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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
32/97

30.アマイモン

「キスケ…どこへ?」


 頭冷やしてくるだけさ、と、カグナの頭を撫でてから、俺は部屋を立ち去った。

 去り際、強がりにでも、笑えていただろうか。


 踏みしめる床板、廊下を抜けて、人の行き交うロビーを、手を挙げて笑いながら通り抜ける。

 人の顔が見えない。頭の中が歪んで認識できない。誰と目を合わせることもない。ただ玄関だけを見つめて、平気なふりをして、俺は外へ出た。


/*/


 左足を引きずり、空を見上げる。

 呼吸が浅い。胸が苦しい。ずぶ濡れのまま、それでもどこかへは行こうと、進んでいた。


 乱反射しそうになる思考と感情の合わせ鏡の中から、呼吸と、心臓の脈拍だけに、意識を合わせようとして、口元が歪む。


(呼吸も自由に出来やしねえ)


 訳もなく、走り出したくなった。

 林のあった方へ行き、思いっきり深呼吸をして、見つけた敵をぶん殴れるだけぶん殴ってきたい。

 曲がってしまった剣を拾って帰ろう。荷物もだ。せっかく料理を褒められたのに、料理道具は投げ出したままだ。この雨に野ざらしで置いたら、一晩で錆びてしまう。

 ハースの庁舎で、一式の旅荷物を受け取った時の感慨が蘇る。

 くそ。どうしてだ。どうしてこう、当たり前のように受け取って、失くしてから気づくんだ!


 誰かいないか、あたりを見回す。

 誰でもいい。話がしたかった。しかし何を?

 駆け戻ってカグナの胸に顔を埋め、震えたい。

 寒い。雨がひどく寒い。

 こう寒くちゃ、呼吸が浅くなって、息もろくに吸えやしない。

 雨音しか聞こえない。足の骨が熱を帯びていてうずく。


 落ち着け。俺は冷静だ、冷静になれる。

 張り付いて鬱陶しい前髪を払い上げ、いつもとは違う髪型になる。

 誰か、誰か、誰か。誰でもいい、いてくれ。


 自信がないんだ。


 何の記憶もない。自分が何を成した人間で、何者なのか、自信がない。

 事実だけが記憶の中に羅列されてくる。

 カグナと出会い、壊した。ベイジさんと出会い、約束した。ニレェーとクヌゥーと出会い、話を聞いた。ヤースさんに見てもらい、スキルを知った。旅に出て敵を見つけた。

 自分が何をするべき存在かを知った。


 そこで俺は何をしてきた?

 何も。何もしちゃいない。

 漫然と生きて、漫然と選んだ。


 違う、痛みが確かにある。

 不可避に壊した。不可避に戦った。不可避に逃げた。

 痛みしかない。喜びがない。


 ただ与えられた食事を摂り、笑えていなかった。

 俺は誰だ?

 喜びを貪る者じゃないのか?


 無理矢理に口元を笑わせた。


「ハ、ハ、ハ」


 最初に意識を取り戻した時、自分を誰と思っただろう。

 聖書になぞらえれば聖人? 魔人にゃ、とんだ皮肉だな。


 切れ切れにでも、笑う。

 自由はどこだ。どこに遊びがある。

 遊ぶ中身を自分で見つけろ?

 見つけられない奴もいる。


 それでも。


「ハハハハハ」


 歯を食いしばり、その隙間から笑い声を挙げる。


 息をするだけで心地よかったはずだ。世界を貪る魔王の力だ。

 その俺に、世界を救え? いいさ、こんな世界、どうせよくも見知ったわけじゃないだろう。ファーストステージをクリアしたら、適当な報酬を選んでおさらばしよう。それでおしまいだ。

 全部は選べない。何を持って帰ろうか。

 カグナがいてくれると楽かもしれないな。学校でも格好がつく。そうしたらあいつらも少しは見直してくれるだろう。

 鼓動の力をそのまま持って帰ってもいい。魔力のない世界でも力は働くのか?


 口を大きく開き、鼻や口に雨粒が飛び込むのも構わず、笑う。


「ははははははは…!」


 思い出が何もない。

 こっちでも、あっちでも。

 俺には何も掴めない。

 チャンスがあっても、何も。


「はははははははははははははは!!!」


 目が、笑う。


 ダン!!!


 左足を踏みしめた。骨の亀裂が明らかに広がり、激痛が走る。雨粒とは違う質感が、自分の肌に浮いてきたのが分かった。


 貪ることを怠っていた。

 痛みも、喜びも、全て。


 踵を返して宿に戻る。


/* Open True Time */


 もしも全てやり直せるとしたら、お前はどうしたい?

 ……僕は一体、どうしたい。

 どうしたかったんだろう。ゲームの世界に行くことで。


 認められたかった?

 クリア報酬を手に入れて、僕も、皆と同じになりたかった。

 同じって、なんだろうか。


 笑いたかった。喜びたかった。

 生きているだけで幸せになりたかった。


 お前はどうなんだ。

 今、幸せか?


 僕よりも、幸せか?


 なんでそんなに苦しそうなんだよ。

 どうしてどこへ行っても辛いんだ?

 僕が、僕だからいけないのか?


 僕じゃなくても(・・・・・・・)僕から生まれたら(・・・・・・・・)、もう、駄目なのか?

 記憶さえ失っても駄目なのか。じゃあ、どうしたら良かったんだ。


 お前はどうするつもりなんだよ。

 キスケ。

 キスケ・アマイモン。


/* Error */


システムメッセージ:

変速時間への切替時に、人格の再同期認証に関する不具合が生じました。アウター()インテリジェンス()「キスケ・アマイモン」との接続が一時的に失われ、以降、不適合人格として処理されます。

外部人格の喪失に伴う強い衝撃症状をご自覚の方、またはカウンセリングをご希望の方は、ただちにXXXまでご連絡ください。

そろそろ仕事してなかったタグが働きます。

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