短編1.『世界はきっと』
「お前なんて人間じゃねえ、出来損ないじゃねえか!」
「そうよ、みっともない亜人のなりそこない。醜いったらありゃしないわ!」
今日も死んだ目で、私は私を罵る子達に、みじめに懇願を繰り返す。
「お願いです、ごはんをください、着るものをください……」
これは、儀式なのだ。
どれだけ私が彼らを満足させられたかで、地面に落としてもらえる食べ物の量が変わる。だから私は、死んだ心で精一杯に演技をして、みじめったらしく、彼らの興が醒めないように、這いつくばってお願いしなければならない。
「嫌だね。これは俺のお古だせ?
お前なんかが俺の服を着るなんて、気持ち悪いったらねえよ!」
「あなたには立派な服がおありじゃない。
大事な服なんでしょう?
だってあなた、ずうーっと一ヶ月もその服を着っぱなし!」
あははは!
柔らかそうで、綺麗な女の子が、おかしそうに私の格好を笑う。何がおかしいんだろう。私には、この服しかないんだから、そんなの当たり前のことなのに。
亜人の子達が、身元も分からない流れ者の孤児を、なりそこない、出来損ない、ガリガリのチビ、みすぼら尻尾と、その後も面白半分に痛めつけて差別する。食べ物やまともな服をちらつかせて、希望を見せては踏みにじる。
人間に好まれるよう、彼らの見た目はすごく整っている。しゃんとした瀟洒な尻尾に、かわいい濡れ鼻、艶やかな髪、つぶらな瞳に蠱惑的な口元。同じ女なのに、どうしてこうも私と違うんだろう。
どうしてそんなに恵まれた子達が、私なんかをいじめて喜ぶんだろう。
「ああ、おかしかった!
ほら、今日の分だ。くれてやるよ」
背が高く、体格の良い男の子が、凛々しい顔立ちで、手元の果物を足元に落とした。
靴を履いた足が、振り返る際に果物を蹴っ飛ばす。側溝に落ちる前に拾おうと、慌てて飛び出した私を、最後に遠のきながらの嘲笑が踏みつけていった。
「……」
カリッ。
齧った果物の瑞々しさが、体の際を流れていく。二日ぶりの果物だ。
あまくて、おいしいな。
涙がこぼれた。
悔しい。つらい。
胸が、目や喉と一緒にカァッと熱くなって、押さえつけておいた感情が、一気に口まで噴き出してきた。
遮二無二、果物を齧り尽くして、勢い余って唇を噛む。
栄養不足でカサカサになった唇からは、裂けた皮ににじむ、血の味がした。
「どうして故郷も失い、道半ばで同胞すらも失って、それでもやっと辿り着いた先で、こんな目に遭わなければならないの……?」
見つめた掌は、獣と人の指が混在している。悔しさで掻きむしった頭には、片方だけの長い耳がついている。
確かに私は半端だ。亜人でも、獣霊族でもない、醜い醜い半端な出来損ないだ。
でも!
「私がこんな見てくれなのは、無族のせいよ……。
村が襲われて、逃げ出す時に、人間達の街でせめて子供達は受け容れてもらえるようにって、亜人化の魔法を教わったからよ」
本当は、まだお前達には早いんだけどねえ。
自由には生きられなくなるかもしれないけれど、せめて、いい人に気に入られて欲しいな。
そう、お母さんは苦しそうに何かを我慢しながら言っていた。
何を我慢していたかはすぐに分かった。口一杯に、血を溜め込んでいたのだ。
私の目の前でお母さんは身体中の血を全部吐くみたいにして痙攣して、そのまま死んだよ。抱いてた妹ごと、お腹を見えない何かに刺し貫かれて。
「その途中で、無族が私の家族を、お父さんとお母さんと妹を殺して、教わった魔法が途中だったからよ!」
私は逃げた。普段は優れた狩人である同胞達も、魔法が通じない無族には為す術もなく逃げ惑った。村一番の狩人であった父は、立ち向かおうとして、何をされているかも分からずに、一番最初に狩られた後だ。
何とか生き残った最後の一人である私も、魔法に失敗して、この通り。
「ねえ、教えてよ。誰のせいでもないでしょう……?
でも、それならどうしてこんなに世界は残酷に出来ているの?
誰か教えてよ。
誰か、私を、助けてよ……」
裏路地でしゃがみこんで泣きじゃくりながら訴えても、そんなところを通りがかるような大人達は、目を背けるばかりで、私を避けて通るだけだった。
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どの位、嗚咽していただろう。
「世界はきっと、そんな風には出来ていないよ」
救いを求めて、叫んでいても、誰も振り向かない、小さな小さな世界の隅。
そう思っていたここに現れた、その人は、私のちっぽけな願いすら否定するみたいな言葉を静かに投げかけてきた。
目深にフードを下ろし、全身を隈なく隠す外套を着込んだ人。亜人とも、人間ともつかない、変な魔力の匂いがする。声の高さで性別だけは同性と知れて、すぐさま逃げる必要はないと分かったけれども、それ以外は、格好も含めて、限りなく怪しかった。
その旅人は恥ずかしげもなく宣った。
「君を助けに来た」
「だったら、だったら何とかしてよ。みじめな私を救ってよ!」
「駄目だ。私は君を助けない」
はあ?と私の頭は混乱した。この人は何を言っているんだろう。自分が直前に言い出したことも忘れるような、危ない人だったのか?
けれど彼女は次の瞬間、怒りをこめて、私の代わりに叫んでくれた。お腹が空いて声に力の入らなかった私よりも、もっと大きな声で、もっと当たり前なことを、もっとはっきりと。
「君達は恥ずかしくないのか!
たった一言、大変だったねとすら言えないのか!
君達にも人生があって、余計なことに関わり合いたくないのは分かる。
自分や家族や仲間だけでも精一杯なのに、無責任に誰かの人生まで背負いこめないという理屈はよく分かる」
その旅人は、一旦言葉を切って、大きく息を吸い込んだ。次に出たのは、目の前の私がびっくりするぐらい大きな怒鳴り声だ。
「それでも!
この子が生きているということを、無視していいなんて話はどこにもないはずだ!
そんなことを認めてたまるか!
故郷を、仲間を、家族を失った子供一人、余計に背負えない世界など、この世のどこにもあってたまるか!」
不思議だった。
怒られているのは、目の前の私じゃない。それくらい、私にだって分かる。
でも、それならこの人は、一体誰の、何に怒っているんだろう?
考え込んでいるうちに、人の走る足音が近づいてくる。そのうちの幾つかは、何度も何度も聞いているうちに覚えてしまった、私をいじめる、あの子達のものだ。
また痛ぶられるのは嫌だったので、慌てて身を隠そうとした私を、何故だか旅人は手で制した。
仕方がなく、私はその人の後ろに半分身を隠したような格好で、足音の主達を迎える。
私達のところに訪れたのは、私をいじめる嫌な子達と、よく似た顔の大人達。
おずおずとだけれど、いじめっ子が私の前に歩み出て、ぺこりと頭を下げた。その頭の上に、大人の拳がガツンと落ちる。
「そんな謝り方があるか!
声に出して詫びるんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
「何に対して謝っているか、自分でちゃんと分かっているんだろうな!?」
私は、何が起こっているのか、繰り広げられる光景を理解出来ないまま、立ち尽くしていた。すっと、旅人が私の前から退いたのも、気がつかないくらいだった。
子供の父親だろう、その亜人の男性は、息子に代わって私の方へと深く頭を下げてきた。子供も、自分の親が、自分のせいでそんなことをしているのにひどく狼狽して、大声で詫びてくる。
「ご、ごめん!
俺、父ちゃんに言われたんだよ! いい気になってた、こんなに悪いことだなんて思ってなかったんだ!
皆も俺に言われてやったんだ、俺のせいだ!
父ちゃんも皆も悪くねえよ、だからやめてくれよ!」
「阿呆! 大人がこの街で起こった事に責任を持たんで、誰が持つんだ!
……息子や、この街の子供が、本当に君に済まないことをした。
食べものを持ち出しては、持ち帰らなかったり、持って帰ってきたりするから、おかしいとは思っていたんだ。
今日は、とうとう着もしない昔の服まで持ち出して」
後ろでは、まだ悪びれずにむくれている女の子が、母親に尻尾を踏んづけられていた。
「亜人だからって媚びるような生き方すんじゃないよ!
好きな男にへつらって器量を下げる女なんて、みっともないばかりだろ!」
「ひ……」
「泣くな! 泣いたら許されるなんて思うな!
誇りを持て、尻尾を立てろ!
……ごめんなさいねえ、本当になんてお詫びしたらよいやら。これ、私のところで商っている服よ。尻尾穴が合うかしら、すぐ仕立て直して差し上げますから」
丁寧に広げて見せられたのは、綺麗な服だった。
「こんなの、私には似合わないです。もったいないです」
「馬鹿をお言いでないよ!
好きな格好して、好きに笑わなきゃ、生きてる甲斐ってものがないじゃない!」
「は、わ、ご、ごめんなさい」
「あらやだごめんなさいねえ、つい娘にするみたいに叱っちまった。うるさく言いすぎたから、この子も裏でひねくれちまったのかしら……。
おや、おやおや、泣くんじゃないよ、どうしたんだい。怖がらせちまったかい? 不器用でごめんねえ」
「ち、ちが……」
私にも、分からなかった。
でも、嬉しかった。
もう一度叱られるのがこんなに嬉しいなんて、思わなかった。
お母さん、お母さん、お母さん……!
「よしよし……いいんだよ、もう泣いても」
「何よ、結局泣けばいいんじゃない……」
「馬鹿! そんなことも分からないか、この馬鹿娘!
ごめんねえ……よしよし……そうだよ、いい子いい子……」
いつの間にか、女の子のお母さんに抱きしめられながら、私は全力で泣き叫んでいた。
みんなが死んだ時に泣けなかった分が、全部、今になって流れ出したようだった。そっと、肩に男の人の手が乗る。しゃがみこんで、しっかりと話しかけてきてくれていた。
「君のような子がいたことに気づかなかった。村が遠くで滅びて、それがきっかけで討伐が始まったという話は、私達も聞いてはいたんだ。
けれど、その事実が自分達の世界とつながっているということに、実感を持てていなかったんだろう。一人でも多くの民を救い、助けよというのは、かつてこの国を統べた青の王の御言葉でもあったのにな……。
いや、こんな物言いも言い訳に過ぎない。本当に済まなかった。
結局、私達は君のことを今まで見逃していたんだから」
その言葉を契機に、周りで大人達が私の今後のことを話し出す。私が引き取るよ、いや私のところで面倒を見よう、規則に従ってまずは届け出るべきだ、それより今日のことを考えてやるべきだろう、云々。
けれども私は、何故だかふっと気がついて、後ろを振り返った。それから、私を囲む大人達をかき分けて、去ろうとする旅人を呼び止める。
「あの……。
ありがとう、あなたのおかげです」
でも、その人は、私はただ、声を挙げただけさと手を挙げて言った。そして、皆が見ている前で、こうも告げる。
「この街のちゃんとした大人達のように、私がこれからの君を助けることはしないよ。余所者だしね。
言ったはずさ、私は君を助けない」
周りの人達は、なんだかその言葉に怯んだようにも感じられた。まるで、お母さんにお小言を言われた時の私みたいな様子になったのだ。
それから、はっとした顔で、その中の誰かが隣の人に耳打ちをし出す。その様子に、彼女も気がついた風だった。
それでも彼女は言葉を続けた。
「当たり前みたいに残酷なこの世界で、ヒーローみたいな誰かが何もかも解決するなんてこと、ない。
当たり前みたいに残酷なことを知っているから、優しくありたいと心がけている人達がいて、そんな人達と出会うことで、君は救われたんだ。
私はただ、世界が君を助けようとしているのを、手伝いに来ただけさ」
「行ってしまうの……?」
「こんな立派な人達のいるところに、ずっといたいと思っているけどね」
「だったら、どうして」
「世界がまだ、残酷なだけだと信じている子が、きっと他にもいるからさ」
彼女は、去り際に、現れた時と全く同じ言葉を残していった。目深に被ったフードの下で並ぶ、青い左目と赤い右目は、穏やかに、けれども確かな強さを秘めて、輝いていた。
「世界はきっと、そんな風には出来ていないよ」




