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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
23/97

21.出立

 旅立つまでの数日は、優しい時間で過ぎていった。

 学校の授業に混ぜてもらった時なんかは、子供たちが代るがわる俺に世界の成り立ちやら、一般常識やらを教えてくれて、あっちもいい勉強になったみたいだ。

 教室へ様子を伺いに来たカグナも、随分懐かれていた。あんまりに子供たちが無礼すぎるんで、校長が目を白黒させていたのは傑作だったな。

 夜には、そのことを思い出して、気恥ずかしそうに、でも、とても嬉しそうに語るカグナのことを、俺は頬杖突きながら眺めていたっけ。

 街中でカグナのことを陰口叩いていた連中に、絡んでいったこともあった。ユニークスキルがあるからと、割りと居丈高に威圧して、追い散らしたりもしてみた。そうしたらこの一件で、俺がカグナに並ぶ新しい戦士だとか、噂が立ったという、なんだ、この、本当に力こそがパワーな社会ですね、同じ位の強さがないと、隣に並ぶことも認められないんですか? な、展開もあった。

 そうそう、例の《魔人》、あれは、兵士の戦闘訓練に混じってみても発動しなかった。訓練風景は、戦場さながら、本身(ほんみ)で行われていて、血しぶきが日常風景なことに、俺は結構めまいがした。


「キスケはステータスを組んでいないから、念のため、あまり無茶をしない方がいい」


 という、ありがたい配慮を受けて、カグナにやらされたのが、剣での打ち合いだったわけで……。

 骨の折れる鈍い音や、血溜まりを駆けるパシャパシャとした水音の中、必死になって戦った。相手はピエールくんだった。普通に強くてこれが世界標準か! とか、混乱のあまり、訳の分からん感慨を抱きながらも、収穫はあった。

 実は、子供たちにじゃれつかれた時もそうだったのだが、《歓喜》はただ攻撃を仕掛けられるだけでは発動しなかったのだ。ということは、路上で割りと危ない橋を渡ったことにもなるのだが、悪意なく人を致死レベルで攻撃出来るサイコパスや達人相手だと、このスキル、使えないというのが発覚した。

 具体的に、どう発覚したかというと、ピエールくんのカエル斬りが直撃して俺のアバラが割れたあたりで分かった。普通に気絶したわ!

 人を殺せる威力の攻撃を、訓練レベルで応酬し合っている世界に、悪意だけを感知する俺のスキルは、穴だらけなのではないだろうかというのが、結論だ。

 異常に傷の治りが早かったおかげで、旅には全く支障がなかった。さすがファンタジー、脳筋だな。


 ピエールくんは、それなりに名の通った使い手だったらしく、彼と打ち合えた俺の腕前は、そこそこのものだという認識で定着した。ただ、攻撃の仕掛けや避け方が異常にいやらしい、対人に特化したフェイントや技の持ち主だという、困った評判も立ってしまった。

 歴史的に、人同士が争うシーンは、つい数十年前まで存在しなかったそうで、そりゃフィクションも映像も図書知識も片っ端から対人特化な現実世界から来た俺の戦い方は偏ってるだろーよと納得もした。

 あと、王子といっても、実は軍の最高戦力という意味でしかなく、実権はベイジさんが担っているので、訓練以外にやることがあんまりないから、カグナは結構ふらふら街のあちこちに顔を出していたということも、本人から聞いた。


「い、いいんだ! 私が見回っていたら、皆、安心するだろう!」


 とは、本人の言。

 間違いなく空回りしてたんだろうなあ……と、想像に難くない。

 この数日間、行動を共にして思ったことは、こいつ、バカなわけではないんだが、真面目過ぎた。

 単純に考えて、戦車がキュラキュラ見回っていても、誰も親しみ持つわけないだろ。中の人を出せ、中の人を。お前、戦闘能力だけ見たら怪物級なんだから、軍事行動みたいな見回り方するなよ。

 と、伝えて改善してやったら、始めは街のみんなも戸惑っていたけど、なんだかほっとしたような、気まずそうな空気にまでは落ち着いたから、やらないよりは大分良かった。


 ヤースさんとも、そのことを話した。

 小遣いをもらったんで(ヒモじゃないぞ、出処はベイジさんだからな)、酒場に繰り出してみたところ、遭遇した。彼の立ち位置が、現実での神職や僧籍というよりは、放浪の求道者に相当することも、この時の周りのおっさんや、酒場の主人、女中さんなんかとの話で察することが出来た。

 ほうぼうで人々の悩み相談を請け負ったり、ステータス鑑定を行う対価に、日々の糧を得ているそうで、彼の信じる、血の遺志の教え、というのも、純粋な人間種族だけでなく、亜人にまで広く敬われていることが分かった。

 この世界、宗教らしい宗教を拝もうにも、実際に()が存在して、しかも信仰を必要としていないということで、本当に力を価値観の中心に据えた文化なんだなと、少し、感心したところもある。だから、血の遺志の教えというのも、全く組織らしい組織を持たない宗教で、権力もないんだそうだ。


「まあ、近所の夫婦喧嘩やら、職場の人間関係の悩みを聞いてやるだけのおっさんですわな」


 なんてヤースさんは韜晦していたが、人のためだけに人生を使い続けるのは、立派なことだと思う。

 そのヤースさんをして、


「カグナさんの心は、ギリギリのところまで張り詰めていました。だから、キスケさん、貴方だけが決して悪い訳でないのですよ」


 と、言わしめたカグナのこれまでの人生を思うと、生き方が不器用な奴、不憫だな、と、頭の一つ二つ、いや三つ四つばかしも撫でてやらないと、収まりがつかなかった。

 寝る時に、抱き寄せてそうしてやったら、泣かれた。

 格好をつけている割に泣き虫なんだから、お前、しまらねえよなあ。ほんと。


/*/


 夜明け前、ひっそりと部屋を抜け出して、屋上に向かう。


(一人の時間ってのは、必要だよな)


 朝もやに包まれた街並みを、高いところから眺めていると、ここを訪れた当初の、ひどく焦っていた自分を笑ってやれた。


 自分の核になる歴史がない。それだけで、ああも不安定になる。

 自分の核になる歴史なんて、たった数日、過ごすだけで足りた。

 語るまでもない小さな出来事ばかりだ。

 でも、その小ささの集合体で、自分という存在が出来上がっていることに、気づけた。


「ははっ」


 これで深呼吸さえ出来りゃあ、ご機嫌な一日の始まりなんだが、と、肩を竦める。

 どれぐらいしっかり監視されているか、試すつもりで、一度自分を落ち着かせる目的の深呼吸を一つしたことがある。路上で噂話に興じていた軍の下っ端達相手に絡んだ時のことだ。

 巨木の根が地中を走り、俺という俺を縛り上げた。ような、錯覚を抱くほど、瞬間的に膨大な魔力が俺の背側から広がってきて、俺を捕まえた。この魔力の威圧感を、俺のものと勘違いされて、噂が立った訳だが、そりゃ余録だな。


「ダメですよー」


 後からてくてく歩いてやってきたニレェー本人は、口調や声こそあどけないのに、目が笑っておらず、きょるんとした目つきの中に潜む、圧倒的な質量感相手に、すこぶる反省することになった。

 ニレェー本人は叱るつもりがないのだが、存在するだけで圧力がすごすぎる。もうどうやってこの世界で相手の強さを見抜けばいいのか俺には分からねえよ! と、悲嘆に暮れた翌日、ピエールくんにぶった切られたんだから、とどめすぎるだろ。常識的に考えろ。


(ありゃ、痛かったなー……)


 くすくすと笑いをこらえきれずに零しつつ、斬られたあたりを、手でなぞる。

 服をまくり上げて肉眼で確かめてみたが、さすがに夜明け前の薄暗い中では肌の色なんてよく見えない。でも、傷跡の色素沈着も、ほとんどなくて、じきに痕跡は分からなくなってしまうだろう。

 痛いのが笑えるなんて、我ながら馬鹿みたいだったが、本心だ。


 治る間、生きてる感じがした。

 傷つかなくてもいい、現代社会に生きてきたはずなのに、わざわざ痛いことをありがたがるなんて、馬鹿みたいだ。でも、


「それがいいんだよな」


 この痛みは、優しい。

 悪意がなく、後を引くこともない。

 理由もなく戦ってばかりいるゲームを、それこそ馬鹿にする連中はいる。

 無駄な時間を過ごしていると、見下されたこともある。

 でも、俺は、生きていたいだけなんだ。

 この痛みを感じていたいだけだったんだ。


 そんなことも、思い出したりした。


 見舞いに顔を出したピエールくんの、後腐れのない笑顔が心地よかった。


「変な動きしすぎですよう、キスケ様ぁー」


 蛙亜人ならではの脚力を遺憾なく発揮した君には言われたくないなと、その後で笑いあったっけ。


 朝焼けが徐々に街を照らし出していく。

 右下に見えるのは、学舎。その近くの路地裏で、ムンタ達と鬼ごっこをやったっけ。こっちだと、鬼は鬼でちゃんと種族としているらしく、遊びの名前は違っていたな。なんて言ったっけっか。

 逃げている最中に通りがかった、あの中央通りからすぐ入ったところにある酒場。仕込みの匂いがうまそうで、それで遊びに行ったら、ヤースさんがいたんだよ。そうそう、ハース名物の壺焼きだ。あれはまた食いたいな。でも、この世界は全体的に食う量がちょっとおかしい。俺が少食扱いになってるけど、普通に飢えた男子高校生並みには食うからな!?

 表通りから、庁舎に戻る途中、広場を通るたび、いつも、ジェーナさんや、その同僚のジュナさんと挨拶したなあ。見張り番をしている中で、どんなことがあったか、聞いてみたら結構面白かった。一日中、同じところに立ち続けていると、街の表情が本当によく見えるらしく、(わい)族(こいつらもずっと名前だけ出て来るが、討伐で近隣の奴らはあらかた片付けたばっかりだというし、まだまだ会えそうにないな。旅に出たら案外すぐか?)の、討伐前と、討伐後とで、人の歩く足の速さなんてところに違いがあったんだそうだ。すげえよなあ、よく見てる。爬虫類系は動体視力がすごいっていうから、その恩恵かな?


「…………」


 太陽が地平線から顔を出す。

 あれも、神の一柱(ひとはしら)なのだそうだ。月と対にして、もっとも偉大なる七柱のうちの一柱。

 万物に等しく魔力を授ける、世界の祖。

 宗教心なんてものの欠片、俺にもあったらしい。初日の出にするように、手を合わせて拝む。


(ありがとな。貴方がいなけりゃ、俺が出会った皆、いなかったんだろ?)


 夜明け。

 日差しと共に、透明な魔力が空気中に満ち満ちて、世界の全てが輝きを帯びていく。

 月や、星々も、魔力を地上に降り注いでいるらしいのだが、これほど劇的な光景が広がるのは、今、この時だけだ。


「ああー、早くこの時間を胸いっぱい深呼吸したいぜ!」


 爽快なフラストレーションという矛盾が俺の口元を目いっぱいに歪ませた。

 そのためにも、帝都、だ。


 皇帝に封印を施して貰えば、いろんなことがそこから始まる。

 直々にしてもらえるらしく、いきなり世界の中心人物と出会えるのも、楽しみの一つだった。


 今日は出発の日。

 さあ、新しい日常を始めようか!

色々試行錯誤中でまだ安定してませんね。頑張ります。

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