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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
39/97

36.一夜明けて

(魔力を少し、使い過ぎたな)


 村の全世帯への通達を終えたカグナは、そのまま眠るともなく食堂で目を閉じ、身を安らえていた。


 ニレェーには、日中、特にこちらから呼ぶことがなければ、ずっと寝ているように指示を出している。喉のダメージもそうだが、しばらくは敵襲がないというのであれば、今後、戦場を構築出来る樹霊系の亜人として、彼女には力を少しでも多く蓄えておいて貰わねばならない。

 最も力の充実している時こそ、成長力の充実している苗木にも似た子どもの姿を取るのが、樹霊系亜人の特徴だ。逆に、傷を負っている間は、その深さに応じて容姿が成熟する。回復すれば、またいつもの背格好に戻ると知ってはいるのだが……。

 友人の見慣れない姿は、カグナをどうにも落ち着かなくさせる要因の一つとして働いていた。これも、ニレェーを寝かせた理由の一部だったかもしれない。


「あの、殿下」


 その後ろからそっと声を掛けたのは、宿の亭主である。

 カグナは眠気の名残りを追い出そうと、強くまばたきをしてから応じた。


「亭主か。すまない、場所を取っていたな」

「いえ、構いませんよ。どうせこの騒ぎだ、兵隊さん方がお越しになるまでまた客足は途絶えたまんまでしょう」


 前回の討伐においても、陣を張る際の拠点の一つとして、ここの宿は使用させて貰っていたので、亭主が言っているのは、そのことだろう。末端での手配なので、彼女は流石に覚えていないが、想像はついた。

 彼の方こそ、ろくに眠ってもいないだろうに、客商売故か、亭主は変わらぬ愛想で微笑みを浮かべ、カグナを気遣った。


「お休みになられるのであれば、お部屋で横になった方がよろしいのではと。僭越ながら、はい」

「ああ……」


 もっともな話だった。

 当面の宿として、カグナとキスケで広めの一部屋と、ニレェーの使う個室としてもう一部屋、取ってある。

 長机と床板を壊してしまっているので、後で弁償をせねばと考えて、カグナは急に億劫になった。

 キスケの件で気を使うのが、疲れてきたのだ。


(どうせ部屋に戻っても、一人か……)


 旅の間の、身を寄せ合うぬくもりや、ハースの自室での温かい寝床を思うと、冷え冷えとしているであろう、しかも汚れたままの部屋に戻るのは、気が進まなかった。

 嘆息と共に、頬杖をつく。


「いや、平気だ。それよりも、魔力を練るために、また食事を取らねばならん。

 私の概念(スキル)は、そういうものなのだ。味については細かいことは言わないから、火の通ったものを出せるか?」

「それは、はい。ですが、前回の皆様のお泊りから、そう間もないことでして、なかなかに村全体の食糧事情もままなりませんでね。あんまり多くはお出しできそうにないんです」

「……そうだったな」


 昨晩書面で試算した限りだと、ハースの部隊が逗留すれば、一日とは保つまい。当然、ベイジや輜重隊も、そのことは承知の上で糧食を運んでくるだろう。討伐に伴う遠征で、街の備蓄を相当吐き出した上での捻出なので、予算は相当厳しい状況に陥っているはずだ。

 これも、頭の痛い話だった。


「なら、酒でいい。あれなら多少は融通も効くだろう」

「はあ、村で作った安酒にはなりますが、はい」


 昨日から飲んでいるあれか、と、貼り付けられていた、擦り切れかけのラベルを思い出す。

 確かに村の名前が入っていたような気がした。


「世話を掛ける」

「とんでもない! 殿下を始め、軍隊さん方が守ってくれてこその村です。忌々しいのは魔族どもですよ」


 亭主はここぞとばかりに恨みをぶつけ、悪態の一つもつこうかと握り拳を作ったが、気を取り直して、その手を開いた。不安そうに、もう一度、開閉だけさせる。


「それより、矮族の王種が出たのは、今年もう二体目でしょう、殿下。海向こうの月の大陸(ムーナス)でも、一体出たって聞いてますよ。

 本当に大丈夫なんですかねえ、私は心配ですよ。災厄の日が近いんじゃないかって、女房も気を揉んでますわ」

「さて、それこそ私が王にでもなり、光の一族に伺わねば知れぬことだ。

 あれは数百年に一度、心配したところで私達の代で来るか、その孫子の代で来るかもわからない。

 さあ、それよりもすまないが酒をくれ」


 そう言って、体よく亭主を追い払うと、通った鼻梁から、静かに息を漏らした。


(どうあがいても、戦いは付きまとう、か。

 力あるものの宿命とはいえ、先が見えないのは、辛いものがある)


 王は、これを有史以来、たった一人で引き受け、戦い続けてきたのだと思うと、その位を引き継ぐ術が見つかった近世において広まった、不老不滅の絶対的存在となれることへの憧れとは程遠い、倦怠に似た血生臭さすらもが、我が身にまで漂ってきそうだった。

 世界の滅びに、その生涯のほぼ全てを捧げて挑み続けねばならない、王や、王以上の者達。その運命を打ち破るべく、禁忌であった王同士の全力闘争を始めた黒の皇帝の志が、分からなくもない。


(我が主が打ち破られた時は、恨みもしたが……)


 かつての怨敵に共感してしまったが故の、苦い笑いが腹の奥からこみ上げてくる。

 詮無きことだ。そう、感慨を切り捨てて、カグナは届けられた酒を煽り、腹に入れた。

 粗い精製のアルコールは、やけに喉を焼く感触がした。


/*/


「寝ないの? トモダチ」


 んーっと伸びをしながら尋ねるノーコ。彼女自身もまた、夜を徹しているはずなのだが、キスケの目からは、疲れや眠気などの濁った気配を察することが出来なかった。

 カグナといい、この世界の強者は、寝ないで済むのも一つの強みとしているのだろうか。

 そんな疑問を覚えつつ、確かに感じている眠気の存在を認め、彼は頭を振った。


(今更部屋に戻って寝てられる気分でもねえよ)


 仮に戻ったとしても、カグナが寝ている床に潜りこむのか?

 或いは、誰もいない冷えた寝床で、自分が暴れた痕跡の残された部屋で、眠りに落ちろと?

 どちらも御免だと、キスケは心の中で毒づく。


「気分じゃねえ」

「あはは、気分じゃないか。その理由で寝ないのって、すごく分かるよ、私」

「あん?」


 再びベッドに腰掛けているノーコは、キスケの問い返しに、手でバシバシと薄い掛け布団を叩いてみせる。


「疲労も眠気も、私の《不可侵》は通さないんだよ。だから、寝る時って気分次第なんだ」

「無茶苦茶だなぁ」

「そ。固有概念(ユニークスキル)は、伊達じゃないのさ。キスケくんは対人で使える奴なんだよね?」

「システムは、概念核(スキルコア)の変換に使っちまったって言ってるけどな。二つあったよ、どっちもろくでもねえ奴だった」

「二つかあ。あっは、連合(ユニオン)でいろんなプレイヤーと会ってきたけど、さすがに初期で二つ持ちは見たことない」

「後から身につけた奴はいるってのか?」

「うん、いるよ」

「ほー」


 どうも、話を聞いていると、その連合というところでなら、キスケだけが特別ということにもならなさそうだった。

 ノーコは足をぶらぶらと揺らし、思案するかのように明後日の方を見た。


「トモダチが寝ないんなら、私も寝ない気分かな。でも、どうしよう」

「何がだよ。そもそも話は終わったのか?」


 問うた途端、よそを向いていた目線が、キスケの目の中へと飛んでくる。

 真っ直ぐに反応してくるノーコに、内心舌を巻いた。


(不可侵不可侵と、事あるごとに名乗っちゃいるが、人の中に飛び込んでくる分には全然不可侵じゃねえな、こいつ)


 むしろ侵略者だろと皮肉な解釈を施す。


 自分にどんな評が下されているか、知ってか知らずか、彼女は人差し指を、ゆっくり、くるくると回し、その動きに合わせて目も回すことで、考え事をしている自分の状況を表現して見せている。やや、間抜け面とも呼べた。


「話すことが多すぎるんだけど、当分ここから動かないなら、逆に今じゃなくってもいいかなって気分。

 何しようかなー、何しようかなー、今、考えてますよー」

「話しゃいいだろ。俺も暇だ」

「お、余裕が出てきてるね?」


 ピタリ、指が止まった。銀色の瞳が、再び鮮やかに輝き出す。

 むっふ、と、ノーコは悪戯っぽく両頬を笑みで持ち上げた。その唇は綺麗に弧を描く。


「でもね、やっぱり話さない。

 私と違ってトモダチは、寝ないと頭が疲れるからね。

 ちょっと修行に出てくるよ」

「修行?」

「魔法のね。これが私の生命線なのです」


 にまー、と、今度は強気に自慢げに笑ってみせたつもりの彼女の顔が、キスケには、どうにも少年めいて映っている。そう、それこそ友達にとびきりのものを紹介する時の、あの表情だ。

 魔法の修行という単語にも興味が湧いた。


 キスケは椅子から立ち上がり、ズボンの尻を払いながら頼み事を口にした。


「俺にも魔法、教えてくれよ」

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