エピローグ・2
「私は、父様と母様のところへ行くよ」
素直に出た言葉だった。
「それから、我が王……青の王の元へ行って、そこからだな。
行き先を考えるのは、そこからでいい」
会いたいと、そう思った。
自分の人生を決定付けた人達に、もう一度会って、自分というものを確かめたい。
そう、Kが思った。
記憶の中のカグナでも、この世界に紛れ込んでしまっただけのキスケでもなく、私が、会いたいと思えた。
だから。
「いつかまた会おう」
さよならではなく、約束を交わして、彼女は友達を見送った。
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「……その選択で、本当にいいのかい?
口に出してしまったら、そうするしかなくなるよ。今なら撤回出来る、彼女達に訂正するつもりはないかい?
そもそも君は、カグナくんのご実家に顔を出して、本当に自分の存在が受け容れられると思っている?」
見送ったKの傍らで、宙に浮かびながら頬杖をついて眺めてきているらしい女が、矢継ぎ早に、Kにだけ聞こえる横槍を入れてきた。
人間を構成するパーツである、顔面の要素の何もかもを持たない女神、物ノ名イミ子。
そのシステム側の存在は、ゲームオーバーを宣言してから、ずっとKの傍らに漂い続けている。
「青の王にしてもそうだね。未だに王国は健在なりとは言えど、かつての王都も今や帝国の中枢の一つとも呼べる地だ。
こんな片田舎に留まっているのとは比較にならないレベルで、帝国の魔の手がすぐに君を捕らえるだろう。
それでも行くのかい? かつての王子、それも王太子候補にとまで見込まれていたカグナくんの、成れの果てが、おめおめと顔を出して、あの王様が無事に済ますとでも思っている?
仁君と名高い赤の王じゃないんだ、そう上手い話が何度も続く訳はないだろう。そもそも、青の王だけが問題になる訳じゃないぜ。もっと大きな問題として、赤の王の報告を、あの皇帝が額面通りに受け取るかな。そんなはずないよね。君なら知っているはずだ。分かっているはずだ。
君には力がある。その力はどこまでも君の人生に付きまとって、君を一生逃がさないよ」
Kは、明確な決意でもって、この正体不明の存在が語り掛けてくる、今のような台詞の数々を無視し続けていた。
(私は、この世界で生まれた。
この世界で生きる。
この世界以外に帰る場所なんて、ない)
「そもそもだ。
クリア報酬さえ手に入れれば、現実に帰還することだって出来るのに、本当に君はこのままゲームを放棄するのかな?
それとも、あれかな? チュートリアルの次がいきなりボス撃破なんてステージ構成、本気にしちゃってたのかい?
連合に行けば、すぐに分かることなんだけどね。そんなはずはないだろう。
君に与えられた難易度だけが破格なんだよ、Kちゃん。Kくん? どっちで呼ばれるのがお好みかな」
耳を貸せば怒りが湧く。感情に飲み込まれれば、道を過つ。
もう、十分に間違った選択を選べた。これ以上は、要らない。
正しいだけでもなく、間違っているだけでもない、普通の人生を歩めるように、なるんだ。
Kの中の二人が二人とも、そう望んでいる。
「いいかい、K。君は、あの不出来で未生の末妹に見込まれた存在だ。
運命に裏切られる、そのための刻印を押されてここへ落ちてきた存在だ。
エディション・裏切りの楽園とは、そういうものなんだよ。
運命が用を為さない、そういう運命を与えられている。
まさか現地の人間と同化することによって、その運命を無効化するなんて手段を取るとは、さしもの私も思いもよらなかったけどもね」
Kは、もう一度自分に言い聞かせる。
怒りを吐くな。感情に飲まれるな。自制をしろ。ただし。
「だまれ」
自分を構成する彼女の意思への侮辱に対しては、己の全存在を懸けてでも抗え。
「これは、彼女が選んだことだ。私が望んだことじゃない。
だけど、私は受け容れた。
欠損の激しいキスケの体に、同化する形で彼女が自らを投げうったことは、彼女の意思だ。
私の、プレイヤーの浅はかな企みか何かのように語る行為は、物ノ名、お前達には絶対に許さない」
あのぬくもりの神聖さを汚すのならば……。
あの時手にした、かけがえのないものを書き換えようとするのなら。
(誰であろうと、許さない……!)
Kの右目が赤く輝き、一筋の白い涙を頬にこぼしていった。
「おお、怖い怖い。泣きながら睨むなよ。
それにしても随分泣き虫になっちゃったねえ。それもカグナくんの影響かな?
ま、いいさ。人には譲れない世界観というものがあって、それを侵犯することは、世界の否定そのものだ。私の物言いが君の逆鱗に触れたというなら謝罪しよう。しかし、そうならそうと、もっと私との対話の時間を持ってくれてもいいんじゃないかな?
人間には対話というものが必要だよ。相互理解のために、互いの世界観を擦り合わせ、同じ世界に生きるために、必要なのは、やはりまずは言葉の交換からなんだ。この二日間、答えのない独り言を延々と繰り返してきた間、私がどんな気持ちでいたと思う?
いや、いやいやいや、もちろん君の心情は汲むよ。傷心中でもあるし、何より君から見たら、私は地獄のような運命に引きずり込んだ、死神か何かの仲間に見えてるんだろう?
でも、その捉え方は間違いだと私は進言しておこう。私は常にプレイヤーの味方だったし、今でもそのつもりだよ。君達がゲームをクリア出来るよう、最大限配慮するのが私の仕事さ。
運命というなら、これから先、君がゲームに復帰するつもりになるまで、私は君に付きまとわなければならない運命なんだ。システムだからね。システムが正常に稼働し続けるよう、私は私自身の役割を果たさなければならない。君も大概私の独り言から色んな情報を摂取してきていると思うから、ちょっとぐらいは話し相手になってくれてもいいんじゃないかな、どうだろう、罰は当たらないと思うんだがね」
語り出したら、このように、止まることを知らずに対話を求めて言葉を浴びせかけてくる。
食事中だろうと、用を足している時だろうと、いつでも、どこでも、お構いなしに、だ。
だから、耳は貸さない。
顔のない存在を、正体の知れない存在を、どうして信用することができようか。
自分の人生を一方的にのぞき見してくる存在に、どうして心を開けようか。
「現実に未練はない?
この世界での記憶を得てしまった君のことだ、本当のご両親の顔を見たいとか、ちょっとは思ったりしたこともあるんじゃないかな? 里心が付くって奴さ。
王種をね、倒すのだって、本当は一発限りの勝負じゃなかったんだぜ。いつか倒せれば、それでいい。その程度の気楽で遠い目標設定のはずだったんだ。君の運命がまともなら。
いやー、それでも成功するかどうかは五分五分だったんだけどもね。歴史改変度は現在9だ。本当にギリギリだった。妖怪1足りないって奴さ、聞いたことない? 知らないかな、西暦2045年には、あまり生き残ってない概念かもしれない。
成功していたら、君は選べた。
プレイヤー本体へじゃなく、現実へと帰還する方法を手にすることも出来た。
次のステージに進むか、それとも撤退を選ぶかは、君に任されていたことだけども、事態は君が絶望するほど最悪じゃあないんだよ。プレイヤーからAIが切り離されたなんて、よくあることだ。戻れずそのまま野良と化しても、出向先の世界が一つ、一人分の人生を得て豊かになるだけさ。
それに、まだ、現実への帰還ルートは閉ざされた訳じゃあ、ない」
顔のない女が、地平の彼方を指差した。
そこにあるのは、天地を貫く巨大樹の姿。
「あれさ。
どうして皇帝があんなものを作ったと思う? そのためさ。
私達の中の誰かが最初に説明しなかったかな。現実は今も侵食中って。
どうだい、ゲームを続ける気になった?
もちろん、コインはいただくけどね。そういうシステムなんだ、仕方ない」
Kは、踵を返してその場を後にした。
関係ない。もう、ゲームという形で世界に関わることは、したくない。
だから、システムなどというものと、関わり合いになるつもりはない。
/* Close Variable Time */
「やれやれ……。
例え運命が変わろうとも、運命から逃げ切れる訳ではないんだがね」
「プレイヤーにへそを曲げられてしまっては仕方ない。
その時が来るまで、私はしつこく催促を続けるとしよう」
「間違いたいと、望んだ彼の意見を叶えてあげたのに、どうしてこうなるんだろうね?」
「しばらくは、別の時代のアプローチにでもフォーカスするとしよう。
システム:物ノ名の使命は変わらない。
世界を一つでも多く、現実に持ち帰る。
そのためだけに、ああ、そのためだけに、私達はここにあり続けようともさ」
「時間も空間も、世界観も超えて、世界は踊るよ、どこまでも、だ――」
/*/
第一章・了。
第一章終了です。ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
まだまだ実験して、書き方やらを改良していきたいと思いますので、しばらくはメインストーリーお休みな感じになります。かなり早い段階で、第一章終わった時点で全体を再構成してリライトしようかとも思っていたのですが、今の実力だと、長い話をやるよりは、短い話をあれこれ試してみる方が自分のためになるだろうということで、方向性を少し変えてみます。
リライトは必要になったと感じた時にやればいいですね。