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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
68/97

短編6.『天使の憂鬱』後編

 定命の者とはやはり違う存在なのだ等と、今頃畏怖されているかもしれない。いや、あの対話の折の隊長の態度から見るに、ほぼ確定な事実としてしまってよいだろう。これは、彼にとり、甚だ心外な思われ方だった。

 元人間の青年・ラガは、自らを閃光の矢と化し、高速で地上300mを巡回飛行しながら、先程自らが取った態度について反芻していた。


 実体験から語らせてもらえば、空に近き色の号を与えられた不老の天種(アクア)たる身であろうと、感性は摩耗しない。普通に遠縁が死ねば悲しいし、守らなければと義務感を抱く程度には、数百年後代の故郷に対して思う気持ちもあった。ただ、それ以上に、矮族を根絶やしにしなければ、更なる地獄が延々繰り返されるという単なる経験則(・・・)が、行動を最適化させたに過ぎない。

 食われながら死ぬよりも、死にさえ気づかせない一撃の方が慈悲があるというのも、これもまた客観的な事実としてしまってよいだろう。あの状況で全員の命まで救えというのは、ラガの力量を持ってしても不可能だ。

 ということはつまり、彼らが憤慨していたのは自分たちと故郷を襲った残酷な運命に対してである。ラガへの畏怖は、運命に対するままならなさへの諦念に付随した余録であり、この場合、ラガは単なる運命の化身としてしかみなされていない。ラガ本人を見て起こった感情ではないと思えば、幾らかは不快な気分も和らいだが、そもそもの話として……


ストレス解消(・・・・・・)ぐらいしなきゃ、やってられないって)


 悪い思い出ばかりの残る故郷を、かつて自らを虐げた者たちの子孫ごと焼き尽くすのは、正直スッとした。

 また、その行いを殊更理屈立てて権力と暴力の二重奏によって正当化し、生き残った者たちに向けて偽悪的に振る舞うのも、大層痛快だった。そうでなければ、わざわざ後味の悪さも混じった虐殺行為を回想などしない。あそこには、罪のない人間族だって確かにいたはずなのだ。


 だが、何しろ、人間だった頃は、矮族や無族との最前線に立たされ、有効な武力をほとんど持たないまま、工夫や戦術、武器、道具など、いわゆる概念(・・)の発明のみに頼って戦うばかりの日々だった。しぶといばかりが取り柄で、他に何の力も持たない人間族と違って、屈強な肉体や特殊な能力、それに加えて魔法まで身につけていた霊族が、生き餌としてラガたちを前線に送り出し、ラガたちごと矮族を殲滅するなど、過去にはよくあった光景だ。負傷の熱と痛みで眠れない日々をすごした無数の夜はもちろんのこと、隣で事切れていく戦友の虚ろな命の価値について思いを馳せた回数、町で貧困にあえぐ家族や同胞の、現世にこびりつくような死に様の蔓延など、溜まった憂さは数え切れないほどにある。

 魔法の通用しない無族との前線に至っては、戦闘行為そのものを丸投げされ、地下に押し込められていた。いつ敵が穴を掘って湧いてくるかも分からない環境で、自分たちの墓穴となるかもしれない採掘坑を掘り進め、挙句、そこで得られた貴重な鉱石資源は「魔法による、より(・・)有効な精錬技術を持った氏族の手に送られるのが相応しい」と巻き上げられる。金属製の武具をどれだけラガたち人間が欲しがっているかも無視して、そもそも冶金技術そのものを人間族が発明した功績さえ忘れ去り、彼ら霊族は、いつもいつも上澄みだけを掠め取っていった。


 そんな連中の子孫が、根こそぎ矮族討伐に巻き込まれたからといって、何だというのだろう?

 巻き込まれた遠い()同族たちにはすまないことをしたが、それも無理からぬこと。

 数の上では、被害を極限している分、積極的に救ってやっているのに、あの態度である。

 昔、虐げられた記憶を水に流してやり、慈悲深くも痛みのない最期まで与えてやった。なのに、これ以上、どれだけ彼らに譲歩すればいいというのだ?


 ラガは怒っていた。


 いざ、気まぐれに天からの使者が降り立ち、神秘のヴェールに包まれていた天上界へと召し上げられてからも、彼らに対する自分の優しさに満ちた死の救済と違って、運命は、それこそラガを救いなどしなかったのだから。


 個としての頂点を極めている、地上の王族ですら叶わぬ天界暮らし。それは、地上にあった地獄と何一つ変わりはしなかった。

 むしろ、命の危険が全くなくなったことで、悪化したとすら言えた。

 

 来る日も来る日も、無限に労役と訓練、それだけ。

 地上でイメージされていた、栄光ある世界とは、天界の実相は全く掛け離れていた。

 いざ《その日》がこうして訪れた後も、何百年も毎日毎日積み重ねて想定してきた通り、作戦を実行に移すだけ。

 巨族が頂天に顕現してから、地上に落ちるまでの間、ありったけの攻撃を浴びせ続け、墜落(・・)後は地上での掃討戦に参加する。ラガの一人や二人、戦列から欠けても、営々と積み上げられてきた天軍の総力からすれば誤差に等しく、予定調和から、何一つズレは存在しなかっただろう。


 今だって、かつてあれほど恐れていた霊族すらをも意のままに従える、王族にも匹敵する力を振るいはした。したが、それで何かが変わったかと言えば、何も変わらない。魔力の補給のために天界へと戻ってしまったが最後、()の機会まで、あと数百年は地上に降りて来られないだろう。

 かといって、脱走も不可能(・・・)な以上は、唯々諾々と、こうして戦後に与えられた束の間の遊撃期間(バカンス)を満喫するより他に、することもないのだ。


 そのバカンスにあって、与えられた役割もこなしながら、ストレス解消をし、あまつさえ地上の()同胞たちと故郷を救ってやった(・・・・・・)のだから、感謝されてもいい位だ、等と、ラガは先程までの()郷里の住人たちの対応に、激しい憤りと不満を抱いていたのである。


 おとぎ話の中でも神話の戦いと謳われ、到来のずっと恐れら続けていた《厄災》は、天上にあってみれば、ただの予定された《イベント》だった。

 日常の全てがそのために注がれていく生活環境に置かれていると、突然降り掛かった出来事というよりは、やはり見据えていた目標に対して、積み重ねてきた結果を出しきったに過ぎない。死力を振り絞った完全燃焼ではあったが、それ以上ではない。


(足りない)


 ラガは、晴らしきれない、いわば生まれてからこれまでの人生そのものの憂さのはけ口を、先程矮族を焼き尽くすまでと同じように、探して回っていた。


 つまり、ラガは、鬱屈していたのだ。


/*/


 気がつけば、海まで辿り着いていた。大陸の半ばまでを横断し、飛び続けていたことになる。


「行き過ぎちゃったな」


 人の姿に身を戻し、ラガは空中から青い海を見下ろす。

 矮族の増殖力が爆発的とは言っても、それは陸上でのこと。流霊(りゅうれい)族が支配する海中は、滅多なことでは侵犯されることがない。それは、彼が人間であった頃から変わらない。

 矮族が、海の水を嫌うから……では、ない。塩が苦手だからでもない。


 昔、疑問に思ったラガは、子供の頃に、誰かに聞いてみた覚えがある。


「どうして海には矮族が湧かないの?」


 聞けば簡単な事実だった。

 この世界には、数えるほどの王しかいない。その王たちですら、今のラガと同等の力量を持つのだから、王種さえ出現しなければ、矮族など数千万が数億いようと、本来取るに足らぬ脅威のはずなのだ。

 そう、奴らがどこにいるかさえ、完璧に把握しきれれば。


「海にはな、たった一人の王様しかいない。でも、その王様が、全ての海を守っているんだよ、ラガ」


 その時に語った大人が、自分の親だったのか、それとも全く血縁関係のない通りすがりだったのかは覚えていないが、次に続いた言葉だけは、忘れなかった。地上での辛い日々の中、ずっと頼りにしてきた。


「その王様は、俺たち人間に優しいんだ。人間族は、水中では生きられないけれども、その王様は、彼らと同じ、流霊族に人間を生み直してくれるんだそうだ。

 海中では、全ての命は平等で、幸せで、矮族や無族に怯えることのない暮らしが待っているんだそうだ」


 じゃあ、どうして人間はみんなで海に移住し、滅んでいないんだろうと、すぐに次の疑問が生じてきた。

 けれども、その場で彼に、「なぜあなたは海を目指さないのか」と聞くことは、ラガにははばかられた。

 信じてもいない夢物語を口にする時の、どこか儚い危うさが、その大人の顔には現れていたからだ。


 そういう気付きに鋭敏なラガだったからこそ、目ざとくもしぶとく生き抜いてきた反面、あちこちの戦場に都合よく投げ込まれ、人一倍苦労を重ねた。これは、確かに不幸だった。

 また、そのようにしぶとく這いずりながら生きる人間族を、物珍しさから興味を抱いた光の一族の一柱が、召し上げるきっかけにもなった。これも、不幸だった。


「…………」


 地上に降り立つ。

 噂の真偽の程は、未だに明らかにしていない。元・流霊族の天種を、見かけなかったということもある。

 また、他氏族が、いずれも流霊族の生態を詳しく知らず、それ以上の情報を仕入れることが出来なかったのもある。

 付け加えるなら、今更噂が真実であったかどうか、確かめる気にもならないというのも、本音としてあった。


 そこに救いがあろうと、なかろうと。

 結局、運命は、世界はラガを救わなかったのだから。


 夜の近い水平線では、際限もなく濃い藍色が広がっている。

 ラガは、人間のするように、砂浜へと片膝を立てながら座り込んだ。


 足先を、海に浸してみる。


「そういえば、僕、海に来るのは初めてか……」


 生ぬるい液体が、指先を洗う。

 打ち寄せる波で砂が入り込む。

 半透明の半霊体であろうとも、こうして人の姿を取っている間は実体を持つ。

 自分の足裏で、引波が砂の粒を運び去ろうとしているのが透けて見えて、面白かった。


「にんげんか?」

「!」


 声に、面を上げる。


「とうめいなにんげんが、自分の足を見て、わらっておる。

 異なことだ」


 正面の浅瀬に立っていたのは、童女だった。

 粗末な衣を羽織っただけの、痩せぎすの童女だったが、筆で輪郭を描いたような、峻烈で、妖しい細さを帯びている。

 見開かれた目も、眉も、細い。

 細く、骨っぽい指の先では、爪が随分伸びている。紅でも塗る、大人の女のような長さだった。

 その声は砂浜のようにさくさくと無愛想で、喋る調子も、投げさす槍のような、投げっ放しだ。

 開けた胸元や、素足が、年不相応、妙に艶っぽい。


「そういう君は、誰かな。少なくとも、人間じゃあないように見受けられる」

「わたしは、海よ」


 夕日を背に、陽光で赤く燃え染まる無造作に長い髪色は、よく見れば黒ではなく、深い藍色をしていた。

 流霊族だと、それで合点が行った。


 各氏族には、光に連なる精霊の系譜と認められる際、その魔法の性質に応じて授けられる色の号がそれぞれにある。

 樹霊族ならば葉の魔法に因んでミドリ、人間族ならば血の魔法に因んでヒイロというように、だ。


 この色は、空の色に近ければ近いほど良いとされ、青系の序列は氏族間でも特に高い。

 当然流霊族にもそれはあって、アイ、すなわち藍色の現在の位階は、万物に宿る精霊器族のソライロや、天のみに属する偉大なる非種族氏族、(だい)族こと天種のアクアに次ぐ、序列第三位のはずだ。

 しかも、序列一位は群体であって実質的に統一的な意志持つ氏族を構成しておらず、また第二位は天上に属することを鑑みれば、事実上、流霊族とは、天下一の序列に就く最大氏族と言っても良い。


 単一の王を掲げ、最大の領土を持ち、その構成総数すら不明で、矮族も、無族も、どちらの侵攻をも寄せ付けぬ、ミステリアスな存在。

 光の一族の意思にすら、時として従わぬ場合があると、主たる光の一族そのものからも聞かされたことがある。


 その流霊族が、天種であるラガに、一体何の用事なのか。


「おかしいな。にんげんなら、わたしはすぐにおまえを好きになれた。 

 けれど、おまえ。おまえをどうも、わたしは好きになれない。

 異なことだ、実に異なことだ」

「姿を変じさせる種族魔法……流転(モード)だったかい?

 なるほどね、人間が好きだから、人間を見つけたと思って、君も人間の姿をして近寄ってきたのか。

 残念だったね。僕は天種だから、()人間だ」

「にんげんをやめたのか、にんげん。

 それでとうめいになったか。光に近くなったか」


 くつくつと、喉を鳴らして人間族の形をした童女が笑う。

 いや、話がこうなってくれば、果たして見かけ通りの年齢かどうかすら怪しい。

 同族以外で自分を敬わない存在に出くわしたことも、予想外だった。

 この童女は、お互いが対等であるかのように語りかけてくる。

 それどころか、話す内容の解釈によったら、ラガを下に見ている可能性だってあった。


(何なんだ?)


 名状しがたい苛立ちが、ラガの胸中を捉えた。


「天にあろうが、何になろうが、にんげんはにんげんだろう、にんげん。

 おまえがにんげんをやめたというから、おまえはにんげんではないのだ。

 わたしはそれが、ひどくおかしいぞ」

「海には巨族の影響が出ていないんだね。さすがに内陸部での戦いが、ここにまで及ぶほどではなくて、良かったよ」


 ラガは、地上に使わされた天の御遣いらしく、爽やかに無礼を受け流し、配慮を見せた。

 見せかけた。


「きたぞ。やつばらめ、いつになく大量であったわ。

 地をもぐり、無族どもの()を通じて、そこかしこで噴出しおった。

 この海の満ちるところ、感知しえぬばしょなど、ないというにのう……」


 童女の顔を、笑いの罅が走っていく。

 底なしの深さを予感させる、不気味なまでに広い笑み。

 人間のままの感性が、彼我にあるだろう力量の差を飛び越えて、なお、ラガに童女への嫌悪感を生じさせる。


「おう、かめんに罅がはいりおったな、にんげん。

 そのほうが、わたしは好きだ。

 にんげんは、にんげんらしくあるがよい。

 く、は、は――」


 深淵にしか見えない口を大きく開き、童女は笑う。笑う。笑う。

 ラガは周囲に漂う精霊を、一身に集めた。だが、天上の精霊集積訓練ですら感じたことのない、かつてなく強い抵抗が、ラガの意思の履行を阻む。


「みくびるなよ、にんげん。

 いいぞ、にんげん。

 それでこそだ、にんげん。

 わたしの愛する、愛しい愛しい、みにくくいきあがく、みがってで、ごうまんで、きょうりょうで、あさく、あまく、あさましく、よわくて愛らしい、わたしのにんげんだ。

 おまえ、だれ(・・)を相手にしていると思った?」


 辺り一帯の精霊は――否。

 ()に満ちる、全ての精霊が、目の前の童女に、取りついていた。


 その時ラガは、迂闊にも、初めて自分が慢心していたことを自覚した。


 地上では最強の個体である王。その王にも比肩しうる自分。

 だが、仮にも光の一族、その末席に座る王を、天の御遣い如きが決して凌駕することはない。

 同時に、理解する。

 なにゆえ海中が矮族のみならず、地上の者たちからも、不可侵の領域として存在するのか。


 陸上において、王国とは王そのものを指すのなら、海においては、海とは王そのものなのだ。

 しかも、陸上とは違い、海は全てつながっている。


「わたしのなかに、つまさきを入れて、たのしかったかよ、にんげん」

「……非礼をお詫び致します、藍の王」

「か、か!

 よい、わたしもたわむれに足を踏み入れられるなど、かの戦が近づいてきたと知れ渡ってより以降、実に久方ぶりのことであった。

 たのしかったぞ、またあそびにくるがよい」


(遊びに、か)


 奇しくも、地上での遊撃期間をバカンスと形容したのはラガ自身である。

 海で遊ぶなどという習慣は、人間だった頃にも聞いた覚えはなかったが、そうか、自分は遊びに来ていたのかと、主戦場周辺から遠く離れた自分の行動を納得する。


「……のう、にんげん。

 そらではすべてが計画の通り、無駄なく極限まで絞り尽くされているというな?」

「……!」


 海中は、それこそ天から最も遠い領域だと考えていた。

 また、天上界を知る術など、地上には存在しないと高をくくっていた。

 この王は、またしてもラガの想像の枠外をやってきた。


「くふふ、そう、かまえるな。

 なんでもしっているなどと、いあつするつもりはない。

 わたしはな、ただ、好きな相手には、むりをしないでほしいだけなのだ」


 そういうと、童女の姿をした王は、衣の胸元を際どいラインまで広げ、パタパタとはためかせる。

 無邪気な顔。

 そこだけは、まるで本物の人間の童女のように、愛らしく――藍らしく、可能性の夜色に輝いている。

 未だ光を得ることのなき、深き夜。それはだが、眠りと目覚めを同時に暗示する、成長の象徴でもある。


「にんげん。たまにはむりをせず、こころをやすめろよ?

 こころをあそばせろよ?

 でないとわたしが、もっともっと愛してしまう(・・・・・・)からな。

 くははは、は――!」


 ちゃぷん。

 童女の姿がほどけて水になり、海に落ちた。


/*/


 気がつくと、いつの間にか、夕焼けさえ通り越し、 辺りは闇である。


(参ったな……どう、御主人様に報告申し上げたものか。

 そもそも、報告してしまっていいものか……)


 先ほどの精霊の綱引きで、逆に魔力を引きずり出されてしまった。もうじき天に帰らねばならないだろう。それなのに、すぐには考えがまとまりそうにない。


 あの、こちらを思いやっているようで、何もかもを見透かしているようで、こちらを愛しているようで、何もかもを一緒くたにしか見下ろしておらぬ、海の化身。

 あれとのやりとりをどう語ろうとも、きっと主には笑われるに違いない。何故ならば、彼の主もまた、己が眷族を愛することの尊大さにかけては、あの童女に瓜二つなのだから――。


 ラガはしばらく憂鬱そうに、空と輪郭を彼方で一つに融かしている水平線を見つめ続けたのだった。


/*/


 海中では、今日も変わることなき生態系が、互いを追い、あるいは互いを利し、互いを食み、そうして潮のようにうねりを絡ませ合いつつ、流れている。

 その底で、ぼこりと大量の気泡が吐かれた。


 気泡は、海底から漏れ出ている。

 やがて気泡は砕けた石に代わり、岩盤が割れ砕け、大きく開いた割れ目からは、岩で出来た人形の一団がのろのろと這い上がっていく。

 その、途端――。


 大魚に追われていた魚群が、あるいは魚群を追っていた大魚が、周りの無数の微生物が、すぅーと集まり、一塊を成していく。

 次々と周辺から押し寄せてくる生物が、あるいはそれらを押し流す海流そのものが、島ほどもある、途轍もなく巨大なシルエットにまで育ち、形を成した。


 シルエットは、穴から這い出てくる、眷族ならざる存在を、一飲み、二飲みと、湧き出る端から喰らっていく。

 散らばろうと逃げ出す小集団も、穴に逃げ戻ろうとする小集団も、いや、ほんの一個体さえも――。

 海は、自らを分け、どこまでも追いかけ、自らの中に生じた異物を飲み干していった。


 掃除が終わればまた、彼らは誰からともなく集合をほどき、何事もなかったかのようにお互いを追い、追われ、逃げ、食み合う、日常のサイクルへと戻っていく。


 光の薄い深海。

 互いを憎み合うこともなく、恩讐を抱え続けることもなく。

 ただ、殺し、殺され、生きる輪が、くるり、くるるり、回り続ける。


 くるり、くるるり、たゆたう海の藍色は果てなく回る。

 自らの中を無限のグラデーションで連ねる、その色彩の途方もなき広がりは、静かに静かに、その輪でもって、さながら自ら以外の全てに対する、何ともつかぬ笑みを成しているかのようだった。

大晦日ですね。良いお年を! そして年明け以降にお読みくださる方々、ハッピーニューイヤー!

普通の日に読んでる方々、特別な日じゃなくても誠にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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