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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
43/97

40.紅藍

「いつまでも、逃げている訳にも、いかんでしょう」


 天幕の中、子供のようにもたれかかってくるカグナに、ベイジは告げた。

 到着から更に二日過ぎた夜のことだ。


「逃げている、というより、近づいてきてくれないんだ」

「追わないことを、逃げる、というのですよ、カグナ様。

 本当に向き合いたいのであれば、諦めずに、自ら足を運ばねばなりません」


 すねた口調でカグナは言うが、ベイジは一向に取り合おうとしない。


「寄る辺のなくなった彼が、力を求めるようになっているのは、道理ですよ。

 同類の集まる連合(ユニオン)に惹かれるのも道理です」


 これは、キスケがノーコと共に、魔法の訓練に明け暮れていることを指す。


 矮族の王種…‥炎の魔法を操る眷族を成すことから、炎王と称されるようになった……が陣取る、炎の巨大な立方体を中心として、今、各国の重要戦力が包囲網を形成しつつあった。とはいえ、数が必要になるのは、雑魚の討ち漏らしを避けるためであり、遠方からの戦力は、盟約に従っただけの、個人単位での参集となっている。

 地元であるため、連携を図るべく、各勢力との折衝に当たるカグナやベイジは忙しいが、逆に、各陣営では、さほどすることもない。

 また、同朋である帝国内の勢力ならばまだしも、ノーコの例に漏れず、敵対国からの参集もあり、ホストとして気を使うばかりの時間を過ごしているのが、カグナ達の実情であった。今も、やっと赤の王を迎えての晩餐が終わり、明日の出撃に備え、最後の英気を養っている時間での、やりとりだ。


「道理道理というが、道理ばかりを気にしていて、やりたいことも出来ていないのが現状なんじゃないか」


 カグナは、背を預けている、分厚い脂肪の丸みに体を半ばまで埋まらせる。

 ふわっふわだ。

 重みを感じさせない感触が、布越しに、彼女を包み込んだ。


「ニレェーも、やっと起きたかと思えば、状況の確認だけして眠ってしまうし」

「一番疲れる役回りですからな。クヌゥー他、ハースにいる限りの樹人(ミドリ)も連れてきてはいますが、下準備で手が離せません」

「友達甲斐がない!」

「……食べる気も失せるほど、悩んでおられたのですな」


 ベイジは会話の途中を飛ばし、感じたままを口にした。眼下を優しい目つきで眺める。

 カグナが影を練り込むのに必要なだけの糧食をと、確保してきた分は、兵達に既に振る舞ってあった。

 食べることもまた、戦いの準備であると、普段から真面目に励んでいるカグナにしては、類を見ない。

 そもそも珍しいというなら、こうして愚痴愚痴つぶやきつつ、何も行動しないでいる状態こそ、珍しい。


「あれは、その、ノーコ殿が、そういうことなら振る舞っておいた方がよいと」

「如才ないお方だ」


 あちこちの陣営に顔を出してはつないでいるノーコの神出鬼没を思うと、ベイジも、おかしみを感じてしまう。

 伊達に、この二百年間、連合の右腕として名を馳せている訳ではないようだ。人徳もまた、学べる力である。

 カグナが新たな知遇を得て、成長を見せているのは、頼もしい。しかし、私事となると、こうも二の足を踏むとは思ってもみなかった。


(青の王国に入隊してから、昼も夜もなく地位を昇りつめたのとは、訳が違いますか)


 感覚が、子どものままなのだ。

 甘やかしているだけで済むのなら、妹のことが思い起こされ、微笑ましいのだが、戦いが終わればノーコもこの地を去るだろう。その時には、キスケも自らの去就について、決断をするはずだ。

 もう、あまり時間はない。


「夜明けまでには、会っておきなさい。ここしばらくは、また眠れておらんのでしょう。少しでも体を休ませねば、いくら赤の王がおられるとはいえ、王種狩りで不覚を取りかねません」

「……」


 無言で立ち上がったカグナは、そのまま小走りに天幕を出た。

 昼間に見せている、落ち着き払った態度はどこへやら、だ。


 ベイジは腕組みをして寝転がる。


「世話のかかるお方だ」


/*/


「あら、ここにいらしたのですね、影の君」


 クスクスと、粘度の高い含み笑いがキスケの鼓膜に絡んできた。

 やってきたのは、彼が予測していたのとは異なり、見たことのない、金髪の美女である。薙刀を携えており、月影にもまばゆい金色と、対照的に溶け込むような黒とで塗り分けられた、金属製の軽鎧を着こんでいた。


「妙な魔法使いやがるな。俺の影を消して回ってんのはあんただろ」

「フフ……」


 半ば伏せられた目が、妖しく翠にきらめく。


「その腕前で顔合わせにご列席なさらなかったということは、《波濤》の直臣でいらっしゃる?」

「そういうあなたはどなた様、っと」


 魔力を浅く籠めた人差し指を差し向け、キスケは軽快に警告を投げ刺した。


 美女は、宮廷の舞踏会場ででもあるかのように、悠然とした足運びを取る。

 近づくにつれ、影の目では捉えるまで近づくことの出来なかった、その女の輪郭が露わになっていく。


 短く刈り込まれた髪。毛先に手が加わっているため、優美さが、活動的な印象に滑らかに融和している。

 鮮やかなルージュ。濃く、刻印するかの如く、女性の存在感を、この上なく引き立てており。

 細い頬からは、独特な冷気があった。


「クレナイ=ローレル。赤の王が王子、《虚火(うつろび)》にございます。

《波濤》とは、以前に少々……殺し合いをいたしました仲ですわ」

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