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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
29/97

27.脱出

 俺は状況を確認する。

 林の奥深くまで分け入ったら、そこかしこにウロコザルがいて、カグナやニレェーに炎を吹きかけている。道中と変わらんな。やはり、亜人と矮族は、同じファンタジー種族でも天と地の差がある。

 あたりには、もはや無事な木など一本もなく、現在進行形で傾きつつあるか、炎上しているか、倒されているか、そのどれかの複合、もしくは全部の合せ技。立ち込める煙で視界は悪いわ空は見えんわ、地獄の有様だ。

 そして、場の中心には炎の渦がある。その手前側にカグナとニレェーがいて、俺は後ろから駆けつけた格好だ。二人に近づきやすいってのは助かるが、状況把握の材料としちゃあ、あまりいい情報じゃあないな。この位置関係、たまたまってことはあるまい。

 渦を囲むのは、四天王めいた異形の四体。連中が立ちはだかっているのだとしたら、数の差をものともしないカグナの能力をもってしても難敵ということになる。


「っつーか、さすがに撤退だろ、ニレェー。これは、ダメだ」


 笑いと共に、心の中の澱をありったけ吐き出しているかのような、カグナを見る。

 ただ一人の体から、人が、建物が、地形が、質量ある影として、無秩序に黒い濁流を押し広げている。影は場の何もかもを乱して、しかし、砕かない。まるで制御されていない。それが皮肉にも、林そのものを、こじ開けるようにして広げており、林が炎に完全に飲み込まれることをかろうじて阻止していた。

 口を閉じ、鼻で吸う。足場にしている倒木が、影の濁流に押されるも、不思議と今の俺には足裏が樹表から剥がれる気がしない。ああ、俺は、立ち続けていられるぞ。こんなところでも、だ。


「《鼓動》の力を、使っているのですね」


 ニレェーが、複雑そうなまなざしで確かめてくる。さすがは監視役、ひと目で看破されたな。

 そうだ。今、俺の体には、かつて魔王が使ったと言われる力が駆け巡っていた。

 ニレェーとクヌゥーから聞かされたおとぎ話には、その詳細は含まれていなかったが、分かるぞ。


「お陰さまで、ここに立つまでは、出来たぜ」


 熱が心地よい。呼吸からと言わず、露出している肌からも、いや、目からさえも、熱を吸って力に変えているような、強い快感がある。……とはいえ、目からは、敵方に凄いビジュアルの奴がいるから、あんまりイメージしたくはないか。


 これだ。

 この、あらゆるものとつながり、その力を我が物とする、絶大なる快感を伴った感覚。

 これこそが、《鼓動》なんだ。

 なるほど……。

 ろくに魔法も知らん俺が、たやすく状況に適応出来る。これだけで、この力の危険性の一端が垣間見えた気がした。

 だが、渦を囲む四体のうちの一体、赤き眼光を迸らせる、全身の体毛が燃えている炎の猿人が口を開いた途端、熱を超えた熱が血液をグラグラと揺さぶった。


「何、だ、貴様は……」


==【固有概念(ユニークスキル):歓喜】==


「!?」


 ユニークスキルが即座に発動した。

 何らかの攻撃だったらしい。だが、手応えがこれまでと違う。


 弾かれた(・・・・)


 炎の猿人もまた、その緋色の目を見開き、驚愕を露わにしている。


「…………」


 猿人は、その驚愕を収めていくにつれ、言葉でではなく、行動で語り出した。

 四角形の陣を自ら崩し、カグナに接近し始めたのだ。


 咄嗟に木から大地へ飛び降り、俺もカグナに走り寄る。そう来られると、こう進むしかなくなるよなっ!!


 呼気、吸気、呼気、吸気、呼気……呼吸だけは乱せない。呼吸を最優先に集中する。

 集中するほど、場の熱が俺に入り込む。筋肉、骨、神経にまで、灼動の爆発的パワーが入り込んで、俺を俺以上に引き上げ(・・・・・・・・・・)、突き動かした。


「おおお……っ……!」


 見よう見真似で、かつて草原でカグナが俺のところにまで駆けつけた姿をイメージし、


 ダンッ!! ダンッ!!! ダンッ!!!!


 炎ごと、そしてカグナの影ごと、あるいは生木の枝や幹ごと、大地を踏み割り、加速する。

 踏み割る足裏からさえ、快楽が入り込む。何かと自分がつながる心地よさ。

 ああ、気持ちが良くて、気持ち悪い。


 剣を振りかぶって、太刀筋を定めた。


「ゼェェアッ!!!!」


 噴出する家の影(・・・)を斬り、そのまま炎の猿人めがけて家の半分(・・・・)を剣に乗せてブン投げる!

 向こうも相当足は早かったようだが、さすがに間に合わず、飛来してきたものがデカ過ぎて、そのまま迂回もできずに影で出来た建物の断片に激突する。

 出来るもんだな、おい。

 大質量をただの剣で切り裂くために絞り出した気合、そのために呼吸が乱れた。加速も途端に鈍る。熱い。ただ熱い。慌てて呼吸を整える。


「いい加減止まれ、近寄れねえよ!!!」

「あはは、あはは、あはははははははは! ……は?」


 苦し紛れの叫びに、しかし、カグナは惚けたように笑い声を上げ続けるのみで、応えはない。

 炎の猿人との激突で砕けた家の影は、制御を喪ったのか、スゥ……と輪郭を淡くして、そのまま消滅していく。下から現れた奴は、無傷だ。


==【固有概念(ユニークスキル):歓喜】==


「っ、くうーーー!!」


 目線が絡んだ瞬間、互いの殺意が交錯した。同時にユニークスキルが発動、またしても弾かれる。

 これが通用しなきゃ、後はここまでやって見せた《鼓動》でのブースト以上の武器がない。つうか、他の三体も元の位置から移動し始めている。まずい。

 カグナも未だ止まらない。これが一番まずい。引くにせよ、進むにせよ、意識を引き戻さないといけないのだが、俺に害意を向けているわけではないからユニークスキルで止まらない。止められない。


 だったら…………


 害意を(・・・)向けさせればいい(・・・・・・・・)な!!!!


「ニレェー、木かなんかを思いっきり育てることって出来る?!」

「この状況では無理なのです!」

「ですよねー! だったらこの後すぐ!! 俺とカグナにひっついてろ!!!」

「何をしますか?」

「離脱だろうがよ!!!」


 炎の渦が、徐々にだが解け始めていた。中から何かが現れかけている。ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。絶対あれは序盤に遭遇戦していい相手じゃない。顔見せイベントで済ませろ!!

 炎の猿人を含めた四体はおろか、それまで散発的にニレェーとカグナに炎を吐きかけていたウロコザルたちまでが、渦の中心へと傅き、注意が完全に俺達から外れている。


 思い切り、息を吸う。


 これが、ここで吸える最後の息だ。だから、思いの限りを籠めて吸う。


 足裏から肌から顔から口から鼻から腕から耳から

 土が風が熱が魔力が炎の煙が力が音が

 吸 い 寄 せ ら れ て く る ! ! !


 吐く!!


「カグナァーーーーッ!!!!!」


 跳躍し、そのままカグナに(・・・・)剣で切りかかった。

 真上にだけは、影の噴出が、ない!!!


 惚けたまま、上空を見つめていたカグナの顔と、目線がかち合う。

 青い瞳。ぼやけていた、その焦点が、急接近する俺という危険にピントを合わせ始めた。


 斬撃。

 肩から入って、ダメだ、切り抜けられない、剣がべにょって曲がった!

 なん……って重たい手応えだ、中身どんだけ詰まってんだコイツは?!

 だが、痛みらしい痛みは与えられたようで、カグナの目つきが自動的に険しくなった。


==【固有概念(ユニークスキル):歓喜】==


 ここだ!!


「おおおおおおォォおぉおおおおおおぉぉオオオオオ!!!!!」


 言われた通り、こちらへと走り寄ってきたニレェーへ、来い!と手招きをして、飛びつかせる。

 それを片手で抱きかかえ、ブツンと糸の切れたように止まったカグナの腰をもう片方の腕で抱いた。


 おっもいなあ、カグナ!!

 まだ、魔力で形成した質量の余韻が抜けきっていない。


 チラ、と振り返ると、まるで炎の渦が花開くように広がって、魔性の眷族どもを除く、障害物の全てを燃やし尽くしている最中だった。炎の巨大な花弁は、すぐ後ろまで迫ってきている。このまま見ていれば、中から何者が現れるのか、あるいは見届けることも出来たかもしれないが、そんな余裕は全くない!


 やむを得ん。呼吸はもう、これ以上使わない。

 呼吸はな!!


「借りるぞカグナ、ニレェー!!」

「ん……ん?!」

「一体何、を……く……?!」


 ニレェーの小さな手をきつく握りしめ、吸う(・・)

 カグナの唇に口を重ね、吸う(・・)

 もう、空間からじゃ密度が足りん、速度が足りん!!


 ズキュウウウウウ!!! と、二人の体から直接魔力を吸い上げ、ありったけ足に集め、踏みしめる。


「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 ドゴオオオオオオ!!!!


 二人を抱えたまま、煙を突き抜け、林を飛び出し、天空へと跳躍した。

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