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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
86/97

短編7.『影人形』その18

 しなる木の柄。片手で握れば、いかにガザとても、指が回らずに余す太みがある。その柄を両手で彼はしっかりと握り込んでおり、腕部の筋肉が隆々と皮下から血管を浮かび上がらせていた。

 柄の先には、それこそ片手どころか、ペアテには両手でも持ち上がらなさそうな、成人の頭二つ分はあろうかという鉄塊が、樽状に成形されて刺さっていた。大金鎚の打撃面は、本来平たいのだろうが、でこぼこと歪んでいる。実戦由来というよりは、楔を入れた小さな岩を砕く際にも振るわれるためだ。

 今は、大金槌そのものが、無秩序に地下から這い出てくる、知性なき獣たちを食い止める、楔となって振るわれている。


「そォ、ら!!!!」


 脳震盪を起こした白イノシシの脳天へと、躊躇せずにガザは追撃を打った。重みの逃げないよう、腰を深く落として叩き込んでいる。

 さしもの厚い獣の頭蓋も、質量と硬度の暴虐から成る金属製武器に打たれ、鉢が割れた。

 二撃、三撃と、文字通り息の途絶えるまでガザは打撃を重ね、とどめを刺す。


「ぼさっと見てるなよな、ペアテ!」

「へ?」

「ここから後ろに湧いた分は、全部奥に引き付けている!

 だから、逃げるなら今のうちなんだよ!」

「う、うん」


(後ろの音は、ガザくんだったの)


 だとすると、バリケードは無族を防ぐためというより、むしろ囲い込んで逃がさないために形成したのだろう。

 それを突破してまで助けに来たガザには、ありがたさしかなかったが、疑問も生じた。


「ガザくんの後を追ってきたりしないの?」

「そのために俺がここに立っている!」


 坑道の奥を向き、ペアテに背を向けたガザ。薄暗がりに目を凝らせば、その肌は擦り傷にまみれている。きっと壁に弾き飛ばされたりして、傷ついたのだ。

 クオタのそばに寄ると、不規則な呼吸だが、まだ意識はあった。手を握り、体に腕を回して引き起こす。そうしている間にも、坑道の床を鳴らす振動が、まだまだ幾つかの獣の接近を教えてくる。

 入り乱れる足音に、心臓の鼓動まで同調して鳴り乱れそうになる。

 クオタが重たいのだ。


 なんとか自分の足で立とうと、目いっぱい彼女の体に重みをかけてくるが、耐えられない。

 喘ぐ呼吸に揺れるクオタの体と、引き起こそうとするペアテの呼吸とがうまく合わない。


「しゃんとしろよ、クオタぁ!」

「わ、か……ってる……」


 得物を振りかぶり、迎撃の構えを取るガザ。

 極端に重心の偏った長物を保持するだけでも、渾身力を必要とされるため、全身の筋肉が隆起している。

 その硬く膨れ上がった全身を激しく震わせて、彼は後ろを見ずに怒鳴りつけた。


「本当に分かってるのか!?

 お前が立てないとな、ペアテが死ぬんだぞ!!

 諦めるな、今度こそ!!」

「……!」


 ぐぐぐ。

 ペアテにしがみつくようにしていたクオタの動きが、彼女を支えとして立ち上がる動きに変わった。


 (ゴウ)――(ゴッ)!!


 風切り音、続いてすぐに衝突音。

 また、なんらかの獣を大金槌が捉えたらしい。

 正体を確かめるために振り返る余裕もなく、ペアテたちは必死に地上を目指して鈍重な歩みを始めている。


 坑道の細さが、こういう有事の際には役に立つ。

 立ちはだかるガザ一人を迂回できずに、迎撃された先頭に邪魔されて、後続が勢い良く突撃を重ねられない。


(普段は不便だけど、この時のためなんだよね……!)


 壁伝いに進むペアテは、先人の知恵へと素直に感謝を捧げた。

 採掘の効率なんかより、無族の蹂躙を防ぐ方がずっと重要だ。


「――――?」


 違和感が、降り注ぐように浸透してきた。

 動物的な勘、知性の研ぎ澄まされた末の無意識からの警告、そのような曖昧なものではない。


 空間が歪んで感じられる。

 その範囲は、坑道中、いや、坑道を形成する細い管状の土周りだけでは収まらない。

 坑道を含めた、山の全部だ。


 大地そのものが震動し、遅々たる歩みすら妨げられる。

 震動が止まない。

 揺さぶり続けられて、坑道を支える枠間がギシギシ鳴り始めた。


(この揺れ方……!)


 ペアテには覚えがあった。

 一年前、枠間と枠間の間に敷き詰めるようにして、坑道の天井と側面を矢板で埋め尽くす方式の試験をした。

 その際、ヴゥーヴァーズら地霊族が使った魔法と、全く同じだ。


「クオタ、ごめん!」

「ぐぁ……!」


 彼の負った傷に構わず、無理やり足を進めて引っ張っていく。

 ヴゥーヴァーズたちは、採掘場ごと無族の出て来る口を塞ぐつもりだ。

 土中に埋められようと、土そのものを削れる無族には、何の痛手にもならない攻撃である。しかし、奇妙な習性だが、彼らは地上に出る道を決して自らの手で作れはしない。そこにある道のりを遡ることしか出来ない。

 だから、道を潰す。極めて単純で、そして効果的な対処方法だった。

 きっとペアテが同じ立場でも、そうしただろう。


(中に私たち自身がいなければ、だけど!)


 試験の時も、入り口は崩れなかった。

 長雨で土が緩んでいなければ、あるいは耐えきった可能性もあった。

 幸いなことに、最近は雨があまり降っていない。


 心臓がどきどきする。

 揺れからくる、本能的な怯えと、理性が推し量る、未だ見えぬ死への限界点の不透明さとで、胸の中が二重に打ち鳴らされている気分だと、ペアテはつい自分を分析してしまう。


「――ペアテさんっ!」

「え……嘘、ヨウィくん? メルラも!」


 叫びが、坑道のミシミシという鳴き声を貫いて、届いてくる。

 もう入り口までそんなに近づいたのだろうか。感覚が麻痺していて、距離感が働かない。


「上でヴヴァたちが魔法を使ってる!

 まだ二人が出てきてないって聞いて、俺たち助けに来たんだよっ!!!」

「危ないよ、馬鹿!! でも、ごめん、助かる!!」


 声を目一杯に張り上げて応えた。

 入り口はまだだ。だが、ヨウィたちは姿を見せた。


(いつ崩れるかも分からない坑道に、小さな体で、無茶をして……)


 叱りつけたい気持ちと感謝とが入り混じり、彼女の顔はくしゃくしゃになった。


「うわっ、酷い怪我だな! よーしメルラ、お前そっち持ってっ!」

「ペアテさんも血まみれだよ~!」

「私は大丈夫、返り血だから。それより先にクオタを連れて帰ってあげて!」


 のしかかっていた一人分の重みが消えて、楽にはなったが、その分だけ、重心の位置が上がった。

 伸び上がるように上体を起こしたその時に、どーん!と一際激しい揺れが来て、後ろに倒れ込む。


 これまでとは違う、激しい縦揺れ。

 視界すら定まらないほどの揺さぶりに、ばき、ばき、乾いた破断音が耳へと飛び込んでくる。

 一年前の試験には、これほどの震動は起きなかった。一体魔法というのは、どれほどの力を持つのだろうか。


(ヨウィなら、そんなことを考えているかな)


 こんな状況だが、ふと想像してしまって、おかしくなる。

 目の前を行く少年の、小さな背中を見る。その頭上で、枠間が今にも真っ二つに裂けようとしていた。


「――危ない!!」


 立ち上がると同時に、ヨウィを突き飛ばす。急に後ろから押されて、ヨウィは他の二人ごと前にすっ転んだ。


 硬質な衝撃。途方もない重み。暗闇。湿った冷たさ。

 彼女の意識は、そこで途絶える。

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