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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
81/97

短編7.『影人形』その13

 ペアテは、擬似坑道へは入らなかった。

 森を拓く許可や、木材を切り出し、加工する道具も得られたし、人間をあからさまに馬鹿にしたヴゥーヴァーズのやり口が酷かったので、臆病者だなどと文句を言う大人も出ていない。皆、彼女が一年前、落盤に遭っているのも、知っていた。

 きっと、地霊族たちも知っていたのだろう。


(人間の見分けなんてついていないふりをして、たまらないよな)


 ヨウィは、肩を震わせているペアテの後ろ姿を、当分忘れられそうになかった。

 悔しさか、それとも恐怖でか、彼女は震えていた。


 目的を無事に果たせたはずなのに、その横顔に、微笑みはなかった。


/*/


 さらに一年が経った。


「ハース、時間だよ」


 怜悧なまなざしの少女は、蹲る女児を引き起こし、寝癖の跳ね回る伸び放題の髪を撫で付けてやる。


「今日は森に行くんでしょ、皆に遅れちゃ駄目だよ」

「ペーねぇ、早いー。まだご飯前だよ……」


 二年前、抜けたドゥテの代わりとして、ペアテらの組に入れられたのは、まだ物心ついて少ししか経っていない、幼いハースだった。


「ガザが、大人組に混ぜたら当分危なっかしいままだから、きっと最年長になる位まで上げる(・・・)のを引っ張る気で、小ちゃい子を入れたんだよ!」


 ヨウィは当時、そのように主張していた。彼の言を信じるなら、周りからは、ペアテとクオタが番いになる前提で厄介者二人(・・)の面倒を見させていることになる。

 だが、彼女はもう、以前ほどクオタに執着はしていなかった。


「もう行くのか?」


 子供らしい丸みの完全に消え、ひょろりと全体的に伸びたクオタは、くたびれた顔つきをしていた。影人形探しは、しばらく前からしていない。

 すっかりと大人の仲間入りをする準備が出来たらしく、このところはもう、誰かが救ってくれるなんて夢みたいな話は口にしていなかった。


「私はいいと思うんだけど、ごはん前からみんなと一緒にいろってペーねぇがー」

「ははっ、そりゃ仕方ないな。ペアテが言うなら、そうなんだろうよ。

 ほら、ヨウィたちとしっかりやって来いよ、ハース」


 暖かい笑みを隻眼の顔に浮かべ、ハースを送り出すクオタ。ペアテが惹かれたその優しさは、今も失われていない。順調に、年を重ねるごとに深まっている。

 だから、彼が変わってしまったのではないのだ。

 誰かに救われると信じるより、目の前のハースやペアテ、ヨウィらを、自分の両手で救っていこうという覚悟に、その思いが結実していったというのが、本当のところなのだろう。


(それは、変化というより、成長だもの)


 順当に行けば、来年には結ばれる相手と柔らかな視線を交わし合い、彼女は述懐を締めくくった。


 テントの幕を捲り上げて出て行く小さなお尻を見送りながら、ペアテは既にいないもう一人の共同生活者を話題に上げる。


「ガザくん、うまくやってるかな」

「力だけは認められてるんだ。文句を言わせなきゃ、あいつだって好きで揉めたりはしないだろ」


 ガザは、あまりにも体力がついたので、坑道の奥に籠る組に混ぜられていた。時折戻ってきては、無族を倒しただの、デカい岩を掘っくり返しただの、土産話を聞かせてくれる。今のところは大きな怪我もなく、無事にやれているようである。


「ハースとも、意外にうまくやってて驚いたぜ」

「あんまりひ弱な相手だと、壊しちゃいそうで、却って慎重になるんだって。お姉ちゃんの策がうまくはまった感じ」


 テント内の昔馴染みのメンバーの前では、ペアテもまた、姉に似せた気丈で張り詰めた仮面を脱ぎ去り、表情を緩ませている。

 引き締まっていくばかりのクオタと打って変わって、体つきのメリハリが付き始めた彼女は、無邪気に無防備な格好で、彼のそばに身を寄せていた。


「……こうして俺たち、少しずつ年をとってさ、少しずつ世界を変えて、子供たちの暮らしが、いつかは良くなったりするのかな」


 足の爪先を手入れしつつ、ぽつりとクオタがつぶやく。


「俺なんかだと、想像もつかないんだ。

 ペアテやドゥテみたいに、変われる未来を見つけられないからな、俺」


 足の爪の手入れは、素足で暮らす彼らにとり、欠かせぬ生活習慣の一つだ。割れでもしていたら、血の通っている部位と違って、なかなか再生しない。それで、丁寧にこすり、手入れをする。

 大人も子供も関係ない、人間族共通の習慣。

 これを必要としない未来を、クオタは思い描いたことがない。


 そもそも、ここ以外で人間がどのように暮らしているのかすら、数年に一度、流れ着いてくる外の人の口からしか聞く機会もない。

 変わる、という発想が、日常のどこにも転がっていない。


(それだけに、影人形探しは何かが変えられると思ったんだ)


 正体不明の存在。しかも、魔法を使う、人間の味方。

 ヨウィに言わせるなら、


「この手掛かりを放すわけにはいかないって!」


というほどの、大転機に、彼もするつもりだったのだ。

 年さえ取らなければ……。


「そんなことないよ!

 言い方は良くないけど、クオタ、落盤に遭う前より優しくなった」

「そうか?」


 口では疑問をさし挾んだが、あの地獄を体験して、間違いなく良かったと受け止めているのは、自覚していた。

 今ではこうして、ペアテとも気を許し合う仲になれている。昔の自分だったら、真面目で浮かない姉よりさらに冴えない妹、この子と一生暮らすのかと、反発していたかもしれない。


(影人形には、やっぱり感謝しかないな)


 かつての自分は、明らかにこの子の価値を見誤っていた。二年前に影人形探しを賛同してくれた時でさえ、同じ体験を共有する仲間意識以上のものは持っていなかった。


「どうしたの?

 じっと見つめて、恥ずかしいよ」

「ペアテが言うんなら、そうなんだろうなと思ったんだよ。

 さあ、俺たちもそろそろ行こうぜ!」


 照れてはにかむ近い将来の伴侶の肩を軽く叩いて、クオタもまた、外の世界へと赴いた。

 濡れないだけの簡素な住居で、じっと身を寄せ合いながら過ごしてきた家族。世界は厳しいままだが、彼女となら、そんな世界に生きてもいい……、今を踏みしめ、未来に歩き出せて行けそうだと、緩やかな勇気が成長期真っ盛りの少年の体を、押し包むのだった。

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