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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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39.ベイジ、再び

「そういえばよ」


 と、キスケは魔法の訓練中、ふと思い立ち、ノーコに尋ねてみた。


「ステージクリア出来なかったプレイヤーって、どうなるんだ?」


 問われて彼女はきょとんとする。


「そんなの、どのゲームでも決まってるじゃない」


 ゲームオーバーするんだよ。


/*/


 三日後。よく晴れて、透き通った魔力の降り注ぐ昼下がり。

 一行の逗留している村には、千から成るハース軍が到着していた。


「また、お会い出来ましたな」


 亜人を中心とする人員の先頭に立つのは、4m超の巨魁を誇るベイジ=ターニアスである。


「私達の運命というのは、案外と分かち難いものらしい」


 迎えたのもまた、亜人の王子、カグナ=セイ。

 

「失礼いたします、カグナ様、ターニアス様!

 工兵隊25名、これよりただちに陣地の構築に掛かります!」

「うむ」


 敬礼と共に気勢猛々しく報告をしてきた部隊長へと、手で応ずるカグナ。


「私も今晩にはそちらに移る。ここの宿は、ベイジ、お前には狭いだろう」

「それで前回は本陣の候補から外したのでしたな」


 報を受け、間を置かずに発ったのだ。相当の無理があったろうに、はっはっは、と、にんまり太く笑うベイジの顔には、強行軍の疲労は見られない。

 精神的支柱を取り戻したような安堵感が、たった今をもって総指揮を執ることとなったカグナの胸に湧いてきた。


 見渡すと、皆、緊張の面持ちだ。

 平素から鍛えているとはいえ、大半が士級(しきゅう)止まりの、最下級兵に過ぎない。

 まして、敵は前回とは異なり、魔法を使ってくる、王種の眷族である。その危険度は段違いであることを、意識してしまっているのだろう。


(……よし)


 カグナは意を決すると、魔力をその薄い唇に漲らせ、号令を発した。


(みな)よ!

 王種討伐は初めてのことであろう。だが、案ずることはない!

 王には、王のみが対峙する。帝都より直に、四王のどなたかが、ここに立つ!

 開戦は王が到着なさってからだ。

 お前たちは、前回同様、自らの力量に見合った敵を相手どればよい。

 決戦にあっては我ら将級以上の戦士が主力だが、矮族を殲滅するお前たちこそが、この村の、ハースの、この国のための城壁となる!

 頼むぞ、一匹たりと討ち漏らすなよ!」


 複数の影を同時に口として展開し、ただ一人で朗々と響き渡る大音声の鼓舞を放ってのけたカグナは、言い終えるなり、兵達の反応を見ることもなく、踵を返してその場を後にした。


 戸惑いが、田舎町であるハース出身の一同の中を駆け巡る。

 一ヶ月もしない昔に、帝都から派遣された都落ちの王子として、ただ一人で戦いを背負って立ち、そして遂にはほぼ一人で討伐を果たしてしまい、自分達を顧みることもしなかった指揮官の、同じ口から発せられた号令であるのかと、耳を疑ったのだ。


「王子様が、俺達に頼むとよ」

「流霊族は、本当に変われば変わるもんだな」


 戸惑いは、やがて肯定的な感情へと変じていった。

 元々が、同じ亜人の仲間である。ヒステリックになられなければ、後は戦士達の性として、強さこそが至上の優先順位に置かれていく。


「俺達が城壁か。へへ、クヌゥーさんやニレェーさん達じゃなくて、俺達が」

「そりゃそうだ。この村が抜かれれば、ハースまでは一直線だぜ。そうなりゃ、相手は王種……」

「幾ら樹霊族の結界があろうと、ひとたまりもない。俺達がやらにゃあ、待ってる連中を悲鳴で泣かせちまうぞ」

「馬鹿言え、俺はここが故郷だぞ! 抜かせてたまるものか、ああそうだ、たまるかよ」


 高揚したざわつきを背に、満足げな口元を引き締めると、ベイジは兵を怒鳴りつけた。


「お前達、仕事に掛かれ!

 陣を張り終わったら、矮族どもの斥候や狩り担当を潰さねばならんのだ、休むにはまだ早いぞ!」


 はい!と、綺麗に揃った敬礼を受けつつ、彼は、カグナとは違う方角へ、ゆっくりと大股に歩き出した。


/*/


「……」


 熱ある揺らぎが、空間を、太陽の輝きとは異なる色で灯している。

 揺らぎの底を、掌で支えている手の主は、キスケ。村に背を向けるようにして、草原を向いている。

 不安定な魔法製の陽炎は、すぐに宙に散じてしまった。


 いや……。

 今度は、散じたはずの熱が、風を捕まえ、くゆらせていく。

 徐々に速度を上げて旋回する、細い風の流れは、村を囲う、高い並木の幹に、外側から当たり、びょうびょうと下生えをざわめかせた。


 その風が、やおら、止まる。


「ベイジさんかい」


 のそり、木陰から、何一つ隠しきれていない巨体の主が顔を覗かせた。

 その足元、超重量に踏み分けられているはずの草花が、足をどければ、ふわりと柔らかく立ち上がってきて、キスケの方へと歩き出したベイジを見送るかのようにゆらゆらと頭を振る。


「影の目、ですかな」

「驚いたよ。軍人として歩く時、音もしないんだな、あんた。見てなけりゃ、気づけなかった」


 そう言ってから、ようやっと振り返ったキスケの顔を見て、ベイジは気づく。

 右目が、赤く濁っている。それに、以前は纏っていなかった、魔力の薄い衣。


「よい師に巡り合ったようですな。たった一週間かそこらで、魔力の制御に目覚めるとは……」


 一週間前にはなかった、獣臭の如き獰猛な闘争心の漂う顔付きには言及せず、褒める。

 褒められ、剥き出しにして笑う白い歯が、また、威嚇のようだった。


向こう(ハース)で会ったんだろう? 話は聞いてるよ。

 ノーコならいないぜ、ずっと偵察に出てる」


 まんまるな黒目を大きく見張り、ベイジは頷いた。


「人間王の名代で来たと、仰られていましたな。

 それゆえ、此度の王種討伐、盟約に従った派兵分は、彼女一人が担うとも」

「は。ワンマンアーミーかよ」


 喉から空気を吐いて捨てるような笑い方をして、キスケは意外そうな素振りも見せずに合いの手を入れた。


「格だけで言うなら、あいつは王太子級だろう? ほんっと、規格外だぜ」


 王、王太子、王子と、上に行くほど、その力は人知を超越する。

 というよりも、王こそ、かつて魔力の源たる光の一族だったのだから、神に近い存在なのは、当然とも言えた。

 そこに、ただの固有概念(ユニークスキル)と、積み上げた技術だけで比肩しているのが、ノーコなのだ。

 この三日間、近くで片鱗を肌身に感じ続けたキスケには、今の自分の力量との隔絶した距離がよく分かっていた。


「……どうやら、その様子じゃ、あいつの用事じゃなさそうだな」


 ベイジが、真っ直ぐに彼のことを見つめていたから、察してキスケはその場に座り込む。


「いいぜ、聞くよ」

「時間を頂き、ありがとうございます」


 ベイジもまた、真向かいに腰を下ろした。

 座高ですら、2m以上も差があるため、キスケが見上げ疲れることのないよう、互いに相応の間を取り合っている。


「変わられましたな」


 ベイジは、その間を飛び越えて、いきなり本題をぶつけてきた。

 あぐらの両ひざについた手を支えに、キスケは斜めにかしいで笑って見せる。


「カグナに聞いたかい」

「いえ。今は、そのような場を設けるまで、まだ、時間が掛かりますゆえ」

「ああ、この目か」


 今思い出したみたいに、手を自らの右目の前にかざすキスケ。その表情は至って軽く、明るい。


「なんだろうね。この状態で固定されちまってて、治らないらしい。

 おかげでよく魔力の流れが見えるよ。血こそ人間が扱う魔法の源なんだろう?」

「いえ。それも違います」


 穏やかにベイジは否定する。その腰は重たく、据えられた岩塊の如く、軽い笑いの風では揺るがなかった。


「カグナ様と、一緒におられないようなので、変わったなと。そう、感じました」

「はっ」


 肩を竦め、眉と口元を歪めるキスケ。広げて見せた両手が地面に影を落とした。


「ハースでだって、結構離れて活動してたろ。

 あいつ、忙しそうだしな」


 ベイジは、その言葉には、むっちりと肉が盛り上がって首のない頭を両肩ごと振って応じる。


「失礼ながら、今のあなたは昔のカグナ様によく似ておられる。

 その、村中に張り巡らせている影の力といい……」


 そう言って、ベイジはキスケが村に展開している影の耳目のことを指摘した。


「強くあろうとするあまり、人を、寄せつけまいとする心のありようといい、本当にそっくりです。

 そんなカグナ様が、かつて、少しでも誰かのそばに居続けようとしていたと、お思いですかな?」

「……」


 キスケの口元から、初めて笑いが消える。

 ベイジは言葉を続けた。


「キスケ殿。王種の討伐は、王の責務です。王族ですらない、あなたが負うべき荷ではない。

 そんなに殺気立ち、あなたは一体何と戦おうとしているのですか? 一体、何者になろうとしているのです」

「生きたいだけさ」


 ぎろりと、血で濁った右目が限界まで見開かれる。


「生きたいだけさ。

 何も変わらない。

 敵がいるってんなら、そいつを」


 ギチ……。


 歯の食い縛りで、頬の咬合筋ばかりか、首の筋肉までもが盛り上がっていくキスケ。

 ますます獣じみた印象だと、獣霊族出身のベイジは思った。

 これは、獲物を前に牙を噛み軋らす、獣の顔だ。


「……カグナ様には、まだ、いずれ自らが、力ある者の務めとして、青の王を天へと戻し、その座に着かれるという夢がおありでした。

 キスケ殿は、何を目指しているのです?」

「強くなろうとするのに理由がいる世界だったかよ、ここは」


 キスケは言葉を被せ気味に放ってきた。堪えきれない衝動の籠もった、速さ。


「生きたい。だから強くなりたい。

 生きたい。邪魔をされたくない。

 だから強くなりたい。そんだけだ」


 端的に言い切る。

 それ以上のことは言わないし、尋ねさせもしない。

 そういう切り方だった。


「……昔話をしますとな、私はカグナ様に負けるまで、あの子の父親以外に、負けたことはなかったのですよ。まだ、亜人化魔法を使う前のことです。

 強くありたかった。人間などに負けるものかと、意気込んでいた。青の王に組したのも、私に勝った、あの子の父親が所属していたからです。強い者こそが正しく、強い者だけが救われる世界だ。

 強くなりたかった。自分を負かした相手に付きまとうほど、強くなりたかった。

 故郷を追われた一族や、弟達のため、どこまでも強くありたかった」


 切られたならば、間合いが遠かろうとも、継げばよいだけのことだとばかり、ベイジは言葉を連ねてくる。

 淡々とした口調だったが、底には曲がることなき何らかの意思が潜んでいる。そういう声色をしていた。


「そうして、幼子に負け、誇りを捨ててまで、自らを捨ててまで、強くなろうと、亜人になった。

 しかし、それでもなお、瞬く間に私よりも強くなってくカグナ様を見て、私は悟りました」


 掴めば子供の体なぞ、すっぽりと収まりそうな、巨大な掌である。

 ベイジは自らの手を見つめてから、もう一度、キスケを真っ直ぐに見据える。


「私の器では、ここまでだ。これからは、この子のために、より大きな力を育てるために、仕えよう。

 けれど、自分を捨て、自分を諦めれば、代わりに必ず別の何かが得られる、そんなことはありませんでした。

 ご存知でしょう。私は、カグナ様のためにと部下を率い、カグナ様の苦手を補おうとするあまり、カグナ様から大切なものを奪ってしまっていた。

 そんなものなのです、自分を捨てて得られる程度の結果なぞ」

「何が言いたい」

「逃げても、戦っても、己を捨てず、己に向き合い続けねば、何も得られぬということです。キスケ殿。

 どれだけ変わったと思っても、変わろうともがいても、生き物は、己の器からは出られない。

 私はカグナ様に、それを教えることが出来なかった。だから、キスケ殿、あなたに教えておくのです」


 むくり、と、肉の小山が立ち上がった。

 ベイジは会釈のみを残して去っていく。


 その、左右に揺れる巨大な体躯を見送りながら、舌打ちするキスケ。


「急に来て、急に昔話で、説教か。ちっ……」


 ベイジの見せる背中に、ずきりと胸が痛む。


『カグナ様のお気持ちから、目をそむけないであげてください』


 以前に交わした、約束の言葉がちらついた。


 見上げても、あの時輝いていた銀月は、昼間の空には、どこにもその色合いを見せていない。

 時刻はまだ、夕暮れ前のことである――。

仕事が忙しくなって投稿時間が遅れました。ベイジさん再登場。

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