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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
79/97

短編7.『影人形』その11

「送るよ」


 その言葉は、彼女の姉がいつもしている、抑制の利いた硬い表情から出ていたが、その頬と目元からは、ほんのりと微かな柔らかさも、そこに添えられていた。

 常よりも二三年ほど早く大人たちに立ち交じって暮らしているせいか、女らしくなったと、ペアテは姉の変化をその柔らかさから読み取った。

 体の準備が出来ていないため、まだ番いは作っていないはずだが、会う度、どんどん大人びていく。

 今の微笑みも、真面目なだけでなく、生きるだけで精一杯だった子供から脱し始めて、余裕が出てきている証拠だろう。


「規則は守った方がいいよ」


 ペアテは、綺麗な笑顔を作りながらも腰の裏に両手を回して、言外に誘いを断る姿勢を見せた。

 その背中の後ろには、まるで彼女の両肩に乗るみたいにして、明るい夜空が広々と開けている。

 白砂を掃いたような満天の星空。天は高く、星々が遥かに遠い。


「霊族に、人間の子供の見分けが出来るはずもないだろう。

 私なら、見つかってもうるさいことを言われない」


 ドゥテは、するりとその横を通り抜けて、腰裏で自らつなぎあっていた妹の二つの手のうち、右手を捕まえた。

 そのまま、もう半歩だけ前に進み、ペアテの体の向きを180度反転させる。

 帰路へと自分を同行させるよう、促しているのだ。


「わがままになったね、お姉ちゃん」


 眉毛を困らせながら、それでも口元は綺麗に笑ったまま、ペアテも仕方なく足を前へと踏み出させる。


「大人の方が、わがままになれるらしい。

 自由を知らない子供たちの方が、よほど控えめだ。

 これは実体験だぞ」


 澄ました顔でドゥテが語る。

 ほとんど同じ体格の二人のことである。一度歩き始めると、足並みが小慣れた調子で揃い出した。


(最初、アリテラ母さんも、送ろうかって申し出てくれたっけな)


 妹の手を引きながら、ドゥテは一年以上も昔のやりとりを記憶の片隅にちらりと覗かせる。

 その中には、今と似たやり取りもあった。けれども、ドゥテとは違い、言い逃れようもないほど大人な体つきの母を、彼女は押し留めて、一人、この道を帰っていったものだった。


 懐かしい。


 懐かしい沈黙が、二人の間を占めている。

 無言ではなかった。

 懐かしい体温が、二人の手を伝っていた。


 森の一部を拓いて出来た道に吹く風は、びょうびょうと冷たい。

 大人組・子供組、いずれも採掘場を基準に据えれば等辺の三角形を描くため、そこへ目掛けた直通ルートを普段は皆、用いている。

 この真ん中の木を経由する集落間の最短ルートは、あまり使われていない。

 それでも、古くからある道だけあり、草も擦り切れる程度には、しっかりと踏み固められていた。


 ドゥテは、重ねた妹の手から伝わる違和感の正体を口にする。


「まだ、付けているんだな、その布切れ」

「うん。お守り、かな」


 右手の親指にだけ巻かれた布は、大分擦り切れていた。

 それは、一年前、ペアテが坑道で落盤箇所付近で発見された際、両手の指先に巻かれていたのと同じ布だ。

 ペアテは、つないだ先にある姉の手の甲を、もぞりと親指を動かし、その布の表面で撫でる。


「そう、お守りなの」


 彼女はもう一度、そう繰り返した。

 手の甲から伝わる、掴みこむ圧力。


/*/


「ここまででいいよ、お姉ちゃん」


 真ん中の木にまで差し掛かると、ペアテはつないだ手をほどき、姉へと向き直った。

 巨木の傘は、降り注ぐ天の輝きをすら濃密に遮っており、互いの顔が翳って細かく見えないでいる。

 別れを告げた妹の声は、ドゥテには、明るい響きに感じられた。


 明日、無事に坑道の新しい固め方が成功したら、彼女に続き、二人目の特例として、ペアテも大人組に上げられるかもしれない。

 そうしたら、また一緒に暮らせる。

 今度は、家族で一緒に暮らせる。


 だから妹の声色も明るいのだと、ドゥテはそう解釈した。


「うまく、言えないが」


 顔のよく見えないペアテに向かい、初めはうつむきがちに、だが、途中から目を見据えようと、真っ直ぐに顔を向けるドゥテ。

 唇を引き締め、たった一言、胸の奥から絞り出す。


「待ってる」


 背を向けてから、ペアテは小さく返事をする。


「……うん」


 一年前には同じだった二人の帰り道は、そこで二つに分かたれた。


/*/


 翌朝のことである。

 はしっこい影が、日もまだ昇らないうちから、採掘場の段々渦の淵に身を屈め、底部の様子を伺っていた。


(あいつら、何してんだろ?)


 夜明け前の薄明かりに目を凝らしているのは、ヨウィである。その視線の先、小山を成している土砂の辺りを、取り囲むようにして浮かんでいる、異形のシルエットたち。

 地霊族だ。


 彼らは、キイキイと甲高い声で鳴き交わしており、言葉の分からない少年を大いに困惑させていた。


(下準備かな)


 授かった氏族名に相応しく、大地を操る魔法にも長けた者たちだ。しかし、一瞬で地の底ほどの環境を再現出来るかというと、危ぶまれるのも確かである。

 盛られた土石は、一度掘り返されて、緩くなっている。これでは、己らの膨大な自重により密に詰まった状態となっている坑道内からは程遠いだろう。


 グヮン。


 空間が透明に歪み、小山はミシミシと唸りを挙げて縮み始める。やはり、彼の睨んだ通り、下準備のようだ。

 魔法の使えない人間にも、魔力だけは備わっているとされており、ヨウィの感覚の目には、小山の上へと重なり合う、強い力の流れが映っていた。


 そこにヴゥーヴァーズが舞い降りてくる。


(ほんとにただの準備かあ?

 あの、雑で、面倒くさがりで、人間を舐めたヴヴァが、わざわざ日も昇らないうちからそんなことに付き合うかなー?)


 ヨウィは口元に手をあて、眉をしかめた。

 ヴゥーヴァーズは、見慣れた仕草で体を揺らしている。

 人間を見下しながらよくやる仕草。

 あれは、嘲笑だ。


 ヨウィは、切実に魔法を理解し扱う力が欲しいと思った。

 ヴゥーヴァーズは、部下たちを笑っているわけではない。何故ならば、一同が、揃って同じように揺れていた。


 嫌な予感がして、少年はこっそりとその場を抜け出す。


(早くペアテさんに知らせなきゃ!)

投稿時間比較的早いのに短いですが、このところ遅くなってしまっておりましたので、スッと次のシーンに参ろうかと思います。

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