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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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19.異世界の常識

 クヌゥーとニレェーは、人間王の話題を出した後、会話を止めていた。今は、向かい合って互いの両手を握り合い、身を寄せ合うように、お互いの目を見つめながら、しきりに小首をかしげあっている。どんな意思疎通が行われているのだろう……。俺の目からすると、童女に近い女性が二人、戯れているようにしか見えない。

 状況が掴めないので、仕方なく空の湯呑みを煽る振りなど交えつつ時間を潰しているうちに、ふぁさりと一際大きく葉の鳴る音がして、それで樹人の彼女達が俺の方へと振り向き直したことに気がつく。


「……決まりましたのです」

「決まった? 何が?」

「ニレェーがキスケさんの監視をいたしますー」

「監視」


 そういうことになったらしい。

 どういうことだ。


 ニレェーとクヌゥーは、格好や話し方こそ似通っているが、つぶさに観察すると、外見だけでも、それなりに異なった個性を持った二人である。人種が異なるだけでも見分けというのは不慣れであれば難しいが、亜人種ともなれば、なおさらというのは、こうして対面しながら話している間にも痛感する。……すいません、声はまだ区別できそうにないです。どちらも、はんなりと雅やかな緩さをテンポとする、裏声に近い音質で、抑揚がひらひらとよく上下することだけは、感じている。

 今、手を挙げて、監視をいたしますー、と自己申告した方が、ニレェー。最初に、決まりましたのですー、と、つないでいた手を解いて上体の斜めにかしいだ方が、クヌゥー。二人とも、体型や顔立ちこそ幼いけれど、瞳の芯に、意志の濃い、知性の輝きが宿っている。まんまるであどけない大きな目の、純真な印象と、その知性を感じる瞳の組み合わせに掛かると、口調や見かけよりも、ずっと彼女達が成熟しており、むしろこっちが見透かされているような気にすらなる。門番をする適正は、これなら高そうだ。

 そして、二人の一番の違いはというと、これはもう歴然だ。髪に(・・)生えている葉の形が(・・・・・・・・・)違う(・・)。生え方も違う。ルーツとしている樹の違いなのだろう、クヌゥーは比較的つるんとした質感の葉であるのに対し、ニレェーは柔らかそうで、緑色も薄い。きっと、長い付き合いになれば、内面の違いも分かるのだろう。というか、長い付き合いにするつもりってことだよな、監視するってことは。


「封印は、王でなければ出来ません」

「ここから最も近い王は、帝都にいる、黒の皇帝の処だと思います」

「赤の王は最近降ったばかりですから、きっと地元にはいないのですよ」

「帝都までは少し距離がありますから、監視者たる私達のうち、誰かがついていかねば、盟約が守れません」

「ハースにいる樹人は数が少ないですから、カグナ様と知り合いの私達から人員を出すのがよいのです」

「それで、ニレェーさんか……。なんだか悪いね、軍の仕事もあるだろうに」

「軍にいるのは盟約があるからです。盟約が優先されるのですよー」

「こればかりは、皇帝だろうと曲げられませんから」


 盟約。また新しい単語だ。

 今日は既に大量の新情報を仕入れているため、後でベイジさんなり、カグナなりに裏を取りながら自分で整理をする必要がありそうだ。それに、王と皇帝が別々にいるっていうのも、何気に重要そうだ。

 カグナは王子であって、皇子ではない。上下関係をつけるなら、諸王を封じるのが皇帝の権限、というのが現実側での常識になる。そうすると、カグナが昨日帰ってきた際、ハースの住民から全面的な歓迎を受けなかった事実を見る目にも、また少し、違った角度がついてくる。降ったとか言ってるし、またデリケートそうな話題だなあ、もう!


「そうと決まれば、キスケさん」

「はいな」


 クヌゥーが真剣な面持ちで切り出したので、俺も居住まいを正す。

 クヌゥーは、かしいでいた上体を反対側に振れさせ、ニレェーの方へと身を寄せながら、彼女達にしては珍しいことに、きっぱりとした口調でこう告げた。最後の言葉など、クヌゥーからも重ねて嘆願される。


「ニレェーが旅に同行するためにも、是非是非、カグナ様との馴れ初めを!」

「馴れ初めをー!」


 ……あり? そこに真面目になるの? 君たち??


/*/


 あまり長居をしても迷惑だろう……という配慮は、カグナの寝顔に悪戯をした話への食いつきから鑑みるに、不要そうだったが、庁舎側での食事の手配もあるはずだし、部屋を長く空けているのもまずかろうというのが、俺の方の事情。ほどほどのところで談笑を切り上げ、クヌゥーたちの家を辞した。


 日が落ちるには、今少しの猶予があった。空の色味は、青の濃さが徐々に増しつつある。

 スニーカーの靴底が石畳を蹴る、耳慣れた自分の足音に重なって、リズムの異なる、もう一つの靴音が、かっつかっつんと存在を主張していた。

 ニレェーの木靴の足音だ。


「旅は、故郷を離れる時以来です」


 ニレェーは、常からにこやかなその表情を、にひっと一層強めるや、後ろ手のポーズで一回転し、俺を見上げてくる。


「故郷、遠いのかい?」

「近いですよ? 辺境の守り手の一族でしたから、ここから二三日です」

「そりゃ、実質人生初めての長旅ってことだな」

「です」


 楽しんでいそうで良かった。

 俺はというと、カグナとの関係を深めさせたがっているベイジさんが、果たして別の異性が同行するのをいい顔するかどうかで密かに頭を悩ませている。


(こうやって他人の顔色伺ってばっかだから、人生楽しめねえんだよー俺ー)


 しかし俺よ、そうは言っても無根拠に振る舞うわけにはいかんのだ。なにしろ俺に自由になるリソースがない。スポンサーの意向は大事にせねば。


(多分モンスター狩れば稼げるんじゃないの? のし上がっていこうぜボーイ!)


 俺のステータスに戦闘能力らしき記載はない。戦えるかどうか自信があるならそうしたら良かろう。


(大丈夫大丈夫! 人間どこでも暮らしていけるって! ほら、やれば出来る!)


 痛くなければ覚えませぬって、最初に選択しちゃったからなー。死ぬほど痛いのとか、ダメージ長引くのは、さすがに嫌だぜ。戦闘狂じゃねえっつの。でも、強いかどうかに自信がない状態は、確かにゲームやる上でまずいよなー。どこかで自分の力量を確かめないと。


 などと自問自答を繰り返しながら、ニレェーの話しかけに相槌を打つうちにも、庁舎の目立つ縦長なシルエットはどんどんと近づいてくる。広場で、来た時にも挨拶を交わした見張り番の蛇亜人さんに、今度はこちらから会釈をすると、その目線が俺の顔より随分低いところへと下がっていき、途端に強張った。


「ニレェー! 貴方がお越しになるとは珍しい、どうなさいました?」

「ジェーナ」


 ファ?!

 ニレェーの声が、一声でニレェーさんになった。見張りさんの名だろう音を、呼びつけるような響きで口にしている。どこか気の緩みを誘うテンポは鳴りを潜め、歯切れが良い。鋭く伸びる若枝の如き力強さが、声に芯を通していた。

 ニレェーは手慣れた手つきで敬礼をやると、しゃちほこばるジェーナさんに、目下の者にするように、楽にせよと、またハンドジェスチャーをやった。


「ターニアス様にお話があります。所在を知りませんか?」

「は! ターニアス様は、本日は庁舎からおいでになってはおりません。戦後の事務処理にご専念なさっているものと思われます」

「意見は聞いていないのですよ」

「失礼、いたしました!」

「いえいえ、ありがとう」


 にこり、微笑みかけて見せるニレェーは、そのままジェーナさんの横を通り抜けていく。

 慌てて俺も、ジェーナさんにもう一度会釈をしてから、同じ道を後ろから辿った。


「……階級、上なの?」

「門番ですから」


 ニレェーを見分けると、道を空けていく人が多い。あれ、俺の知っている門番と重要度が違う。


「ああ、キスケ様は異世界の人なのでした。私達のことをよく知らないのですよねー」

「いや、さっきの仕事モードの方がビックリしてますよ、俺は」

「この世界では、力量の差がすなわち階級の差になります。戦いのために、上下ははっきりしておくのが大事なので」

「えーと俺尊大ですか、その基準だと」

「?

 キスケ()は、カグナ様を倒したのでしょう?」


 そう、にこにことしながらも、童女姿の樹人は、俺に事実確認を求めてきた。

 よくよく考えると、カグナとの一件を話してからの敬称が、当初出会った時と同じ「(さま)」に、いつの間にか戻っている。

 ……ここは修羅の巷かよ!

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