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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
78/97

短編7.『影人形』その10

2017-01-10:微修正

 ぞろぞろと、今日もまた子供たちが手押し車いっぱいの土石と共に、小さな横穴から吐き出されてくる。蟻が巣穴から列をなして行進する様に、よく似た光景だ。

 その光景を、傾き始めた赤日に複眼を乱反射させ、空中から睥睨しているのは、皮肉にも、昆虫を出自とする地霊族のヴゥーヴァーズたちである。彼らは、人間の子供たちがほとんど喋っていないのとは対照的に、キンキンと硬質なさざめきをしきりに鳴き交わしあっている。言葉の意味は、魔力を込めて話されない限り、人間には分からない。各霊族が、それぞれ共通する出自間でのみ用いる、種族特有の言語なのだ。

 地霊族たちは、異種族の幼体が手押し車を傾けて積み上げていく、眼下の土と石の山を高みから見分すると、何を笑ったか、哄笑らしき揃った鳴き声を、人間にはない、キチン質の多量に含まれる腹部の気門から漏らした。


 リィィィィイン! リィィィィイン! リィィィィイン!


 魔法による大きな鈴状の音が、渦状に掘り広げられた採掘場の底部に、三度、鳴り響く。

 再び坑道に向かうべく、列を再形成していた子供たちの足が、それで止まった。

 朝食を採ってからずっと続いていた作業に、今日もまた終わりの合図が訪れたのだ。


 坑道の奥で働いている大人組へと終了を告げるため、何組かの子供たちが横穴に戻っていった。

 残りの子供たちは、抜けた仲間たちの分まで、手押し車を所定の位置まで運んでいく。


 ヴゥーヴァーズは、キチキチと硬い唇を開閉させ、その中の一人のところへと舞い降りる。


「このところ、お前たち、随分と良い働きじゃないか。ドゥテーだったか?」


 自分よりも一回り小さい女の子の背中をさすっていた少女は、話しかけられ、髪を揺らして振り返った。


「ペアテです、ヴゥーヴァーズさん」


 振り返ったのは、目元から気弱そうな曖昧さが消え、丁度一年前のドゥテに似た怜悧さを帯び始めた、その妹・ペアテだった。


「お前たち人間の区別はつかん。だが、今、お前が群れの統率者になっているのは、見て分かるぞ。

 俺もそうだからな」


 ペアテの目からは、誤りを指摘されたヴゥーヴァーズが、開き直ったのか、恥をかかされたと怒気を剥き出しにしたのか、それとも全く動揺していないのか、それこそ見分けがつかなかった。

 生物として異質な、巨大な複眼を持った昆虫の頭部が、視界の一部を占めているだけである。


「前までの統率者はどうした?」

「姉は、知恵を買われて大人組に一足早く進みました」

「姉。そうか、同系の個体だったか!

 なるほど、それでは俺が見間違えても仕方あるまい」


 生物としても、そして立場上も高みにいる相手に対し、ペアテは胸を張って応じていた。

 だが、その手はそっと後ろに下げられ、自身の小さな背中で、ペアテよりも、もっと小柄で幼い子どもを隠している。


「それでは、ペアーテー、お前が今度の実験を申し出たとかいう個体なのだな。

 部下たちから聞いているぞ、我らの森を拓いて使いたいとか。はっ」

「一部です!

 森は、隙間を与えないと、若木が育たないのでしょう?

 そのために必要な手入れを、あなたたちがしていると伺いました。

 その代わりを私たちが行い、一部を戴きたい」

「分かった、分かった。

 穴倉を掘るのは、王直々に与えられた、お前ら人間族の仕事だからな。

 うまく掘るのに必要というなら、やってみろ。そのための道具も俺たちが作ってやろう。

 ただし、俺の部下を借り出してやる実験がうまく行かねば、当然森での話も無しだぞ、小娘」


 ふわり、ヴゥーヴァーズの焦げ茶色に輝く巨体が羽を震わせ、宙へと浮いた。


「全く、どのような口車で協力を取り付けたのだか」


 わざわざペアテに聞こえるよう、ヴゥーヴァーズは魔力を込めて発声した後、夕暮れに染まる空でホバリングしていた同族たちの元に合流する。十体にも満たない、人間族のための作業監督官たちは、そうしてペアテたちがこれから帰る集落の、更に先にある、彼らの住居たる森へと向けて、飛び去っていった。


「……ふぅ」


 遠ざかる点を見届けた後に、ペアテは、吐息を漏らした。

 それから、自分の背後で服を掴んで離さない幼女へと微笑みかける。


「もう大丈夫だよ、ハーちゃん」

「ほんと? ペーお姉ちゃん」

「本当も本当! さ、もうじき今度は坑道から大人組の男の人たちが出てくるから、早いところテントに帰りましょうね」

「おじさんたち怖くてやーだー!」

「あはは……」


 服から手を離した代わりに、全身でいやいやをする幼女・ハースの頭に手を置き、撫でてやる。

 口元の微笑みが、ともすれば苦いもの混じりになりそうなのを堪え、ペアテはしゃがんで彼女に頷きかけてやった。


「私は戻ってくる子たちを迎えないと行けないから、ハーちゃんはメルラと一緒に帰ってくれるかな?」

「ペーお姉ちゃんがいいよう、一緒におうち行こ?」

「メルラも優しくていい子だから……ね?」


 そうお願いしつつも、ペアテの目線は、採掘場底部の端近くで、一組一組、年少組を集落へと送り出しているメルラの元へと走る。

 黄昏時で、互いに表情までは確認出来なかったが、慣れたものである。ヴゥーヴァーズとのやりとりが見えていたのだろう、彼女の方もまた、ペアテたちを丁度見ており、すぐさま二人の間で頷きが交わされた。


 ハースは、夕焼けに赤く染まった自分の保護者をじっと見つめていたが、やっと、


「……うん」


と、了承した。


/*/


「お待たせしました」


 夜も更けた頃、彼女が本来戻るべき集落からは離れたところにある、大人組の集落。

 その中央広場に、ペアテは姿を現していた。

 並んだ顔ぶれは、ただ一人を除いて、いずれも彼女より10も20も年かさだ。

 最年長である、白い髭の男性が労ってきた。


「おお、ペアテか。すまんな、休む間もなかったろう」

「いえ、私が言い出した話ですから……それに、もう、明日まで迫ってます」


 ペアテは、そのただ一人を意識し、口調をなぞるように言葉を整えた。

 集まっている全員の視線が、注目をなげかけてきている。

 皆に習い、中心で焚かれている火を囲む形で、彼女は車座に加わった。

 喋り出す前に、深呼吸。

 ここに来るまでの間でまとめた言葉を、そっと並べて伝え始める。


「今日、ヴゥーヴァーズさんから直接話がありました。

 明日成功すれば、私たちは今後森の木を間引け、そのための道具も新しく作ってくれるそうです」


 報告を受けて、めいめいが重々しい頷きやら呟きやらを見せた。

 大声で騒ぎ立てる者はいなかったが、静かな音の波が押し寄せて、低いどよめきを形成する。

 篝火の照り返しに浮かび上がる彼らの表情は、明るい驚きで満たされている。


「よくもまあ、連中の好む食べ物など調べてきたものだ。

 おかげで下っ端の虫どもに話がつけられた」

「私の組に、あちこちに耳を持つ子がいまして。集めてきたのも、その子と、その子の組の子なんです」

「最初、ドゥテから案を聞かされた時には、たまげたものだがな。やり遂げたじゃないか、大した姉妹だ」


 然り、然りと、最年長の白髭の男性に倣う形で、大人たちは頷き合う。

 こうして賛意を示している彼らも、最初は、何故わざわざ面倒事を増やすのかと、新しいやり方に懐疑的だった。

 それを内側から説き伏せてくれたのは、ペアテの案の有効性を真っ先に理解した、ドゥテだった。


「ともかく、これで落盤が減るというのなら、やってみようじゃないか」

「何しろ、智者ドゥテの妹だ!」

「姉の知恵を補う考えは、確かに身近におらねば出なかったかもしれんな」

「これでドゥテの枠間組みをするのが楽になる」


 皆、成功は決まったものだとばかり、口々に未来の話をし始める。

 最後の報告も無事に済んだ。後は明日を待つばかりだと、ペアテは立ち上がって車座から早々に辞する。


「明日の準備がありますので、私はこれで失礼いたします」

「後は、儂らが頑張るだけだな。組み方を頼むぞ、ドゥテ、ペアテ」

「はい」


 殊更に冷静な声の出るよう、ペアテは心がけ、返事をした。


 我ながらうまい声色が出せたと、ドゥテに似た響きを耳にして、彼女は内心安堵する。


/*/


 歩き出してからしばらくすると、ペアテの行く先を照らしていた背後からの灯りが、ポッと消えた。

 広場に掛けられていた篝火が落とされたのだろう。

 これまでなら、彼女が帰る頃合いになっても、昼間の疲れを取るために、酒宴を開くのが常であった。

 だが、明日は、いつもと違う大仕事になる。それで早じまいを決め込んだに違いないと、ペアテは推量した。


 ありがたい配慮である。同時に、当然とも言えた。

 これはペアテだけの仕事ではない、採掘場で暮らしている人間族全員に関わる大事なのだ。


 明日は、精錬せずに貯めてもらった、ここ何日か分にもなる大量の盛り土を使い、採掘場の底部に魔法で簡易的な坑道を再現する。

 そこでは、大人組が採掘の手を完全に止めて枠間を張り、その間を満たす板を、坑道の天井と底部に貼り巡らせる運びとなっている。


 うまく行けば、死者が少しは減るはずだった。

 あくまでも、少しだ。全部は到底防ぎきれないと、皆も分かっている。

 それでも、自分が死ぬかもしれない可能性は、小さい方がいいに決まっている。


 そう。


(私のような目に遭う子が出なくなる。

 そうすれば、影人形さんが本当にいても、本当はいなくても、どっちでもよくなるんだから)


 いつの間にか、彼女の心は、この一年で影人形から遠ざかっていた。

 だがそれは、想い人であったクオタとの距離が開いてしまったのと同義でもあった。


 白い夜空のもたらす仄かな輝きだけが、ペアテの道を照らし出している。

 見上げれば、満天に掃き散らされた星々は、やっぱり見分けがつかない。


(やっぱりこの光は、ずっと好きになれないのかも)


 ため息が自然と出た。

 一年で大分慣れはしたが、本来の自分を押し隠し、求められる役割だけを演じるのは、相変わらず疲れる。

 それで、心持ち、ゆっくりとした歩みで、彼女は大人組の集落から離れようとしていた。


「ペアテ」


 そこを呼び止める、まだ若い声。


 ドゥテだ。

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