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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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43.それぞれの戦い

 緊張からか、足早に己の敵へと向かったキスケが、周囲の様子までは見えていないだろうことを予感した三人の歴戦の女性達は、素早く意志の統一を図った。


「どうせ聞き耳を立てているのでしょう、《波濤》。

 私はあの醜い蛙を討ちます。《人間王の盾》にもお伝えくださいな」

[……不愉快だが承った、《虚火》。

 ノーコ殿、出来れば私があの顔に尾の生えた奴を押さえたい。何をしてくるか分からない。私の影の方が、《不可侵》よりは不測の事態に対応しやすいだろう]

「オッケー、お任せだよカグナさん」


 通り名の如く、無欠の防御力を誇るノーコは、辺りに吹き荒れる王達の猛撃にも一切構わず、軽やかに走り出す。自身で語った言葉が真実なら、筋力であるとか、体術であるとかの、ステータスなりスキルを持つことの出来ない彼女の脚力は、見掛け通りの一般人女性並みのはずだが──。


 疾い。


 魔法の余韻すら感じ取らせぬ、鮮やかな何らかの高等歩法を駆使している。

 敵との間合いが、数十、数百mと、飛ぶように詰まっていった。


「妬ましい……」


(同じスキルコア無しでも、魔法の有無だけで、こうも違う)


 クレナイは呟いた。彼女は鎧を身に纏っている分、走り出すことも出来ず、一番出遅れている。

 カグナは、影の力で加速しているのだろう、一歩ごとに地を割り、間合いを一気に詰めていた。

 それを見やり、また、呟く。


「ああ、世界はこうも妬ましい……」


 口にした恨み言とは裏腹に、昏い喜びが彼女の頬を歪めていく。


/*/


 一方、対峙する矮族の軍勢はというと、これもゆるゆると動き始めていた。

 重量がある分、それこそクレナイなどよりは、よほど足が遅い。だが、密集隊形を取って地響きを立てながら迫り来る岩石の塊は、兵卒達には十分な威圧感を与えていたようだ。


「は、話が違うぜえ……」


 何層かの緩やかな包囲の最前線には、ハースの部隊が立っている。

 帝国外からの派兵の大半が、機動力にも富んだ、魔法支援用の後衛だったためだ。

 兵達は、灼けた岩石の怪物と比べれば、数の上でも、また、体格でも劣っている。

 この上に、更に敵方からは魔法が放たれるという話だから、怯えもする。


「戦える相手だけと戦えって話じゃなかったのかよう」

「ターニアス様! 我々では無理であります!」


 すがれる対象のいる、ベイジの周りの兵達が、口々に弱音を吐き出した。

 弱音は次々感染し、多少の間合いを飛び越えて、包囲網の全体まで波及しかねない。

 だからベイジは、いつものように、にんまりと太い笑みを浮かべて告げる。


「私が行こう。蹴散らす。

 ピエール、使える連中を連れて後に続け」

「は、はいっ!」


 ぴょこたすっ。 

 跳ねるように歩み出て、ピエールが辺りを見回した。

 剣を掲げ、少年の高い声色で叫ぶ。


「怯むな! 僕らの日々の鍛錬を思え!

 炎の魔法は後方の仲間が防ぐ! 硬い体は僕たちの積み上げてきた鍛錬が斬り裂く!

 強くなれ、強くなれ、強くなれ! 僕らはここで、強くなるんだ!」


 山に森に谷にと、狩り出す労苦ばかりが掛かる、ただの矮族狩りとは違う、初めての修羅場に出た田舎の部隊が、今、試練を迎えようとしていた。


/*/


 真っ先に接敵したのは、やはりノーコであった。


 彼女は減速をせず、そのまま敵の巨体にぶち当たる。


「オゥ」


 呻く虎男。しかし、吹き飛ばされはしない。重量と筋力が彼をその場に踏み留めた。

 刹那の衝撃に揺れた視界の中、次に彼の意識が捉えたのは、隙間のある闇だった。

 顔に何かが取り付いている。


「?」


 反射的に、爪を燃やして振り回したが、眼前のものに爪が立たない。


「私の仕事相手は君じゃないんだ、ごめんね」


 その言葉と同時に、彼の意識はねじ切れた。

 隙間のある闇、それはノーコが虎男の顔面にかざした両掌であった。


 重たい死骸が地に倒れ伏す頃には、もう彼女の姿はそこにない。


/*/


 次に接敵したのはカグナだ。


「いつ、ぞやの……」


 赤黒い鱗で全身を覆われた、首の長い蛇女は、カグナを見覚えていたのか、のろのろと言葉を放つ。


 カグナは応ずることもなく、身に纏っていた黒い鎧……魔力で凝縮してあった影の塊を、一気に解き放った。


 影はドーム状に数十mを覆い、彼女自身と蛇女を閉じ込める。

 完全な暗闇が生まれた。


「視線で何かをする能力だと、種は割れているのでな。このまま死んで貰うぞ」


 カグナは無数の影の切れ端をドームの中に漂わせ、魔力で増やされた触覚でもって、敵の所在を捉え続けている。

 自分だけが自由に動くことが出来る、一対一ならば必殺の布陣だ。

 そのまま、無数の影を拳の形に固めて背から繰り出し伸ばした。何もさせることなく、袋叩きで圧殺のつもりである。


「そう……残念、ね……」


 だが、蛇女はしゅるしゅると足裏で地表を滑るように、繰り出された影の拳の回避をし始めた。明らかにカグナの動向を察知している動きだ。また、移動を阻害するはずだった空中の影にも、軟体の見せる、恐るべき変則的な回避によって、一つも引っかからない。

 蛇女の、額と両目の部分の眼孔から生えた蛇の尾。そこにミッシリと埋まっている眼球が、一斉に見開かれる。ドームの中の闇が、目の一つ一つから放射された火炎の輝きで払拭された。


「私、は……死んでない、けれど……?」


 嘲笑の響きが含まれた声。


「いいや、元より貴様は詰んでいる!」


 照らし出された影のドームは、既に、蛇女を中心にして、急速に縮もうとしていた。カグナ一人が自らの分身である影をすり抜けて、炎を回避し、荒野に再び姿を現す。

 ハースの庁舎ほどもある大質量が、内部に閉じ込められた蛇女を、もうじき押し潰すはずだ。


 渾身の魔力を籠め、影の圧力を高めていく。


「は、ぁ、ぁ……」

「!!」


 ぞるん。


 足元から、熱線が吹き上がる。咄嗟に飛び退いたが、眼前が一瞬炎に包まれた。

 炎が通り過ぎた後には、蛇女のぬるりと佇む姿がある。


「足元が……がら空き、よ……?」

複合獣(マザリモノ)の癖に、よくもそこまで蛇らしく動くものだな!」


 とらえどころのない相手を前に、カグナの戦況はどうやら膠着しそうであった。


/*/


 ジュラッ、ジュラッ、ジュラッ。

 生物的な粘り気のある音が、2m近い蛙の怪物の口元から鳴っている。その音の先には、口の中から長々と伸びた炎の舌が、鞭のように空中で振り回されていた。


「下賤な赤ですこと」


 前に立つのは、まともに真正面を見ることもなく、半目で冷笑するクレナイ。

 その手には、昨晩握っていたはずの薙刀ではなく、穂先の長い槍がある。


「クェェーーー!」


 突然、奇声と共に、炎の舌が高速で渦を巻く。

 渦に沿った形で炎だけが空間に残され、ひとつながりのそれらはたちまちに竜巻と化した。

 炎の竜巻は、対峙していたクレナイを包み、天を衝く。

 振り回す舌が次々と竜巻を生み、竜巻が竜巻を引き寄せ、肥大化の一途を進んだ。


 最終的に現れたのは、先刻溶岩の鎧へと姿を転じた炎の壁よりも天高く、降り注ぐ災厄のように火の粉を撒き散らす、炎の大竜巻である。

 地面から見上げれば、あまりの巨大さに、全容すら掴めぬだろう。また、全容が見渡せるほどの距離を開けていなければ、生じる熱波で一瞬にして観測者は焼け死ぬほどの熱量だ。


「ゲーーーッ!!」


 這いつくばる怪物は、まだまだ舌を振り回し、際限無く竜巻を育てようとしていた。

 このまま行けば、戦場の一角が竜巻に飲み込まれて壊滅するだろう。


 その舌を穿ち巻く、一条の螺旋が鋼色に光った。


「ゲァーーーッ!?」


 肉を抉られ、炎血を撒き散らしながら飛び退る化け蛙。

 大竜巻が、根本から抉れ、心持ち縮む。いや──。


 突き出された槍に掛かる部位から、炎の渦はみるみると、まるで槍に自ら当たって食い取られていくかのように、その規模を小さくしていった。


「あなた……愛おしく(・・・・)なくてよ?」


 槍のみならず、炎を突き破ってクレナイ本人が現れる。

 炎が、彼女を中心として球状に発生している、透明な何かに食い取られていく。

 瞬く間に大竜巻は竜巻へ、そしてただの余韻である熱風へと縮んでいった。


 そのまなざしは、蔑みに満ちていた。


「グァーーーー!!!」


 舌を傷つけられた化け蛙は、怒りに震えて炎のない舌そのもの(・・・・・)をクレナイに叩きつけてくる。

 槍を眼前で旋回させ、クレナイは舌を長柄で巻き取ると、気合一閃、「ハッ!」と地に突き立てて槍を手放した。

 腰裏から閃いた短剣が、厚く、長い肉の塊を分断する。


 吹きつける血しぶきに染まりながら、彼女はつまらなそうに呟いた。


妬ましくもない(・・・・・・・)世界(・・)

「シュゥウーーーッ!」


 化け蛙は、眼前の光景が理解出来なかった。

 何故なら、その身の血は煮えたぎった炎血であり、いかなる攻撃を受けようが、それ以上の被害を敵対するものにもたらすと、そう確信していたからである。事実、クレナイから離れた場所では、地面は血しぶきに溶け焦げ、グツグツと音まで立てている。


 傷ついた舌を振るい、血の奔流を彼女へと浴びせかける。

 何度も何度も往復させ、彼女の足元が血溜まりで踝まで浸かるほど、当てる。


「しぶといだけが取り柄の生き物は、嫌いです」


 ビチビチと痙攣する長い舌先を槍から切り払うと、クレナイは、再び槍を引き抜き、構えた。


「《波濤》のようで──本当、大嫌い」


 痺れを切らし、直接舌をぶつけるようにして攻撃を仕掛けてきた化け蛙に対し、体を旋回させて、避けながら間合いを詰めていくクレナイ。その血塗れの顔には、侮蔑の色だけが浮かんでいた。


 戦いは未だ終わらない。

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