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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
88/97

短編7.『影人形』その20

(肩さえ抜ければ、腕が使えるのにっ!)


 ヨウィはもがこうと試みたが、駄目だった。

 崩落の直前、咄嗟にヨウィとメルラを庇って踏みとどまったクオタの体が、上に覆いかぶさっていて、身動きが取れない。

 そのクオタは意識を失っており、顔だけがぎりぎりのところで土から露出している状態だ。


「メルラっ、もっと首振れ!

 少しでも緩めば抜けるかもしれない!」

「やってるよぅ~!」

「片腕でも抜ければ、自分で土を掘れるのにな……くそっ、誰かーっ!

 おーい! おーい!」


 二人は焦っていた。

 彼らの足の方に当たる土中には、三人を突き飛ばし、いわば身代わりで生き埋めになっているペアテがいるはずなのだ。

 こうしている間にも、時間の失血は、容赦なく、彼女の生存可能性を目減りさせていく。


「本当にまだペアテさん、生きてる可能性あるの?」

「クオタさんの時もそうだったっ!

 人間は、息ができない時、怪我をしている方が助かる見込みがある!」


 始祖の魔法により、人間種族の体には、どこからともなく血が湧くという。

 ただの血ではない。健常な血だ。

 もしも彼らに現代科学の知識があれば、血中の赤血球が、肺から得た酸素を全身に運んでいるという現象を知って納得したに違いない。

 酸欠状態となった分を適度に廃棄しつつ、酸素を充分に含んだ、魔法によって補われる真新しい血が、窒息を防ぐのに有効に働くのだ。

 ヨウィは、これらの正確な知識など、もちろん持ち合わせていない。ただ、経験則と、魔法とは何かという日々の考察から、近い仮説を立てることに成功していた。そしてそれを既に、端的にだが、メルラに説明済みなのだ。


(それにしたって限度があるよ!

 空気が幾らかでもある空洞ならともかく、土の中に生き埋めじゃあ……っ!)


 現状、地上からの救援は望めない。

 震動の魔法が止まったとはいえ、坑道は、どこからまた崩落してもおかしくはない状態である。

 せっかく助かったのに、わざわざ危険を犯してまで様子を見に来る者が、どこにいようか。


「くそぅ、抜けろ、抜けろーっ!」


 ざざぁ……。


 土砂の流れる音がした。再崩落の予兆だろうか。

 焦るヨウィが、ふと感じた気配に耳を澄ませる。


 近い。

 それに、これは上から落ちてきた音じゃない。

 これは、坑道の床で蹴立てられた、土の音だ。


「誰か、誰かそこにいるのかっ!?」

「――大声出すと、崩れやすくなるよ、ヨウィくん」


 そっと切り替えされる、冷静だけれど穏やかな指摘。

 その感触には覚えがあった。


(ありえない、そんな馬鹿な!)


 驚愕するヨウィとメルラをよそに、しゃがみこみ、埋まる彼らの周りを慎重に手押し車の破片で掻き出し始めたのは、生き埋めになっているはずのペアテだった。


/*/


 坑道の入り口近くまで来て、吹き込んでくる風を感じた頃には、ヨウィは外へとしゃにむに走り出したくなっていた。

 声の反響のような、ちょっとしたきっかけでまた崩落が起きるかもしれないからと、帰還中は沢山抱えていた質問を発することが禁止され、やきもきもした。

 だが、実際に地上に出ると、そんなことより何より――外の空気が、うまい。


(ああ……俺、生きてるなあ……っ!)


 ひとしきり感慨に浸った後、ヨウィは視線を巡らせ、辺りの様子を伺った。

 採掘場は、坑道をまるごと取り潰したヴゥーヴァーズたちの凶行に怯え、また、憤る者たちでざわついていた。

 この分では、この世代が大人になる時代には、また一段と人間と霊族との確執は深まっているだろう。


(どうせ人間を使い潰すんなら、もっとおだててうまく踊らせればいいのにな!

 ヴヴァの奴も、ほんと頭悪いよっ!)


 三人の中で男手は彼一人だったので、背中にクオタを載せられたまま、そんなことを考えていると、隣から信じがたいつぶやきが飛び込んできた。


「戻らなきゃ」


 ペアテだ。

 凛々しく目元を引き締め、踵を返し、今にも坑道に戻ろうとしている。


「ちょ、ちょっと待ってよっ!

 ガザたちを助けようっていうの? いくらなんでも一人じゃ無茶だよ!」


 すると彼女は、少しだけ大人びた明るい微笑みを浮かべ、首を横に振った。


「ううん、ガザくんたちじゃないの。

 身代わりを置いてきちゃったから、早く出してあげなきゃ」

「身代わりって、影人形のこと?」

「うん」


 やはり、ペアテを助けたのは、またしても影人形だったのだ。

 しかし先程の言葉には、聞き捨てならない内容も混じっていた。


「出してあげなきゃって……影人形、まだ、あの中にいるってこと?」

「うん。よかったら、ヨウィくんも手伝ってくれるとありがたいけど。

 でも、怪我が酷いクオタも運んであげたいし、どうしよう」


 無限に血が補われるとは言っても、補充速度には限度がある。

 失血速度が上回れば死んでしまう。


 すると、メルラがわざとらしい独り言を大声で周りに響かせた。


「あ~、ガザさんを助けに行かなきゃいけないのに、クオタさんから手が離せないな~!

 困ったな~、みんな後でガザさんに怒られるかも~!」


 さぁーっと子供たちが駆け寄ってきて、口々に、任せて、運ぶよ、等と助力を申し出てきた。


「えっへへ、ガザさん有名で助かっちゃうな~」

「お前なあ……でかしたっ!」


 誰も掘るのを手助けするとまでは申し出ないあたり、ガザのしぶとさが信頼されているというか、恐れられているというか……。

 皆がおおむね自分と同じ印象をガザに抱いているのを、改めて確認出来、ペアテは肩の力が抜けた。


「行こう。影人形さん、待たせちゃう」

「すごいなペアテさん、一体どうやって影人形を見つけたの……っていうか、身代わりってどういうこと?

 魔法? やっぱりそういう魔法なのっ?」

「まあ、そのあたりは、本人に直接聞いたらいいの。あ、でも、見てビックリしないでね」


 そう告げると、ペアテらは坑道に踏み入った。

 再び、唇に人差し指を当てる、おしゃべり禁止のジェスチャーをされたので、ヨウィは想像だけを次々と忙しく巡らせる。


(ペアテさんの埋まってた辺りにいるのかな。だとしたら、そこまで深くないはずだ。

 でも、せっかく掘ってもまた上から崩れてきて、今度こそ巻き添えになるかもしれない。

 ペアテさん、どうするつもりなんだろう?)


(それにしても、よくペアテさん、あの崩落で埋まって怪我一つしなかったな。

 あれ? 怪我してないってことは、血の入れ替えが出来てないはずで……どうなってるんだ?)


(こうして背中を見てる限りだと、歩き方が変だとかいう様子はないし、さっきも普通に俺たちを掘り出せていたもんな。

 結構時間が掛かってたけど、ペアテさんがそんなに腕力ないのは元からだし)


(影人形か……へへっ、魔法の話、聞けるかなっ?

 それにしても、どうしてこれまで正体を隠していたのに、今回だけは見つかっちゃったんだ?)


(身代わりって言ってたけど、土を掘れるなら、自分で出てきてもいいはずなのにな。

 ていうか、ペアテさんと一緒に出てくる方が簡単じゃないか。どういうことだろ?)


(あれ? そもそもペアテさん、一体どこから出てきたんだ?

 なんで俺たちの前から降りてきたんだろう?

 にゅってクオタさんの頭の上辺りから穴を掘って出てくるならともかく、なんか変だよな。

 影人形に助けられた現場って、穴一つなかったっていうし、そういうものなのかなあ。うーん)


 荷物がないと、崩落現場に戻るのはあっという間だった。

 クオタを担いで脱出するまでは、時間の流れがじれったいほど遅く感じられたのに、不思議なものだ。


 ペアテは、崩れて塞がった坑道の土砂に向けて呼びかける。


「戻ったよ」

「――結構掛かったね(・・・・・・・)


 ヨウィの体に震えが走った。

 土中から声が返ってきた。そのこともだが、一体なんで――


(なんで、土の中からも(・・・・・・)ペアテさんの声が(・・・・・・・・)するんだ(・・・・)?)

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