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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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45.戦場の天秤

 その、爆発的な事象についていけたのは、片手の指で事足りる数の面々だけだった。


((キスケ様――!))


 まず、彼を注視すべき対象として、張り巡らせた感覚の根(・・・・)で共同して監視していたニレェーとクヌゥー。

 次に、当然言及するまでもなく二人の王。これらは何も感じていない。ただの瑣末事だからだ。

 そして最後に、その王達の近くまで来ていたノーコである。


「やるじゃん、トモダチ」


(プレイヤーなら、こうでなくっちゃ――!)


 カグナと対峙していた蛇女や、カグナその人は、そのどちらも、異能によって視界に収めていたにも関わらず、感覚が追いつかなかった。


(キスケ……キスケなのか?

 曖昧なる確影(たしかげ)が発動した魔力の質感があったのは間違いない。

 私以外、出来る者など、この場にいるはずもない。

 だが、林で奴らと戦ってから、たったの一週間だぞ……?)


 特別な感覚や魔法など持たない、ベイジを含めたその他大勢は、鋭敏な魔法使い達でさえ、いきなり爆音が轟いた以外、何も事態を掴めていない。


 唯一、クレナイだけが、音と、記憶していた位置関係とから、正しい推論を即座に導き出せていた。

 三本の短剣、そして槍で、化け蛙の舌と顎と両前足を縫い止め終わっていた彼女は、厭わしげに右手の小指を爪の上から噛み締める。


「ああ、妬ましい……」


 その髪は、鎧は、いや、露出の有無を問わず、衣服の中まで、あらゆるところが血で赤く染まっている。

 そして、その赤が、微笑(わら)った。


「本当に……疎ましいほど、愛おしいお方(・・・・・・)


 立つ、鎧の鼠径部を覆った股合いのパーツの、尖った先端から滴る返り血が、ぼたぼたと多量の波紋で揺れている血溜まりに、小さな波紋を付け足した。


 締まらないことに、当のキスケ本人は、一瞬宙に浮かされたせいで、天地の感覚がおかしくなって、石に挟み込まれながら逆さに地面に刺さっている。握りっぱなしの剣の切っ先と、足だけが地表に覗いている状態だ。


(呼吸、出来ねえ……っつーの!!!)


 これが、正史における、キスケ登壇の瞬間であった。


/*/


 影の残滓を用いて、アメーバ状に体を支えて引き抜きつつ、キスケは自分の能力を、やっと理解し始めていた。

 この世界に来てから一ヶ月。一ヶ月も、なのか、一ヶ月で、なのかは、当人以外からは異論の出るところではあるだろうが、当人にしてみれば革命だ。


(俺の呼吸は、世界を喰い取る)


 魔王の力というのも頷けた。息をするように世界を従え、我が物にするというのは、どう考えても聖なる行いではあるまい。

 最初に意識したのは、矮族との戦闘から離脱した時だ。駄目元でカグナから魔力を吸い上げたが、あの時に影を形成するための感覚が流れ込んで来ていた。でなければ、見様見真似で一つの技能を習得など、火事場の馬鹿力でも出来はしない。

 確信を持ったのは、炎の猿人と対峙し、そのことを意識して深く呼吸した瞬間だった。明らかにユニークスキルだったであろう何らかの力をすら、キスケは取り込んだ。


(この力、限りがないのか!)


 しかも、相手が強ければ強いほどリターンは大きい。

 残念なことに、猿人が使っていたユニークスキルは、名残りしか、もう感覚が残っていなかった。取り込んだとしても、どういう能力かの理解がキスケ側にも求められるのだろう。

 それをよく分かっていたカグナの影の能力は、この五日間で相当訓練を重ね、自分のものに出来ている。


 キスケは、アメーバ状にした影をうねらせ、するりと滑らかに体の上下を入れ替えて再び大地に立った。

 この、自分の体を再現せず、不定形のまま影を操るという発想も、キスケが独自に盛り込んだ工夫だ。これしきのイメージは、様々なコンテンツで目にした映像表現から再現出来た。


 戦場に影の目を展開すると、状況は僅かに我が方へと傾き始めていた。敵の主戦力のうち、三体までもが討ち取られ、残る一体も、駆けつけたクレナイの手助けにより、優勢に転じつつある。

 問題は、これらの有利を無に帰す、そしてキスケの運命を左右する、王達の戦いの行方。


(終わっちまってるんじゃねえぞ……!)


 友軍の中で、ただ一人、その戦いの早期決着を望まないでいるキスケは、相変わらず戦場の中心にあって戦場全体へと影響を及ぼし続けている巨大な二つの力が、拮抗していそうなことに安堵した。


 だが、そこに今、新たな要素が加わろうとしていた。


/*/


 悠久を生きた赤の王にしてみれば、生まれて一年にも満たない矮族の王種など、殻も割れていない王の卵でしかない。それでも一息に降せない理由は、卵だろうが有する膨大な耐久力を削るのに時間が掛かるのと、もう一つ、この戦場には、赤の王が、王種のみに専念できるほどの優秀な補佐がいないからでもあった。


 全ての民は、王にとり、大切な力の供給源である。王種の攻撃に巻き込まれて被害が出ないよう、丁寧に可能性を取り除きながら、対処している。この一工程が、赤の王の手数を減らしていた。


 その状況が、変化を見せ始めていた。


「《不可侵》、お手伝いに上がりました」


 ノーコである。

 彼女がタペストリーの如き精妙長大な魔法構成を人目に晒しながら割って入ったのは、二つの王の間ではなく、赤の王が負担していた、友軍防衛の箇所だった。

 巨大な魔力による空間の歪みを物ともせず、編み込んだ魔法をそれらの間に滑り込ませ、当人はそれによる予測から、体を張って王種からの流れ弾を受け止めに回る。


 いかにノーコの機動力が優れていても、その体はたった一つ、大きくもなし。赤の王にしてみれば、減っても小さな手間だ。だが、どこの軌道を防ぐ、確実に防ぐ、そう精緻に組まれた魔法で即時伝達されれば、微かにだが余裕は増える。

 増えた余裕が、攻撃の手数を増やす。その手数が、王種の攻撃の手を削り取る。


 天秤が、その傾きを徐々に加速させてきた。

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