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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
序章
8/97

7.ハースの街

 街へと向かいながら、声をかけると、待っていたかのようにカグナは喋り出した。


「……お前、名前は?」

「カグナ。家名はセイと言うよ。カグナ=セイだ」

「俺はキスケだ。キスケ・アマイモン」

「甘いもの? 甘いものは私も好きだ! 母様の卵菓子がいっとう好きでね……懐かしいな」

「ああ、いや、なんつったらいいかな……」

「今度、キスケも私の故郷に来るといい! 母様がすごく喜ぶ。私も、その方が嬉しい」

「家名ってんじゃないんだよな。どちらも名前っつーか」

「甘いものが?」

「アマイモン。厳密にはア・マイモンだ。意味はその、聞かないでくれ」

「そうか、分かった。キスケを困らせたくはない。呼ぶのはキスケで良いのか?」

「そうだな、そうしてくれ」


/*/


 二人で並んで、揃って歩く。歩調は、カグナの方から、合わせてくれている。


「キスケ、キスケ、キスケ……うん、いい音だな。籠められた祈りは何だろうか?」

「……喜びをな、助けると書いて、キスケ、だ」

「喜びをか。いいなあ……うん、確かにそうだな。キスケはもう、私の喜びを助けてくれた。名前に恥じない、立派な人だ、キスケは」

「はは……」

「ああ、私の名に秘められた祈りはな、詳しくはまだ秘密にしたいんだが……その、よい出会いを望むというか、そういう類のものなんだ。叶った。嬉しいな」

「よい出会い、ね。そうか……」

「キスケは、私を綺麗だと褒めてくれた。ベイジ以外で褒められたのは、何年ぶりのことだったかな」

「ベイジ?」

「私の副官なんだよ。私は早くに父様が亡くなって、軍に入ったんだけれども、新人の頃から、何かと目をかけてくれていたんだ。本当は、将軍職をも担える男なのに……。そうだな、言ってみれば、軍での、私の父様代わり、かな」

「大事な人なんだな」


/*/


 俺だけが足を止める。カグナは上気した顔で慌てたようにこちらを振り返る。


「いや! いやいや、違う、違うんだ。いや、大事なんだけれども、その、なんだ、君よりかは……」

「俺?」

「だって、そうだろう。キスケは、私を認めてくれた人だ。私の大切な人だ」

「そんなことはねえよ」

「ある!」

「いやいや、ないから」

「あるんだよ! だから……だから私は、キスケ、君のことが、好きになったんだ」


 そうか、俺のことが好きか。


「ありがとうな、カグナ」


 ははっ、異世界へ来て早々に、ヒロイン一人目ゲットだぜ。


/*『歴史改変度:1』*/


 何が好きで、何が嫌いだとか、そんな当たり障りのない会話を、九割型はカグナの方から自由に喋らせつつ、おう、とか、そうか、などと、相槌だけを挟み、やりすごして、やっと街にたどり着く。

 街の名前はハース。中規模程度の辺境領土で、駐留基地を中心として発達しているらしい。辺境ということはつまり、国境なり、領土に収めきれない危険な勢力の版図なりが、すぐ近くにあるということで、政治的軍事的に突っ込んだことは聞かなかったが、外壁も、門も、堅牢になっているという話だった。これらは、会話の端に出てきた単語に俺が反応して、興味がありそうに顔を向けたり、相槌のトーンを変えると、その都度カグナが丁寧に教えてくれた。

 見上げると、石造りの見張り櫓や、備え付けの弩が、壁の上に姿を覗かせており、なるほどと頷かされる威容である。魔法のある世界、亜人のいる世界で、これらの備えがどれほどの効力を持つのかは知らないが、一定の信頼度を保った世界観で形成された異世界であることは、この街の様子からも見て取れた。荷運びの商人や、行き交う旅人の気配が全くないのだけが、引っかかる。


 そのまま門から入るため、道沿いに進むと、門番だろうか、それにしてはやけに小柄な人影が巨大な正門の脇から二つ、走り出てくる。


「王子様?」

「王子様の気配だよ」

「でも王子様と見た目が違うね」

「カグナ様ですか?」

「カグナ様ですか?」


 人影は、これもカグナと同じで、亜人のようだった。カグナから聞いていたのは、彼女の素性が、亜人の中でも、流霊(りゅうれい)族という、水に棲まう眷族から派生してきた種族をルーツにしているということだけで、他の亜人については、聞いていない。しかし、ゲーム的知識に照らし合わせるなら、これはおそらく、樹人(ドリアード)だろう。ネームルール的には、樹霊(じゅれい)族ってところか?

 彼らは、癖なのか、喋るたびに二人揃って頭を小さく揺らし、その都度、髪から直接生えてきているのだろう、緑の葉っぱ達を、ふぁさり、ふぁさりと鳴らす。特殊部隊の被る迷彩ネットに引っ掛けた葉みたいな見た目だな。

 背丈は二桁には届かない子どもくらい。装いも、拵えは上等であり、国の威信を背負うに相応しい、軍人めいた意匠ではあったが、厚手の布の衣のみで、武装らしい武装は見当たらなかった。攻撃射程が長かったりするか、感知系の魔法使いなんだろうか。魔法使い系にお定まりの杖は、本人達の体がそもそも魔力を帯びた樹みたいなものなのだろうから、きっと要らないんだろう。

 実年齢は分からんが、童顔の純真な目つきで交互で口早に話しかけられると、問い詰められているような気がしてきて、やや、怯む。


「あー、その」

「いかにも。確かに私がカグナ=セイである」


 カグナが、言いよどむ俺の代わりに進み出て答えた。柔らかく、清冽な声で胸張り応じる、その様は、実に自信に満ちていて、堂々たる物腰だ。そして、そのカグナのどこに目線を向けたものか、迷いつつ、俺はちらりと横目で樹人の門番たちの様子を伺う。


「出ていく時は、王子様、まだそのまま(・・・・)でした」

「でした」

「愛を見つけにいかれたのですか?」

「隣の方が、愛しい人です?」


 樹人たちに視線を向けられ、ぐ、と、息が詰まる。

 そんな俺の隣で、カグナは鷹揚に頷き、自慢げに紹介するみたいに、俺の前に片腕を広げ伸ばしてくる。


「ああ。こちらはキスケという、私の想い人だ」

「わあー!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「ありがとう」

「ご婚姻を結ばれるのですか?」

「ベイジ様には、もうご報告?」

「これからだよ。今朝、出会ったばかりなんだ」

「うんめい!」

「うんめい、うんめい! 素晴らしいことです!」


 当事者をよそに交わされるワードの重たさに、頭を抱えたくなった。

 仕方がねえから、代わりに笑って誤魔化す。


 カグナの自分語りの一環で話に出てきたのだが、彼女の出身種族である流霊族は、誰かを好きになることで、初めて性が分化するのだそうだ。納得だよ、にーちゃんかねーちゃんか区別付かなかったけど、出会ったばっかりの時はそもそも中性かい。

 俺のユニークスキルとやらが暴走して数十連発した後、気絶している間にも、カグナの体つきはみるみる変化が生じていき、細いだけの肢体には、唇からして艶やかな丸みを帯び、今、嬉しそうに張っている胸にも盛り上がりが付いて、うなじの産毛にまで、匂い立つ、女の気配が宿るようになっていった。

 きっと魔力の働きなんだろう。なんでも魔力の働きに違いない。魔法のある世界観のやることだ、それくらいは驚くに値しない。

 目が覚めてから、ずっと物言いたげに頬を染めて俺を見つめてくるまでは、俺も、そう思っていたよ。ああ、ほんっとにな。

 それで、声をかけるにかけられなくなって、その場から逃げるように、また当初の目的通り、街へと歩き出してから何十分かした後が、冒頭でのやりとりって寸法だ。

 何もかもに吐き気がしたが、被害者であるカグナが、楽しそうにニコニコと微笑んでいる横で、仏頂面をぶら下げることも出来ず、ここに来るまでの間中、俺はずっと曖昧な笑みだけを浮かべ続けていた。


 カグナは、外に向かって緩やかにカーブを描いているそのタレ目の端を、さらに幸せそうに垂らしながら、言祝ぐ樹人たちと話し込んでいた。見ていたことに気づかれ、はにかまれる。少し照れくさそうに面を伏せた時の鼻筋が、素直な恥じらいに、スッと心地よい真っ直ぐさを添えていて、気品を感じさせた。俺は目を樹人たちの方へと逃す。


「これから戻るんだが、俺たちのことを探している人はいないよな? 多少ハースから出ていたし、入れ違いになったら悪いんで、確認させてくれ」


 どこに戻るんだよとか、カグナはともかく俺を探してる奴は多分いないだろうとか、セルフツッコミを入れつつも、尋ねてみた。


「おりません」

「ターニアス様が、お待ちです」

「お詫び申し上げたきことがございますので、後ほど参上いたしますと」

「お言いでした」

「お言いでした」

「あー、キスケ様は、ハースに初めてですね?」


 うお、なんで分かった。カグナが魔法を使う時のような気配は特に感じなかったぞ。

 変にごまかしたり、返事をためらうのもまずかろうと、ここは素直に首肯しておく。


「そうだ」

「キスケはよい。私の権限で通す。よいな?」

「はいー」

「王子様が仰られるのであれば、是非もなくー」


 途端、背筋が痺れるような、濃密な気配が樹人の二人から立ち上った。彼らの体躯に数十倍する門の、なんらかの枷が外された、らしい。目の前で魔法をやられても、理解が及ばないのが初心者(ビギナー)の悲しいところだな。


「キスケ様、脇の通用門をお通りくださいませ」

「どうぞー」


 あ、開くのは君らが出てきた方の門なのね。それでも、高さだけでも5メートル近くはあるか。


/*/


 門を通り過ぎてからの光景は、なるべく見覚えないように気を払った。

 ちょっとでもどこかを見やると、嬉しそうにカグナが話しかけてくるからだ。


 あの、何ブロックか離れたあたり、建物の影が見えないあたりには、流水区域があって、私よりも代の浅い、種族的特徴を色濃く残した同族がいる。いつか会ってみたいと思っているんだ。

 この小道を通り抜けると、毎朝、食事の用意をしている母親と子どものやり取りが聞こえる。家を思い出して、いい気持ちになれるから、それで、早くから町の外に出る時は、遠回りだけれどもここを通っている。

 学校で訓示をするんだが、やはり人間に偏った設備ばかりで心配になる。校長に小言をすると、いつもその場で畏まりはするけれど、改めてくれない。困っている。


 エトセトラ、エトセトラ。

 街のどこを見ても、カグナは何かを思っている。街のどこからでも、カグナは考えたことのない場所、見聞きしたことのない場所がないかのように語る。


 吐きそうだ。

 心からの労いを込めて微笑みかけるカグナに対し、こわごわとお辞儀をしてやりすごすばかりの連中にも、これまで一体どれだけの言葉を自分の中に仕舞い込んでいたのか、なかなか喋ることをやめないカグナにも、それらをどうすることの出来ない俺にも、全部。

 うんざりする。


 爽快感はどこへ行った。ゲームなら、主人公には優しくしろよ。

 笑顔でただ頷くしか能がない俺が、主人公と呼べるだけの資格があるのなら、だが。

 あー。

 痛くないより、生きたいと選択肢を取ったのは俺自身だったか。

 あの二択、痛くないを選んだら選んだで、何が起きても心が痛まないような人格に改造されていたんじゃなかろうな?


 二の腕に、熱を感じた。

 おずおずとカグナが手で握ってきていた。


「キスケは、この街が嫌いか……?」


 不安げに揺れる青い瞳の潤みからは、遠い目をしていた俺に対して、言葉通りの街をではなく、自分が嫌われているのではないかと問いたくて口に出せない怯えが、ありありと透けて見えた。

 そのつむじに手を置き、力強く笑いかけてやる。


「泣きそうな顔してんじゃねえよ。心配すんな」

「な、何が……?」

「全部だ」


 全部。

 俺が悪い。

 だからお前は何も心配するんじゃねえ。


 俺が何とかするしか、ないだろうが。

次回は都合により翌日更新ではないかもしれません。

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