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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
71/97

短編7.『影人形』その3

「影人形を見つけてどうするつもりだよ」


 手がかりを探し始めた最初の夜に、ガザから問われた。

 テントを抜け出す時、丁度一人で行っている鍛錬から戻ってきたガザと鉢合わせたのだ。

 二人が、ただ、用事を済ませるために出てきた訳ではないと、ひと目で見抜かれていた。


「何もしやしないよ」


 クオタの言葉に、ペアテは目を見張って、その横顔を見つめることとなった。

 探索の真意を確かめてはいなかったが、てっきり自分と同じだと思っていた。

 クオタは、ペアテの見ている先で、顔の右半分を歪める。


「名乗り出ないのは、きっと俺たちなんかを助けたと知られると迷惑が掛かるからだろ?

 だから、本人に直接会わなくてもいい。でも、それが誰なのか、確信が持てるまで続けたい。

 それだけだ」


(クオタくん、何かを我慢してるの……?)


 クオタの顔は、ペアテからは苦しそうに堪えている表情に見えた。

 ガザに見つかって、面倒なことになったと思っている顔ではない。

 そもそもガザ自身が夜はテントを抜け出して好きにしている。誰かに告げ口をしたところで、自分に跳ね返ってくるだけであるし、言葉の内容を信用される可能性すら低い。だから、そうではないと分かった。

 でも、それなら、一体何を?


「ドゥテには言ってあるんだろうな、ペアテ」

「え? う、うん」


 急にガザの矛先が自分に向いたのでペアテは慌ててしまった。

 しかし、組の取りまとめ役であるドゥテの方をこそ、本来は真っ先に気にかけるべきである。ガザの言い分ももっともだった。

 彼女の姉は、クオタと何度か話し合っている間も口を挟んで来なかった。

 彼女が当日になって頼み込みに行った時も、


「朝までには戻ってきなさい」


としか言わなかった。

 冷たいと受け止められやすい顔つきの姉だ。元から何を考えているのか、感情を読み取るのが、妹であるペアテにも難しかった。けれども、人に迷惑の掛からないようにさえ振る舞っていれば、あれで優しいところも案外あると知っている。生還した時の対応もそうだったし、ガザを黙認しているのも似たようなものだ。

 ガザは、自分の体を鍛えて、間接的に皆の手助けとなっている。運ばされる土に含まれる石の量が、彼一人だけ明らかに多いのは、周知の事実なのだ。この対応は、大人に目を付けられているからでもあるが、無理を押し付けて倒れられても迷惑が掛かるのは坑道の全員である。彼の体の強さは、苦々しくも、信頼されているのだ。

 だから、ドゥテは自由を許している。

 ペアテ自身にも、影人形を探すという行動が誰のためになるかは見当もつかないでいた。だが、やはり姉は、ガザと同じように、二人の行動が全体のためになる何かにつながっていると、そう見通しをつけているのだろう。


「珍しく、突っかかって来ないんだな、ガザ」


 クオタが黙ったままのガザの態度を訝しんで問い返した。

 眉の太い、気性の激しそうな目つきは、相変わらず二人を睨んでいたが、確かにペアテから見ても苛立ちや嘲りを感じ取れなかった。


「俺がどうしようが俺の勝手だろうが。お前らの知ったこっちゃねえよ」


 ぶっきらぼうに答えると、そのままガザは二人の隣を通り過ぎ、テントの中へと消えていった。

 顔を見合わせるペアテとクオタ。


「行こうぜ。時間が惜しい」


 クオタはそう促すと、ペアテの手を引いて、人通りの少ないルートを進み始めた。

 奇しくもそれは、ガザが戻ってきた道と同じなのだが、彼を追ったことのない二人には、その偶然の理由を思い至ることは出来なかった。


/*/


 森の切り開かれた集落から、坑道までの夜道は、幾ら獣が寄りつきにくくなっているとはいえ、子供二人ではいかにも心細い道のりだった。

 白い夜空が、12歳か13歳かそこらの子供の、行き先を淡く照らしている。普段通い慣れた道ではあったが、所属する時間を異にするだけで、こんなに違うものかと、ペアテは怯えの色を目に浮かべている。それで、前を歩いているクオタの手を度々引っかからせる要因になってしまっていた。


「ごめんね。私が先を歩いた方がいいのに」

「謝るなって。元はと言えば俺が誘ったんだからさ」


 足を止められ、後ろを振り返るクオタは、その度、いつも笑ってくれていた。

 だから、ペアテはホッとした。


 沢山の人間が、長年を掛けて踏み固めてきた道は、固く締まっていて、歩きやすい。

 石ころ一つない。

 しかし、やがて道が、魔法によって大規模に地形を造成された、渦状の大穴の淵に差し掛かると、その状況も一変する。大振りな石こそ見当たらないが、小さな石ころが途端に増え始めるのだ。これは鉱石を選り分ける魔法によって、日々新しく出て来るものなので、片付けても片付けてもキリがないものとして、皆も諦めている。

 小石が、堅く凝った素足の先にぶつかり、音を立てそうになるため、二人の歩みは、徐々に慎重になっていく。


 まず、人間を見張るなどという面倒な役割を立てない霊族たちであるが、一度、大人たちが事件を起こした時があって、それからはしばらく、不規則に夜も働かされた。娯楽として許されている酒を呑みすぎて、人死にが出る騒ぎにまでなった喧嘩があったのだ。

 普段は夜を安息の時間として人間族にも割り当てられているが、霊族の中には夜行性の者たちもいる。その時には、そういう者たちが見張りとして立って、面倒事を押し付けられた腹いせに、ペアテたちにも乱暴に振る舞った。

 仕事でもないのに、魔法の通用しない無族の湧くかもしれない、つまり命の危険がある坑道付近に、わざわざ近寄る霊族はいないだろうが、勝手な行動を見つかれば、似たような労役が課せられる可能性は充分にある。不必要な物音は、控えるに越したことはないのだ。


「……俺さ、さっき、ガザに嘘をついたんだよ」


 時間短縮のため、螺旋状の道順に従わず、斜面を静かに滑り降りている最中に、クオタが不意に口を開いた。


「俺、信じたいんだ。

 こんな世界でも、自分を救ってくれるような誰かがちゃんといてくれるんだ、って。

 だから、影人形が本当にいる誰かなんだ、って、俺自身に証明したいんだよ」


(やっぱり私とは違うんだ)


 難しそうな理由のあるクオタと、自分の理由を比べて、ペアテは肩身が狭い思いがした。

 年齢の差や、性別の差だけではないように思える。もっと根本的な考え方が違っている。


「ペアテはどうなんだ?

 これまで聞いたこと、なかったよな」


 斜面から道に降りきって、立ち上がるクオタの、片方だけの目線がこちらに問いかけてくる。

 少し骨っぽい額や、よく見ると直線的で怖いところのある、ガザと同じ男の子の顔つき。でも、ガザとは違って、柔らかい眉の稜線をしている。その下の目も、ガザより大きく開いていて、理知的な感じがする。

 肉の引きつった、縦に太く走る傷跡は痛々しかったけれども、不思議と事故や戦で似たような傷にまみれている大人たちのようには、おっかなくない。むしろ、その傷を得る前よりも、クオタはすごく優しくなったと、ペアテはそう思っている。


「私は、言ってなかったことがあって」

「うん?」

「あ、違うの。クオタくんにじゃなくて、影人形さんに」


 話し方が下手だなあと、自分で自分に落胆したが、目の前の相手を待たせてもいけないので、急いで頭の中を整理した。


「んっとね、ありがとうって、言ってないなあって。

 私、一週間もずっと自分の血しか啜ってなかったから、ほとんど喋れなくなってて、それでお礼、言えなかったんだ」

「……はは、そりゃそうだな。俺もそうだった。傷が痛くて、礼どころじゃなかったよ」


 笑ってクオタは、自分の右目に手を当てた。その笑いが、おかしそうなものから、愛しそうな質感へと変わっていく。指先が、大切そうに、傷跡となってしまった右目の上を撫でている。

 ペアテも、小さな両手の指先に巻き付いた布切れを、きゅ、と手を握り込みながら、存在を確かめた。復帰してからの数日間で、大分薄汚れてしまったが、ぼろぼろになるまで外すつもりはなかった。


(こういう子の方が、クオタくんは好きかな。

 それとも、もっと難しいことを考えられる方がいいのかな)


 目的は目的として、そっと打算を働かせるペアテ。

 打ち明けた内容は、幸いクオタには好感触だったように思う。この冒険行に同道して、少しでも姉よりリードしなければ、と、改めて決意を固くするのだった。


 クオタは次の斜面に向けて、道の淵に腰を下ろしながら手招きをした。


「行こうぜ。坑道は真っ暗だから、灯りを毎日少しずつちょろまかしておいたんだ。

 今日を逃すとまた何日も待たなきゃいけない。ちゃんと隠した場所にあるといいんだけどな」


/*/


 その日の探索は空振りだった。

 噂に聞いた古い落盤箇所は、既に板と岩でガチガチに封鎖されていたのだ。

 二つ目の落盤箇所へ向かおうとしたところで、帰りの分を計算すると怪しいと分かり、二人は急ぎ集落へと戻っていった。


 数日ごとに一度、その前後で休息の不足した重たい体を引きずって繰り返した探索も、全ては成果なしで終わっていった。

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