「でも、そうなるまで、あと一つ、一つだけ足りない物があるの。

 私が私でいるために必要で、私が()をやめるために必要な、たった一つ」

「そうだね。絶望なんて名前は、あんまりすぎる。

 絶望は、もう通り過ぎた。だから、あなたの名前は、絶望じゃない」


 影の病に飲み込まれかけた、あの時。

 ハースの声を聞いた途端、ペアテは理解した。


絶望は(・・・)子供が大人に(・・・・・・)なるための(・・・・・)必要な感情(・・・・・)だったんだね(・・・・・・)


 私を生み出した世界を呪った。

 私を育て捨てた世界を呪った。

 こんな私にした世界を呪った。

 こんな私を含む世界を呪った。

 こんな私を呪った。

 こんな世界を呪った。


 でも、その呪いの源は、後から生まれてきたハースには、何の関係もない。


 そう思ったら、踏みとどまれた。


「ペアテお母さん。あなたは、小さな子どもの面倒を見始めたり、自分以外の大人たちの面倒を見ようとすることで、自分で自分を無意識に守っていたんだよ。

 世界に捨てられた絶望が、ちょっと他の人より深すぎただけで、そのせいで、他の人より随分苦労してしまったけれども、ちゃんとそれに耐えられるよう、自分で自分を気づかないうちに育てていたの」

「大人の面倒もみてたかな、私」


 我ながら、言い回しがおかしくて、思わず吹き出した。


「おかしくないよ、お母さん。

 だってね、大人も自分で自分の面倒を、全部見切られるわけじゃないもの。

 大人だってね、生きるだけで必死だよ。

 ガザくん見てごらんなさいな! 大人組に混ぜられて、たまに帰ってくると、すごくしんどそうだし、何か頭を使って悩んだりする時間、増えてるでしょう?」

「ああ、そうだった

 うん。……うん」


 二度、繰り返して口にも出し、頷く。

 最近するようになった、自分だけの癖だ。

 真似をしていた姉にはない、自分だけの。


「体力だけ、体だけ大人になっても駄目なんだよね。

 私もそうだ。頭だけ大人になっても、心が追いつかなきゃ」


 世界は不条理で、ヴゥーヴァーズのように敵対的な奴はもちろんのこと、ドゥテほどの身近な相手でさえ、思い通りには動いてくれない。

 でも、それで当たり前なのだ。

 家族だからと言って、自分を育ててくれた相手だからと言って、その人は、自分じゃない。


「こんなこと、今更ドゥテに伝えても、また馬鹿にされちゃうと思ったから、言えなかった。

『当たり前だろう。私は私だし、ペアテ、お前はお前だ。変なことを言い出すな』なあんて」

「どうかな、本当にそんな言い方、してきたかな」

「わかんないね。だって何しろ、ドゥテは『私じゃない』んだもの」


 くすくす、誰あろう『自分』と顔を突き合わせて、一緒に笑う。


「あはははは、あはははは!」

「ふふ、うふふふ! あはは!」


 馬鹿みたいに声を上げて笑う。

 笑いあった。


 これが、『自分』と笑い合える、最後の機会だから。

 子供だけでいられる、本当に最後の時間だったから。


「……そして、あなたも『私』じゃあ、ないんだよね。影人形さん」

「……うん」


 笑いは微笑みに移り変わり、微笑みはやがて、真剣な面持ちへと変わっていく。


「ねえ、私の娘さん。あなたはこれからどうするつもりなの?」

「さあて、どうしましょう?」


 はぐらかす、というよりも、本当にまだ決め兼ねているようで、彼女は空を見上げた。

 それで、同じようにペアテも空を見た。


「さっきも同じこと、お姉ちゃんと一緒にしたよ、私」

「じゃあ、きっと、ペアテもドゥテも、今の私と同じ気持ちになっていたんだね」

「同じ気持ち?」


 上を向いたまま、横を見ると、彼女も同じ風にして、こっちを見つめていた。


「これから、この自分自身と一緒に、どんな自分の未来を作ろうか、ってさ」

「……お姉ちゃんも、まだそんなこと、思うんだねえ」

「思うよ。大人になるってことは、子供の自分を置き去りにするんじゃなく、その上に新しい自分をずっと積み重ねていくことなんだもの」

(よわい)千歳で生まれたての我が娘さんが言うことは違いますねえ」

「文字通り、年季が違います」


 二人は、そのまま顔の向きを下ろしていって、再び正面から見つめ合った。


 そして、黙りこくる。


「……魔法の光、もう一度見せてよ」


 見つめあう視線の先に、幾つもの感情を読み取り合った。

 くるくる、瞳の小さなゆらめき一つからさえ、言葉にならない名残が尽きなかった。

 今日、初めてちゃんと出会っただけの相手ではない。

 二年間、ずっと探していた相手だ。

 生まれてから、ずっと自分の後ろに付き従っていた相手だ。

 生まれてから、ずっと自分の中で眠っていた相手だ。

 ずっと。

 ずっとずっとずっと、自分の中から消え去ることのない、相手だ。


 自分の影。


 子供時代。


 その相手と見つめ合うと、もう、言葉に詰まり、それ以上のことが言えなかった。


 見つめる先で、彼女の全身が鮮やかな紫色に輝きだし、その光が、人の輪郭を保ったまま、ペアテをそっと正面から抱きしめて、

 通り過ぎ、

 振り返った時にはもう、散って、いない。


「愛してるよ、お母さん」

「……アースライ」


 ()を、口にした。


地上の光(アースライト)だから、アースライ。

 それが、あなたの名前」

「~~~~ーーーーーっ」


 アースライは笑ったまま眩しそうに目を細め、自分のその名を受け取った。


「どんな闇の中でも、土の中でも、あなたは輝いて、私を温めてくれた。

 だから、アースライ」

「アースライ、アースライ、アースライ……!」


 繰り返し、繰り返し、アースライは自分の名前を口にして、歓喜を爆発させるかのように、大切なものをその掌に握りしめたように、胸元で抱きかかえ、唇を噛み締めて俯いた。


 ペアテは、もう自分の方を向いてはいないアースライを、それでも見つめ、見守り、ただ傍に居続ける。


「決めた。

 私、みんなを守るよ!

 ずっとずっと守る!」


 アースライは、面を上げると興奮した様子で告げてきた。


「私がそういう魔法だから、そうするんじゃない!

 一人で、孤独で、絶望していて、とても助からないんじゃないかって、そんな人をさ!

 私、守りたい! 救いたいよ!」

「私たちのことも、守ってくれる?」


 衝撃。

 衝撃の次に、温度。

 感触に、輪郭があって、抱きしめられていることが、やっと分かる。

 飛びつくように抱きつかれたと、自分の両腕の上から回された、()の両腕のきつい抱擁で、理解する。


「守るよ。

 お母さんが死んでも、私の妹や弟が死んでも、その子供や、その子供の子供の子供も、守るよ!

 約束する!

 影みたいに、ずっとみんなのそばに寄り添って、助け続けるよ、私」

「危ないことは、しないでね。

 無族に触れたら、あなたはきっと死んじゃうの」

「大丈夫、分かってる。

 自分のことだもの」


 鼻と鼻とを、くっつけあい、目と目もくっつくんじゃないかというほど、近い距離で、相手の喋る言葉の唇の動きより、肺と喉の振動が伝えてくる方が早いなんて体験を、ペアテは初めて味わった。

 名前を付ける前までは、あんなに自分そっくりに思えていた目が、いきいきと希望に満ち溢れ、光を放っている。


 ほとんど拘束みたいだった抱擁を解いて離れたアースライの顔は、髪の形がいつの間にか変わっていた。

 硬さが増したのか、ピンピンと髪の房ごと毛先まで跳ね回っている。

 上気した頬は丸く、柔らかだった目つきは凛と釣り上がり、胸や腰周りに、自分にはない肉の厚みが乗っている。視点の高さも、ペアテより、高い。手足や背丈が伸びていた。


「早いなあ、成長」

「元が影だから、背格好は自由に変えられるよ、ほら」


 言うより先に、腕だけを伸ばしたり、首だけ伸ばして見せたりと、アースライはペアテを驚かせるためだけに奇抜な動きをして見せる。


「影人形の噂、変わっちゃうねえ」

「あれはあれで残るんじゃないかな。だって、始祖様の、人間たちが絶望しないようにって魔法、なくなった訳じゃないんだもの。

 私がそこから株分けされて増えたみたいに、きっとこれからも影人形は人間を助けるし、その中から、私のお仲間が少しずつ生まれて来るんだよ」

「すごいな、分かるんだ?」

「というより、願望かな」


 屈託なく顔中で笑顔を作るアースライ。


「一人は寂しいものね」


 理解し、頷くペアテ。


「……でも、この集落にいたら、ちょっとだけまずいかな。

 さっきもヴゥーヴァーズに魔法使っちゃったし、お母さんがいるから、きっと我慢出来ずにあれこれ手出ししちゃうよ」

「え……」


 その言葉で、急にペアテの表情が凍った。


「い、いいよ。

 手伝ってくれるの、私、大歓迎だよ?」

駄目だよ(・・・・)

 あんまりにも人間に都合のいいことが続きすぎると、魔法が疑われる。

 新種の私一人じゃ、まだ、ヴゥーヴァーズ一人ぐらいは騙せても、束になってかかってこられたら、とてもじゃないけど、敵わない」


 次の言葉が、見つからなくなった。


「いつか、私がもっと強くなって、自由に出来るようになったら、きっとここに戻ってくるからさ」

「それは……何年後?」

「……分かんない。でも、この地を統べる王様や、地霊族たちに捕まって、いいように働かされたり、戦わされたりするのは、私、嫌なの。それは私がやりたいことじゃない」


(その私はもう、()じゃ、ない)


 ペアテは頭の中で、改めて先程得た気づきを反復する。

 アースライは、もう、ペアテを写し取った影人形ではないのだ。


「今日、出会ったばかりの私だもの。

 きっと、居なくなってもお母さんは平気だよ。

 夜にひょっこり現れた幻と思って、大丈夫」


 アースライの口元は、笑顔を浮かべたままだったけれども、その足元は、少しずつ後退りを始めていた。


(去られたら、追えない)


 本能的にペアテは感じた。

 魔法を使え、姿も変えられるアースライを、どうやってただの人間である自分が追えるだろうか。


(離れたら、二度と会えないかもしれない)


 アースライのやりたいこと、それは、口に出していた通り、人々を助けること。

 でも、困っている人、助けを求めている人は、それこそ、この地上のどこにでも溢れかえっている。


(いつ、終わる?

 終わりなんてあるの?)


 気がつけば、手が、アースライの方へと伸びていた。


 その指先に、しゅるり、紫色の輝きが巻き付いてくる。

 二年前、落盤で埋まった壁の向こう側を求めて土と石を掻きむしった指。

 その指に、影人形は、アースライは、確かに布を巻いてくれた。


 今、同じように指先を暖かなぬくもりが包んでいる。


 この輝きが持つ魔法はなんだろう。

 ペアテは、自分の心が魔法に動かされないよう、強く願って抵抗しようとした。


 光の華が、胸の中に咲いた。


「ありがとう、お母さん。

 ただの魔法だった私を見つけてくれて、

 出会ってくれて、

 産んでくれて、

 名前までくれた」


 それは、感謝の心を伝える魔法だった。

 地上の光(アースライ)の名に相応しい、まばゆいばかりの心の輝きが、胸の中に広がって、大輪と咲き誇る。


「ありがとう。

 絶望をしても、この世界を、それでも諦めないでいてくれて、本当にありがとう」

「違う、私は、ただ、自分が生きたくて――!」


 指に灯る、優しい紫色の輝きから目を無理やり引き剥がし、前を見た。


 もうそこに、アースライの姿はなかった。


 白い星月夜だけが、ぽっかりとペアテの帰路を照らし出している。


/*/


「遅かったな。心配したよ」


 ペアテがテントに戻ると、クオタはまだ眠っていなかった。

 小声で呼びかけてきた彼の元へ、ハースを踏まないように避けつつ、早足で近寄ると、ペアテは耳に唇を寄せて囁いた。


「子供、作ろう、クオタ」

「急にどうしたんだ?」

「娘、欲しくなっちゃった」

「おいおい」


 言いかけて、つるり、真新しい傷の上から、顔の右半分を撫でるクオタ。


「……いいぜ。でも、俺の怪我が治ってから、だからな」

「うん……うん……!」


 いつもそうだ。

 いつもクオタは、他の人なら理由を問い返し、立ち止まるところで、彼女の無理な気持ちを汲んでくれる。


 ぎゅうっと両手で握ったクオタの掌に、顔をこすりつけながら、ポロポロとペアテは涙をこぼし続けた。

 何も聞かずに、クオタはされるがままになっている。


 ハースを起こさないよう、声を押し殺したペアテの嗚咽は、その後もしばらくは続くのだった。


/*/


 翌朝。


「夜遅かったからお腹すいちゃったよー」


 ぐずるハースを連れて、動けないクオタの分まで器を持ち、食料の配給所へと向かうペアテ。

 この時間帯はいつもだが、一斉に人が集まるので、混雑がひどい。


 朝のまぶしい陽光に照らされて、配給を行っている地霊族の甲殻がテラテラと光っている。

 どこを見ているのだか分からない複眼に、形だけのお辞儀をしてから、ペアテとハースは器にスープを注いでもらい、来た道を引き返していった。


 これまでと変わらない、いつもの一日が、また、始まる。


(そう……いつもと変わらない。何も……)


 ぼんやりと、寝不足の意識でペアテは、自らの思いを噛み締めた。

 その時、背後で潤滑な日常風景のルーティンワークが止まった気配がした。

 ペアテは何も考えず、反射的に振り返る。


「む……見ない顔だな、貴様」


 配給係の、魔力の籠もったキンキン声。

 それと対峙しているのは、ピンピンと毛先の跳ねた後頭部。

 地霊族は、スープをよそう腕とは別の一対でもって、その髪の主を指しながら再度問うた。


「俺は、人間の見分けには自信があるのだ。どうなんだ、貴様」

「んっと……別の集落から、ちょっと、はい」


 その声は、困った末に、実にふにゃふにゃと曖昧な返事をした。

 あれでは何も誤魔化せていない。


(駄目だよ。駄目だよ、そんなんじゃ、私、あなたのこれからが心配になるよ……!)


 足が、自然と配給所に引き返していった。

 流れを逆流して遡ってくるペアテを、邪魔そうに他の子たちが避けていく。


「そうか。まあいい、ここでも励めよ、人間」


 配給係は、あっさりと彼女(・・)を解放し、次の順番待ちを手招きした。

 ぽろり、手にしていた器を取り落とすペアテ。

 すると、配給所から戻ってきたその人影は、人混みをまるで奇跡のように(・・・・・・)すり抜けて、咄嗟に空いた片手で落下寸前の器を受け止めた。


「ふうっ、危ないところだった」


 ハースがペアテの袖を引き、不思議そうに尋ねてくる。


「ねえねえ、ペーねぇ。助けてもらったら、お礼言わなきゃだよ。

 ……ペーねぇ? この人、知ってるの?」

「アースライ……!」


 はたして影は、昨日去っていったはずのアースライであった。


「ああは言ったけど、ほら。

 親離れするには、一晩だけじゃ、あんまりにも親元にいた時間が短すぎるかな、って……」


 バツが悪そうに、でも、悪びれずに甘えた表情で、彼女はペアテに変心の理由を打ち明けてきた。


「ああ、もう……!」


 どんな説明をして、クオタたちに打ち明けようか。

 どこの組に入れてもらうかな、何をして働いてもらうか、魔法をみだりに使わないよう、人間らしい生活に見せかける工夫を、一緒に考えてやらなくては。

 考え事が、後から後から溢れてきて、とうとう、ついには目からも水になってこぼれ落ちてきた。


 いいや。そんなこと、どうでもいい。

 きっとなんとかなる。


 そんなことより、ずっといいそびれていたことを伝えなくちゃ。


「あの時、私を助けてくれて、ありがとう」


 だって地霊族たちは、人間が減る分にはうるさいけれど、増える分には、緩いのだ。

なんの気もなしに書き始めた話でしたが、薄い文庫本一冊分にまで膨らんでしまい、恐縮です。

短編は本編と違って独立しているので、ゲーム的な要素は一切ないのですが、同じ世界の遠い過去でお送りいたしました。

まだ人間が魔法を知る前の時代、亜人のいない時代、ひどい目にあっている時代のお話です。

もっとうまいこと短くまとめられればなあと思いながらも、ここまでお付き合いいただけた読者の方には感謝の念が絶えません。正直、短編その7、延び延びで後に続きまくって、ちょっとびっくりした。


次は何の話になるかは、まだ未定ですが、明日の投稿は夜に用事が入っているため、なるべく早めにお届けできればなーと思っております。


改めまして、短編その7、『影人形』、読了ありがとうございました。

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