3.辺境城門都市ハース(飛ばし推奨)
2018-03-27:差し替え。
2020-03-09:1~2を旧版に差し戻した結果浮いちゃった話です。前後とつながらないので飛ばしてください。
「王子様?」
「王子様!」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
左右から、可愛らしい幼な声がハモりながら響いてきた。
刻は既に朝。
月は姿を隠し──沈むのじゃなく、文字通り薄っすらと輪郭を消していった──、太陽が代わりに天頂へと現れ、照り始めている。
夜っぴて歩いてたどり着いた、巨大すぎる石造りの門。
その威容に似つかわしくない、小学生にも届いていないような、幼児の背丈をした二人組が、俺たちを挟み込むようにして駆け寄ってきていた。
髪のところどころが太くなり、枝分かれしており、その先に緑の葉が生っている。そういう容姿だ。
濃い、樹皮の色をした肌。
爪は、朝日を浴びて、琥珀色に輝いている。
瞳が星のように尖っていて、目の中を一杯に占めていた。
その色は、先程までいた草原のように爽やかな緑である。
門番にしては軽装すぎた。
服すら着ておらず、背丈ほどもある杖しか持っていない。
髪と、そこから生える葉とで、裸体を覆っているだけだ。
本当に、所属を表す腕章一つすらない。
呼ばれたカグナは、鷹揚に、頷きでもって彼らの敬礼に返答すると、久方ぶりに口を開く。
「かの国から捕虜を得た。力を封じる事が出来ぬ。
ゆえ、私が直接王都に赴いて拝謁を賜る」
本当に久しぶりに声を聞いたぞ。
何しろ、ここまで歩く傍ら、声を掛けても返事すらしなかった奴だ。
無駄のない、抜き身の美には、日用の柔らかさは宿らない。
そういう事か。
ここまで同道していた道行きで、初めて俺の前に歩み出るカグナ。
その姿を、ようやっと観察出来た。
濃紺の髪、長く、腰裏にまで届くほどの丈がある。
髪には幅があって、腰よりも広く出ているほどだ。
もっとも、これは奴が細身すぎるせいもあるだろうな。
カグナには、門番らしき二人組とは違って、非人間的な要素も見当たらなかった。
ついでに言うと、武装も一切ない。
防具すら、だ。
ただ、装束には上等さが伺えた。
白地の艷やかな光沢は生地の確かさを、左胸に縫い込まれた紋章の意匠には背景となる組織の厚みを、それぞれ示している。
薄青い紋章。その色と同じ糸で、手がけた服飾家のデザイン性を感じさせる、全ての意匠は施されていた。
「これを我が王の臣民とする。
私が付いて回れぬ時のため、ニレェー、約定に従って、共に来い」
「ふわっ?」
告げるなり、有無を言わさぬ物腰で、カグナは門へと突き進んだ。
ニレェーと呼ばれた子は、頓狂な声と表情とで慌てて後ろをついていく。
俺は、呼ばれなかった方の子と目線を交わした。
視線で促され、仕方なく、俺も後に続く。
その足が、すぐにまた止まった。
門に行き当たったからだ。当然、閉じている。
「開門はどうするんだよ」
門は、優に霞が関ビルほどもある。
連なる城壁も同様の高さで、地球の常識から見たら、常軌を逸した存在感を放っている。
これを作らせた側も、作った側も、ついでに言うと維持している側も、バカなんじゃないかと思った。
一体何と戦う前提だ。
するとカグナは肩越しに片目で俺を見た。
無機質な──いや、違うか、これは冷ややかな目線だ。
切れ長で細い癖に、刃物の重みをも宿した目線だった。
どこか、濡れたような質感も漂っている。
片手で門を押しあける様を見て、大概、頭が痛くなった。
魔法仕掛けとかじゃないのかよ。
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どう、と、活況が、巨大な城門の内側から、雪崩を打って湧き出てきた。
「順番通り、順番通りだ!
事前に確認した通り、順番通りに通れ!」
「調べを受けておらん者はその後だ!
出てから急げ、道理は分かるな、ここでの遅れなどさほども時程に響かんだろう!」
まず出てきたのは、巨躯の青鬼たち。
二本の白い角を頭から生やし、明らかに俺の倍ほども大柄で、肌色は鉄のように青い。
これを青鬼と呼ばずして、何と区別したらいいのか分からん。
彼らは一様に巨大な金棒を持っていて、厚い、鈍色の金属鎧も身にまとっていた。
背に翻るは、薄青いマント。
次に、その青鬼たちが門の中ほどまで来て立ち止まると、左右に空いた大きな道幅を、車がゆっくりとした速度で走り抜ける。
荷台を後ろに牽引し、そこを覆う幌が掛かっていたり、いなかったりするそれを、どうにも俺はうまく名付けられない。
馬車ではない。牛車でもない。
というか、引いている動物の種類が分からん。
鳥か?
しかし羽根はない。そもそも鳥なら飛べ。
青鬼たちよりも背が高い。
足がデカく、首は長く、車とつながれた胴体には羽毛が生えている。
鳥なのか。ダチョウとか、ドードー鳥とか、そういうたぐいなのか。
目覚めた時と同様、また粒のようにプツプツと疑問が湧くも、目にした光景が、それに集中するのを許さなかった。
情報量が多すぎる。
次々と流れ出ていく鳥車は、カグナや、その周りにいる俺たちを大回りに避け、道へと吐き出されていった。
カグナは一切構わず、むしろ流れの真ん中を割るようにして前進する。
鳥車や、その御者台に座る様々な容姿の者たちも、慣れているのか、器用に左右へと分かれて避けている。
石の肌の小人?
様々な獣に似た、バラバラの容姿の、人間もどき。
時たま、後ろの荷台からはみ出して姿を見せる鬼。
むあっとした、自分とは異なる生き物の匂い。
荷台に載せられた樽やら、樽以外の固定された何かやら。
チラチラと、それらの間から向こうに覗く、町並みと空。
その空から、今度こそ鳥だろうか、いや──人だ。翼ある人らしきシルエットが、頭上を通り抜ける。
いずれも大人しく黙っていない。ガヤガヤと言葉を交わし、あるいは車を引く鳥への掛け声を飛ばす。
現代の地球にある雑踏とは、比べ物にならないほど少ないはずだ。
少ないはず、なのに────……。
行き交う自動車、立ち並ぶ建物、それらの持つ質量や速度とは比較にならないほど、小さいはずなのに。
それらの未知が、俺の脳を強く揺さぶって叩いた。
「ようこそ」
その中で唯一、俺に向けてだけ放たれた声が、隣から聞こえてくる。
門番の、ニレェーという子の声だった。
「ようこそですよ、捕虜さん。
ここが青の領域の最果て、その一つ。辺境城門都市ハースです」