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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
間章
58/97

短編2.『私の世界/僕の世界』:中編2

 突然の闖入者に対する男たちの反応は、チンピラらしく至ってシンプルだった。


「野郎、気取りやがって!」

「何様のつもりだ! ああ!?」


 口々に威嚇の文句を唱えるや、突き飛ばすようにしてアカネから手を離し、彼に掴みかかっていったのだ。

 青年は手にした木の棒を閃かせ、伸びてくる手を一度に打ち払った。次には、持ち主の背丈よりも長いはずの棒が、そのまま彼の掌中で自在に滑り、バラバラのタイミングで襲い掛かった三人を同時に突き放す。


「おっと、今しがた俺は何て言ったかな?

 人間の形をした物を殴るの、嫌いなんだから、これ以上やらせるなよな」


 棒は、襲撃を退ける僅かな間のうちに、相手の鼻と唇の間、眉間、脳天を正確に打っていた。

 一呼吸で、三人に三撃ずつ。神速の棒術である。

 たまらず尻もちをついた男たちの頭上に、暴力性の表に出た彼らと異なり、平々凡々とした顔を覗かせながら、青年は年相応の気軽な口調で話しかける。


「痛みって、万能の共通言語だと思わないかい?

 精霊の宿らない動物にも、魔族にも分かる言葉だ。お前らみたいなチンピラにも通用する、この辺で暮らすにはマストなスキルだな。

 ついでに何故か、俺はもっとあんたらとすごーくお話がしたい、すごーくだ」


 語る顔が、叩く口の軽さとは対照的に、真顔になっていた。

 くるり棒を半回転させて、男たち三人のちょうど中間点あたりの地面を強く突く。

 ビクッと男たちが怯えたように体を跳ねさせた。


「おいおい、随分大袈裟に痛がっているな。血もほとんど出てない程度に加減したはずだが?

 もっとも、痛みだけを与える技術、なんてものも、世の中にはあるんだけどな」

「こ、この棒術、この技、てめえ、軍の《痛め屋》だな!」

「嫌ぁ~なあだ名だ……。

 まあいいや。俺が誰だか分かるなら、自分たちがどういう目に遭いそうかも分かるよな。

 これ以上、おしゃべり(・・・・・)したくなかったら、ほら、後腐れなくとっとと失せろ!」


 ほうほうの体で逃げ出す男たちを、呆然と見送った後、アカネは青年の姿を見上げる。

 その目と目が合うと、彼は棒を小脇に抱え、ズボンのポケットに手を突っ込み、両肩を竦めて見せた。


「尻尾巻いて逃げちまった。

 そこまで耐えたあんたの方が、よっぽど根性あるね、お嬢さん」

「貴方……」


 青年は、果たして昨日、同じこの場で出会った彼であった。


/*/


「ふが、が」


 その、ライジャという青年に、止血用の綿を鼻に詰められて出た、自分が漏らした変な呼吸を、アカネは結構面白がっていた。

 殴られたのは生まれて初めてだし、こんなにたくさん鼻血を出したのも、もちろん同じだ。痛いことは痛いし、これ以上は御免なのだが、新しい経験を得たこと自体に、沢山の気付きが詰まっていたからだった。


(確かに、世界がそこにあるっていうか……ズキズキするほど感じる!

 っていうか、ズキズキする! あっつい!

 これ、目が見えなかったら、どんな感じがするのかな……?)


 目をつむっていると、丁度いいとばかりに顔を拭われた。

 ふぐぐと反射的に顔をそむけながらも、アカネは自分でも体をハンカチで払い出す。

 大分汚れてしまった。血で汚れているので、ちょっとやそっとじゃ取れないだろう。

 怒るだろう母親の顔を想像して、しょんぼりする。

 その様子を見て、暴力に晒されて衝撃を受けているものだと勘違いしたライジャが、声を掛けてきた。


「ああいう時は、大声で助けを求めるんだよ、お嬢さん。いくら余計なことに関わり合いたくない裏路地の連中だって、もうちょっと大きな騒ぎがあれば、なんだろうと顔ぐらい出したさ。丁度俺みたいにな。

 親御さんに教わらなかったかい?」


 聞けば、ライジャは近所の住人だったらしい。

 二人は既に、手当てをする中で、自己紹介を済ましていた。


「お母さんは『ここには近づくな』って言ってた」

「道理だね」


 鼻声で素直に返事をしてきたアカネの様子に満足し、ライジャは治療を終わらせた。あとは大体、血の力で自然と治っていくだろう。

 彼は、アカネの片頬を押さえていた手を離すと、掌を上にし、両肩を竦めて見せた。


「俺からもおすすめしておくよ。今度からは、用事があっても人を来させるだけにした方がいい。出来る立場にあるんだから、そうするべきだな」


 痛がって、つい、アカネが顔をそむけてしまうので、手当ての妨げになるからと、途中から、殴られていない側の頬を掴んで固定していたのである。

 もっとも、アカネが感じたライジャの手つきはいたって丁寧で、先程のチンピラがしてきた鷲掴みとは大いに違っていた。

 アカネはハンカチをしまうと、丁寧に頭を垂れて彼に礼を述べた。


「ありがとう、ライジャさん。あたし、勘違いしてた!

 貴方、優しいんじゃないわ。すごく優しい!」

「いきなりどうしてそうなる?」

「助けてくれたじゃない。

 それに、手当ての手つきも紳士だった。

 昨日だって……」

「ん?」


 チラリとアカネが少年に目線をやったので、釣られてライジャもそちらを見る。


「あの子が怪我をしないよう、加減してくれていたんでしょう?

 さっき、貴方があいつらに言ってたこと、聞こえてたの。あいつらがさんざんぶったり蹴ったりしたから、この子だってこうして怪我してるのに、あの時、貴方が棒でぶったばかりの、この子には、傷跡が全然なかったもの」

「……観察力あるんだな。さすが商家のお嬢さんだよ」


 ふふ、と、淑女の嗜みとして口元を隠しながら……どちらかというと、詰め物のされた鼻を隠す意味合いの方が大きかったが……アカネは微笑んだ。

 それから、改めて自分の格好を見分する。


(うん! 汚れは大体拭いてあるし、もう街を歩いても大丈夫そう。

 服についちゃった血や、殴られた痕とかは目立つでしょうけど、転んだって言い張ればいいよね)


 それに引き換え、さすがに体を起こして壁に寄りかからせてはあるものの、亜人の少年は、まだ気を失ったままである。


「ねえ、ライジャさん、この子も早く手当てしてあげて。

 見ての通り、ボロボロなのよ」

「それはどうかな」


 アカネは少年を手で示したが、ライジャはというと、示された少年の方は見ず、気まずそうに頬をぽりぽりと掻いているだけだ。

 むぅと口を尖らせて仕草をもう一度繰り返す、アカネの強調に見ぬふりも出来なくなって、仕方なく、重たい口を開く。


「あれは、怪我で気絶してるんじゃないな。職業柄、そういうのは見分けがつく」

「え? どういうこと?」

「そもそも、表面上は傷ついて見えるけど、あんなチンピラ風情に手傷を負わされるほど、石霊族の体は脆くないんだよ。

 亜人になったって、何しろ元が石だから、すごく頑丈なんだ」

「じゃ、じゃ、じゃあ一体、なんなのなの!?」

「俺にも怪我じゃないことぐらいしかわからないから、そう言ってるんだ。とにかく落ち着きなよ、なんか変になってるぞ」

「……そうね、ごめんなさい。今は安静に出来る場所にこの子を運ばなきゃ」


 アカネはスカートを握りしめ、俯いて反省した。

 少年の容態が気になり、確かに焦っていた。

 だが、それでライジャに詰め寄ってもしょうがない。


 目をつむり、深呼吸をしてから、しゃがみこんでもう一度確かめてみると、少年の頬はさっきよりも明らかに冷え切っていた。触れたアカネの方が恐ろしく感じるほど、強張った肌だ。掌から微かに感じる脈動だけが、彼の生命がまだそこにあることを告げてくる。

 頬に触れる腕にかかる黒髪はバリバリと硬くていよいよ石みたいだし、今にも人の形をしているだけの石ころに戻ってしまうんじゃないかと、心配でならないアカネは、だが、今度は何も言わずに必死な目つきでライジャを見上げるだけに留めた。

 見上げられた側はというと、困った様子で片目をつむりながら頭を掻きむしる。


「どこへだ?

 俺の家は勘弁してくれよ、狭いばかりで寝床も硬い、病人向きじゃない」

「私の家。

 お母さんや家の人なら、きっと何か知ってるはず……!」


 じ……。

 と、見上げる瞳は、燃えるような茜色。

 その瞳に見つめられていると、ライジャは自分が何だかひどく簡単な選択肢を間違えそうになっている気にさせられた。


「そんな目で俺を見るなって。

 分かったよ、乗りかかった船だ。俺が運べばいいんだろう?」

「ありがとう!」


 アカネはきらきらと笑みを満面にほころばせた。頬に浮かんでいる青痣すら、その輝きをくすませることは出来ていない。

 ライジャは思わず釣られて笑いをこぼしながらも、ここまでの流れに感想を述べておく。


「頼み事ばっかりだな、お嬢さん」

「……駄目?」

「いいや、嬉しいね。手助けのし甲斐があるよ」


 ライジャはそういうと、少年の体を抱き上げる。腫れた頬で安心したようにニコニコと笑い、急ぎ足で進むアカネの、後をついて歩き出した。

 腕の中の少年は、見かけ以上に重たかったが、面倒事に首をつっこんでいるにしては、気分は思ったよりもずっと軽かった。

予定では今回で終わっているはずでしたがさすが歳末、仕事の隙を突くつもりが隙がありません。きっと明日こそ終わりまでたどり着きたい、です。

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