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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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49.終戦

「押し切られるか……!」


 いかにベイジが歴戦とて、一人で戦線を支えられようはずもない。じわじわと後退しながら、相手の数を減らし、食い下がっては来たものの、剛練兵が浸透するのは止められなかった。


 剛練兵は、まるで砕けた大地を己が領土にリアルタイムで塗り替えているのだとでも言いたげに、自重で均し、止まることなく雪崩れてくる。

 3mを超す灼岩の塊が、四肢を振り、群れを成して押し寄せるのだ。また、その、裂け目とも、穴ぼことも見分けのつかぬ口から、炎を纏って吐き出される岩石弾は、さながら赤き波濤である。

 魔法を繰り出す本体の織り成す、膨大な質量の波と、赤き魔法の弾丸の波。まともに正面から接触してしまえば、いかなる抗いも灰燼に帰するだろうという予感が、兵達にはあった。


 しゅう、しゅう――。

 焦熱と、魔力とで、剛練兵達の周りの空気が音を立てて歪んでいる。

 その先に、どんな未来も描かせぬとでも言うのか……。

 兵達の目に映るのは、ただ、ひたすらに赤黒く、不気味で、頑なな、己の行き着く最果てとも思える、命の終焉を告げる巌の壁であった。


「師級の者は左翼に展開しろっ!

 魔法隊、前へ!

 前衛の防護を捨てて、敵の魔法の相殺にかかれ!」

「防護なんてなくたって、こんなウスノロの攻撃当たりゃしませんよ!」


 ベイジに対して嘯く兵の横顔には、手にした大鎚で真っ向砕いて散らした岩石弾の欠片で無数に細かく裂けた痕がある。どう言い繕おうと、そこに火傷の痕跡までが重なっていないのは、ニレェー達を始めとする魔法使いの支援のおかげだ。

 度重なる衝突と破砕に歪んだ長柄を、握り締める手に、一層の力が篭った。


 やれる、やれるのだ。一対一なら、魔法があろうが、どれだけ硬かろうが、鍛え抜き、並みの兵士の十人にも匹敵するとされる、師級の号を授かった俺になら。


(勝てはせずとも、負けない戦いなら、出来る!)


 敵集団を斜めに押しずらすべく、大鎚を持った兵士は体をその場で右回転させた。


「ここは任せろッ!!」


 味方に当てず、また、視線を遮らぬよう、回転は半ばから斜めに跳ね上がって振り下ろしの型になる。狙いは岩石弾を吐き終えたばかりの、相手の口だ。


「うッ!」


 回る間に、手が伸ばされていた。

 胴から掴みあげられる。知らぬ間に、一撃でどうにかしようと力みすぎていた……!


 視界がかつて訓練では味わったことのない角度ですっ飛んでいき、地面と水平の景色に、持ち上がる遠心力で側頭部に血が偏る。鎚は、浅く剛練兵の頬を掠っただけに終わった。


(し、死ぬのか……!)


 臨死の加速感が、今まさに死神の手と化して彼の思考を捕まえていた。


 このまま地面に叩きつけられれば、骨が砕けて一巻の終わりだろう。それなら名誉の戦死だ、悔しいが仕方ない。

 だが、食われるのだけは嫌だ。食われて、訳の分からない化け物の材料になって、人に仇為すのだけは嫌だ。


(殺せ、殺してくれ――!)


 ……………………。


「……?」


 だが、覚悟していたその時は、いつまで経っても訪れなかった。


 斬!


 縦一文字に切り開かれた剛練兵が、背後の景色を兵達に垣間見せる。

 そこに広がるのもまた、哀れにも断ち割られたまま、表皮の岩塊からは想像もつかないほど生々しい内臓を破断されている剛練兵の山であった。


「あ、あ……」


 ザン、ザンザンザンザンザン――――!


 音だけが目にも止まらず走り抜け、たちまちのうちに剛練兵が崩折れる。あれほど大鎚で叩いても、その下の肉まで叩き潰すのは困難だったのに……!


 最後の一体が、跪き、その体を左右にゆっくりと別れさせていく。その断面は、圧倒的速度と重さで押し割られたように、粗く毛羽立って見える。

 鈍重な怪物が二つに分かたれた後、代わってそこに立つのは、和筆で空間に描いたような、峻烈な質感をその輪郭に持つ、一人の女であった。


「もう、大丈夫――」


 心を揺らす、その声。

 揺れた心を、元の位置へとしっかり押し戻して、腰の落ち着くところにまで座らされた。

 その位、藍色の濃い髪をしたその女性の存在感は、大きな抱擁力で構成されていた。


 剛練兵の成していた、赤い炎熱と岩塊の波濤が剛ならば、こちらはどこまでも柔らかく、しなやかで、そして満ち満ちている。


 鋭角に立った眉の下、炯炯と輝く左右の瞳。

 間一髪を助けられた男だけでなく、その場にいた全員が、自分のことを真っ直ぐに見つめていると感じた。


 赤い右目に、青い左目。虹彩異色の与える強烈な違和感が、緩く垂れた目つきで心持ち和らげられ、決然たる意志の宿った眉毛の凛々しさによって、鮮烈な印象にまで変換されている。


 安心させようとして浮かべているだろう微笑みが、どこか儚く、悲しげに見る者の胸を刺した。


 強く。

 強く、ただ、強く――。


 秘めたる決意が、その微笑みから静かにこぼれ出て、波のように兵達の間に伝播した。


「私が、守るから」


/*/


 いよいよ赤の王と炎王の間に入って、踊るように最小の動きで複雑なステップを踏んでいるのは、ノーコだ。

 小刻みに魔法を編んでは炎王の攻撃の出現予測をし、妨げている。赤の王の攻撃まで、妨げてしまわないか等とは、気にしない。自分ごと、炎王を切り刻んでくれていい。そのつもりだし、事実、そうなっている。

 ノーコのユニークスキルは、二つの王の間で高まる、固化しそうなほど濃密な魔力を、スキルの持ち主の魔法センスによって自在に掬い取り、馬鹿げた威力の攻撃を無効化し続けていた。


 戦いは順調だ。そのはずだった。

 その順調な戦いの中で、ノーコの前を、奇妙な考えがチラついていた。

 考えるのは、キスケのこと。


(赤の王は、明らかに防げるはずの一撃を素通しした。

 数万発、数十万発の魔法の中から、たった一つだけ形状変化させてキスケくんを狙撃しようと、王ならそんなの関係ないのに)


 連合の生ける伝説、人間王を例に挙げればすぐに分かる。

 王という生き物は、そんな生易しいものじゃない。


 人間王アキラ。全プレイヤー中、ただ一人のファイナルステージ踏破者。彼に比べたら、さしもの赤の王も総合的には遅れを取るかも知れないが、キャリアだけを取るなら間違いなくアキラより上の戦士だろう。


(そんな方が、ミスするなんて訳がない。絶対!

 それに、炎王もだ。なんでわざわざ赤の王以外を狙ったりした?

 まさか……)


 ありえないことだ、と、気づいた可能性を否定しようとする。

 王達の攻撃すら防いで見せる、ノーコでさえ、それでも相手にされているわけではないのだ。

 だか、もしも彼女の推測が当たっていたとしたら…。


(彼らはそれぞれ、目の前の(てき)を倒すのと同じように、キスケくんを亡き者にしようとしたのか……?)


 だとしたら。


(そうまでして出現を防がなきゃならない魔王って、一体なんなんだ……)


 疑惑のまなざしを赤の王に向けるも、答えはない。

 王はただ王である。魔を狩り、世界を守る。それだけだ。


/*/


 戦場は、青よりも深き、その藍色の稲妻によって切り裂かれ、遂に最大では二千体を数えていた矮族達の、全てが討ち滅ぼされていた。

 影の手足のような、間接的な手段ではなく、その一部始終が、細い肢体から繰り出された拳足で為されたことだ。


 全員が、静まり返っている。

 ニレェーもまた同じであった。

 彼女の知る、王以外での最大戦力たるカグナが、最初から全力を投じて剛練兵と戦っていたら、このような結果になっただろうか。

 そうは思えなかったのだ。


 林で直接交戦した通り、魔法を使う敵はそれだけで間合いが広くなり、必然的に倒すのも難しくなる。まして、剛練兵のように硬くて頑丈な相手を、こうも一方的になど……。


「カグナ様……ですか?」


 よく似たシルエットに、疑問符付きで、投げかけてみる。

 投げたのは、そうであってほしいという願いと、そうではないだろうという半ば以上の確信という、入り乱れ、相反した気持ち。


 その女性は、ニレェーに背中を向けたまま、首を横に振った。


 期待した通りに?

 それとも、望まなかった、そのままに?


(ああ……)


 ニレェーの幼い顔が、なにゆえにか、歪む。

 ああ、ああ……!


(気づいては、いたのです。

 彼と一緒に街へ戻ってきた時点で、カグナ様が、もう、元のカグナ様ではなく、半分以上、彼に吸収され、彼を取り込んでいたことは……!)


 愛とは、本質的に、そのような現象である。

 それがゆえに流霊族は、相手に合わせ、自らの肉体をさえ根本的に作り変えてしまう。

 最初は、だから、疑わなかった。ニレェー達の住む森林地区で、キスケが《鼓動》を発現するまでは――。


 林では、感覚に優れていたらしい蛇女や、おそらくはユニークスキルで直接カグナの本質に触れた猿人も、気づきかけていたことだ。


《鼓動》は、世界を喰らい、そしてまた世界に成り代る。そういう技術である。そのような技法なのだ。だからこそ、強硬にでも、キスケを抑制した。そして、失敗した。


「駄目なんだ……。

 見た目は、この右目以外、ほとんどカグナなのに。

 心の比率はまるきり反対なんだ」


 Kは、ひたすらにニレェーの方を振り向こうとはしない。

 その態度が、悠久の時間感覚を持つ樹霊族に連なるニレェーをして、昂らせかけた。

 そして、気づく。

 目を、自らの正面からさえもそむけているKが、肩越し、僅かに晒している右目に宿る、赤い輝き。


 間違いなく、あそこにはニレェーが危険視していた因子の名残りがあった。

 しかし、名残りでしかない。

 血の遺志の教えを学ばぬニレェーには、正確にステータスを鑑定する術はなかったが、直観が確かなら、あそこにあるのは、ただの概念核のはずだ。従って、通常通りに《鼓動》は抑制され、魔王の生まれる危険もなくなっているはずである。


 ふと、変化した戦場の気配に、あたりに張り巡らせていた魔法で探りを掛けてみる。

 剛練兵の死体から、魔力の残滓が消えていた。


 王種あってこそ、その眷族に与えられる魔力であり、魔法を駆使する能力だ。その魔力が感じ取れないということは……。


「王種が、倒れた……」


 討伐戦が、終わったのだ。


「…………」


 空を見上げるK。

 その目には、顔のない女神がそこに浮かんでいる姿が映っていた。


『ファーストステージ、ゲームオーバーです』


 女神は、感情のない口調で、ゲームの終わりを告げていた――。

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