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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
30/97

28.撤退

「起きろ、起きろ起きろ起きろ起きろ起きろーーーーっ!!!」


 何かが奪われた、甘い余韻と浮遊感に呆けていると、額をノックする痛みに意識が覚醒する。

 キスケの顔があった。鼻の先が、触れ合っている。

 思わずそっと目を閉じ、顎を上向きに傾けて唇を差し出した。


「カグナ様、寝ちゃ駄目ですーーー!」


 痛っ。誰だ、この声はニレェーか?

 足を蹴るな!

 ん……キスケの顔が真正面にあるのに、ニレェーもすぐそばにいるのか?

 どういう状況なんだ?


 魔力を練り、目を閉じたまま()で周囲の視界を確保しようとする。

 ……出来ない。ない。ごっそりと、魔力が抜け落ちている。

 そもそも、溜めておいたはずの影すら、目、一つ分を呼び出すほどの魔力もないというのは、おかしい。

 影自体も、ガクンと減っている。

 仕方なく薄目を開けた。


「ふんッ!」

「あがっ!?」


 キスケから、頭突きを貰った。

 い…痛い? 頭突きでか?

 キスケの筋力が相当上がっていることを実感する。いや、そもそも、私の腰はキスケに片腕で抱きしめられている。その感触がある。自重を制御出来ない状態の私を抱え上げるだけで、かなりなものだ。

 そして、今、周りは……


(そら)かっ!!」

「そろそろ落下だよっ、着地準備ヨロシク!!!」


 眼下では、燃え落ちる林と、林を中心に延焼が広がっている草原が、拳ほどの大きさになっていた。耳元には轟々と風切り音が響いている。

 信じられないことに、キスケは私とニレェーを抱いたまま、地上が遠く見えるほどの高度まで跳躍したようだった。


「キスケが着地するのでは駄目なのか?!」

「駄目、よく見ろ俺の足!」


 あ、片方折れ曲がってる。

 ……。


 浮遊感が、静止に変わる。


「どうしよう、キスケ」

「何が! ほら、影の足で着地! 頼むよ!」

「私、魔力切れしてるみたい」


 落下が始まった。


/*/


 重力は、俺に対して害意がある。あってもいいと思う。むしろ害意を持て、持ってくれ!

 現実逃避に1秒掛かった。即座に深呼吸を開始する。


「ほ、補助します!」


 ニレェーが腕の中で魔力を練り出した。あちこち煤けたその緑髪から葉が伸び、俺の体に巻き付いていく。が、何をどう補助されているのかが分からない。ひょっとして、もう発動している系ではなく、最後に発動する系なのか。待て、お互いの意思疎通が大事だと思うの、見当違いのところを補助してたら死ぬよこれ!


「矮族達が……」


 カグナが下を見ながら呟いた。

 目をやると、炎の華が、地上に咲いている。

 放物線の軌道的に、あそこからどんどん遠ざかりはしているが、所詮は大ジャンプ一発。とてもじゃないが、安全な距離を取り切れた気がしない。

 どうしよう、どうする。時間とか空間とか、俺に害意を持たないか。ほら、世界、俺のこと憎いだろう、物理法則なんて捨てて掛かってこいよ!

 深呼吸しながらの現実逃避は、まだ建設的だった。吸い込みが終わらない。終わらないうちに着地というか、着弾しそうだ。落下速度はいよいよ加速していて、考えがまとまるよりも早く事態が終わりそうだ。ちくしょう、空気がやけにうまい。

 炎の華は、さながら地上に刻印された魔の象徴か。どんどん巨大に見えていき、どんどん視界から見切れていく。

 やるしかねえなあ、これ!


「カグナ、確影(たしかげ)のコツは!」

「自分を増やせ! い、いや、出来るのか…?」

「出来なきゃ死ぬでしょうが!」


 集中、するには時間がない。

 増やす、増やす…自分を?

 本当は、そんなファンタジーな感覚持ち合わせてねえよ、と答えたい自分もいたんだが、言ってる意味が、なぜだか分からなくもなかった。


 足だ。折れてる足に、無事な足のイメージを重ねる。

 体の芯が熱く疼く。そこに、ニレェーの気配がそっと絡みついてきた。驚くほどイメージが鮮明になる。

 もう出来るかどうか考える時間もない。必要もない。


 ちゃ、く、ちぃぃいぃぃーーーー!!!


 ゴソッと、吸い上げた分の魔力が失せる。衝撃。

 足だけじゃなく、当然全身に衝撃が走って、そして、肩が外れた。腰も抜ける。姿勢が保てない。

 でぇも、ここで踏ん張るのが、


「男の子ってもんでしょがーーーーーッ!!!!」

「おおー」

「キスケ、やったな!」


 へ、へへ…。


「王種の動く気配がします、すぐにでも近隣の村に知らせないと」


 林のあった方を振り返ったニレェーが、余韻に浸る間も無く告げてきた。


「歩くだけなら出来るな、カグナ!」

「走っても見せるよ。けど…」

「なら肩貸せ! まだ終わってねえ!」


 これがただゲームの顔見せイベントなら、逃げておしまい、力を蓄えて然るべき時に挑戦だ。でも、俺はそれを認めない。


「被害を抑えて、迎撃の準備だ!

 俺らが勝てなかろうが、誰かが勝ちゃあ勝ちなんだよ!」


 そうともよ。

 主人公ムーブで大将首取るより、俺の選ぶ勝利はそこにある。

 だから今は、撤退だ!

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