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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
49/97

46.飛翔

 ゲームオーバー。


 ()ぎる単語が、螺子回される万力のように、時間の経過を痛みのベクトルに変換し、キスケの心を締め上げてくる。

 ノーコの参戦により、趨勢が変わり始めているのを、彼は空気から感じ取っていた。

 赤の王が炎の王を討ってしまえば、システムに明言されたステージクリア条件が満たせない。そうすると、どうなる?


(俺は、この世界で、このゲームの中で、一体どうなる……?)


 これは、焦りだ。


「っ、は!」


 キスケは自分の焦りを鼻で笑った。


だから(・・・)どうした(・・・・)


 プレイヤー本体との接続が切れたのは、既に自覚していた。

 クリアしようと、どうしようと、戻る先なんてどこにもないのだ。

 この世界の上を進む以外に、道はない。


 踏み出した。

 王達の衝突でグズグズに地盤の崩れた戦場の中心に、入っていく。


 自らの影を、地面から引き剥がして、足場代わりに浮かし踏み。

 右目の赤を滾らせて、獲得した膨大な前進(ポイント)を消費する。


==【再現魔法(ポップマジック):影遊びのレベルが上昇します】==


 踏み出す先、ぎこちなく丸く広がっては主の足裏を待ち受ける、を繰り返していた影の動きが、途端に機械的な滑らかさを帯びた。

 先ほどから、肉体以外の形状に変化してキスケの意のままに影が動くそれは、カーテンの裏側で光源を用いて様々な影絵を作る、そんな子供の手遊びを再現した魔法の効果だった。


『全ての魔法は、思いを世界に再現することから始まるんだ』


 五日前、修行の初めにノーコが説いた原理をキスケは思い出す。


『世界は変わる、変えられる。でも、ゼロから世界は変わらないよね。

 ゼロに見えているのは、力をどこかからか、借りてきているから。

 どこからだったか、憶えてる?』


 クイズで出した答えの通り、戦場に余すことなく満ちている光……、王の威光(・・)を意識した。

 存在するだけでも戦場の空気を支配出来た王が、今はその膨大な魔力を解き放っている。そこから力を引き出すのは、やり方さえ分かっていれば、造作もないことであった。


『いいかい、トモダチ。そうしたら次のステップだ。

 魔法は、現象を省略して、結果だけを再現するよ。

 現実とは逆。過程を思い描いちゃダメ。

 目の前の(イマ)や、再現したい過去じゃなくって、再現したい未来(・・・・・・・)だけを見て』


 奇妙な言い回しだが、分かる。

 イメージトレーニングの一つに、勝利したり、成功している自分の姿を思い描くというものがある。

 そこで見えた理想の自分の動きを再現しようと、無意識が、意識で制御する以上の精度と威力と制御力を絞り出す。

 結果、現実でも人は、ただ思うだけで栄光を手元に引き寄せられる。


 同じだ。あれは、実は魔法だったのだ。


 キスケが思い描いているのは、影を従えている自分の姿。

 意のままに付き従う影でもって、王達の間に割り込む自分の姿。

 呼吸で王の力を直接食い取る自分の姿。


 影の肺を、背中から、黒い翼のように展開した。

 呼吸の度、薄い皮膜が収縮する様は、悪魔の羽の蠕動にも似た邪悪さがあったかもしれない。

 その邪悪な翼は、キスケの体内に続いている。

 魔法的に、体内と体外を直結させているのだ。


 笑う口元から剝き出しになった白い歯と、燃える片目の赤い眼光、織り広げたる影の翼。

 天の光を遮って、漆黒を自らの頭上に打ち広げる様は、魔人の名に相応しい異常・異端の有り様であった。


(俺は、まだ、何も出来ちゃあ、いない)


 出方を間違え、出現位置を間違え、出会い方を間違え、進み方も間違い続けた。その間違いを使って、やっと自分と呼べる何かが見えて来たばかりだ。


 未だに彼を無視する巨大な力の衝突が、彼の体をぐらつかせる。

 締め付けられたような息苦しさを、抑えるみたいにして、胸の辺りを掻き毟り、呼吸をしようと、喘ぐ。

 翼の両端が10mを超え、長大になった。


 トモダチと言ってくれたノーコすら、今はキスケを一顧だにせず、疾風と化して駆け巡っている。


(だから、どうした)


 再び思う。


「だから、どうした」


 口に出す。


「だから、どうした!!!」


 叫び、吠える。


 運命や、自分自身から見放されようとも。


 正しい道が、どうしても選べなくとも。

 カグナを悲しませようとも、ニレェーを傷つけようとも。


「それでも俺は、笑って見せらァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


 この上もなく真剣な形相で、未だ満足に思い描くこと叶わぬ未来を口にして。


 羽ばたき、一直線に。

 力の嵐へと、影の翼が飛び込んでいく。


/*/


 剛。

 と、肉が疾る。


 巌の体を持つ、土と石を混ぜて出来上がった異形の獣が、その堅固な表皮の砕ける轟音と共に、振り回される腕に押し退けられた。がっぽりと空いた隙間から覗くのは、赤黒い毛むくじゃらの皮膚。


 戦果を挙げた腕は途方もなく野太い。

 手首も肘も、大人の胴ほどもあって、みっしりと丸い輪郭を大気に晒している。


 豪放なスウィングの隙を衝き、虚空に生み出された、人の頭ほどもある灼岩が、空気をバチバチと爆ぜながら無数に()を目掛けて飛来した。


「お、お!!」


 もぬもぬもぬもぬ。


 吐いた気迫とは真逆に、間の抜けた衝突音で、岩は彼の顔やら頭やら胴体やらに、好き放題めり込んでいく。


 もぬーーーん。


 全弾が、失速して周囲に落ちた。

 分厚い脂肪と肌には、焦げ目がチョッピリ。降り注ぐ岩の質量と熱が加えられた損失は、それだけで終わる。


「それ、装甲の割れ目から貫けい!」


 一帯の将兵にテンポ良く掛け声を投げたのは、今し方魔法の集中砲火を浴びたばかりのベイジ=ターニアスだ。


 群れを成して歩く、砦にして砲台にして重装兵である炎石のゴーレムの行進は、兵達には押し寄せる火砕流と同じに映っていた。それが、更に巨大なベイジの突貫によって、その度に流れが割られ、堰き止められている。

 恐るべき頼もしさであった。


「陣形を乱すな、射線に身を晒し続ければ魔法に持っていかれるぞ!!!」

「「「「「はい!!!!」」」」」


 ベイジの後ろから、庇われていた雑兵達が素早く駆けては、鈍重に傾いている敵の素肌を的確に刺し貫く。

 兵達をまた、ベイジが前に突撃することで、後ろに隠す。

 その身でもって盾となり、楔となる。

 この世界の強者が成す、基本の集団闘術の一つである。


 着実に敵の数は削れていくが、いかんせん、敵の重量が大きすぎた。


(拠点を築くタイプの矮族どもが作る、一番最初の兵、だったな)


 岩と土の形質を混ぜ込まれた、巨躯の獣。

 王種の食らったものが混ぜ合わさり、新たな存在として生み直された存在だ。

 剛錬(ゴーレム)兵と慣習的に呼ばれるそれらは、無機物の形質を受け継ぐため、何もかもを喰らう矮族としての捕食本能こそ比較的薄いが、頑丈で蹴散らし難いことから、ベイジの選択した闘術が選ばれやすい相手である。


 拠点を作っている間は、王種も動けず、自然、運ばれてくる餌か、手近にある餌のどちらかをしか、食べられない。

 前者は積極的に阻止したので、相対する敵の種類は、カグナ達が林で相手取ったウロコザルのような動物タイプよりも、後者で生み出された剛錬兵に、圧倒的に偏っている。


 ベイジは冷静に戦場を観察し続ける。


「ピエール、下がれ」

「ま、まだやれます、ターニアス様!」

「狙いを誤ったろう、剣の刃が欠けておるぞ。

 兵も、一番長く戦っている小隊を連れていけ。お前はまだ行けるな、一旦後方で武器を取り換えてこい!」

「は……はい」


 命じられ、悔しそうに少年剣士が丸い頬を蛙らしく歪ませる。


(やはり、長丁場になるほど、不利か。

 となれば……)


 一般兵達の命運は、剛錬兵を紙屑のように蹴散らせる王子級以上の者達が、どれだけ早く手を空けられるかに掛かっていそうだった。


「どけい!!

 ベイジ=ターニアス、推して参るぞ!!!!」


 抜けた兵達の穴を埋めるように、巨体を毬のように弾ませ、剛錬兵達に体当たりした。

 薙ぎ倒されると、自重があるだけに、剛錬兵も、ベイジも、そうそうすぐには起き上がれない。

 時を、兵達が退がれるだけの時を稼ぐのだ。起き上がれば敵の只中に立つことになるが、かつては頂天を目指していた身である。痩せても枯れても、雑魚に後れを取るつもりはない。


 それよりも、戦場に立つ王子級四人の戦況だ。

 彼が把握している限りでは、ノーコとキスケは王の戦いに加わっていったはずだった。

 残るは、カグナとクレナイの二人だが……。

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