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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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18.人間王

「黒の帝国が、赤の王国を支配下に入れたようですよ、人間王」


 本来は敬称であるはすの称号を、しかし、臣下としては考えられない対等な口調で、その男は口にした。


「青の王国に続いて、これで四国目か……。皇帝め、手勢をうまく(・・・)扱っているな」


 王と呼ばれた側もまた、臣下の越権的な態度を気に留めることなく、むしろ、報告そのものの方を頭が痛そうに受け止め、眉間に皺を寄せる。パン、と右手が自分のこめかみを抑え、そちら側の目もつむった。

 二人の男がいるのは、謁見の間とは名ばかりの、実に簡素な、町内会の寄り合い処か、公民館の集会所めいた室内である。5~6人掛けのテーブルに着き、そっけない木組みの椅子に腰掛けて、懇意にしている樹霊(じゅれい)族から貰った、旨茶(うまちゃ)と呼んでいる、煮出してよし、食ってよしの葉で淹れた茶を、和風の湯呑みで手に持ち、時折すすっている。向かい合って座っている二人の間には、茶菓子まで置かれていた。


「それより、先日観測された、新入り(ニュービー)の異常箇所へのポップアップはどうなった? 帝国領に現れたんだろう?」

「ええ、勢力の空白地帯で感知した彼ですね。魔族どもの支配地域だったのですが、身柄自体は無事なようで」

「そうか、何よりだ」


 人間王は、座り込んでいた椅子から背中がずり落ちるほどの安堵を見せる。その顔は、王らしき威厳や年輪とは無縁そうな、少年のものであった。毛が立つほどの短髪で、現実の世界ならば、女子に人気な運動部のエースと呼ぶ方が、王と呼ぶより、よっぽど似合いだっただろう。

 対面の席に着く男もまた、王ほどではないが、年若い。その体には、青年と呼べる線の細さがあって、野放図な蓬髪の下から覗くにしては意外なほどに端正な面にも、ヤンチャそうな笑みという形で表れている。


「派遣されていた、青の王国の王子が、予想よりもいい仕事をしたお陰ですね」

「敵方が有能なお陰で、仲間(・・)が救われるってのは、複雑な気分だなァ……なあ、ヒカル」

「そこは素直に喜んでおきましょうよ、アキラさん」


 ヒカルは、クツクツとおかしそうに両肩を揺らし、笑いを噛み殺しながら、自らの王を名前で呼んだ。

 アキラと呼ばれた人間王は、背中がずり落ちたまま、ムッスーと口を庵点(いおりてん)みたいに思いきりひん曲げ、湯呑みを叩きつけるようにテーブルに置き、ヒカルを人差し指でテーブルの上スレスレに指しながら言葉を返す。


「ゼンジンさんから、まだ、続報が来ねえんだよ。なーんかエラー起こしてるんだとしたら、俺達の有利が無くなるってこと。お前、呑気に笑ってるけど、これ、大分ヤバいぜ?」

王樹(おうじゅ)の件もありますし、帝国に流れちゃいますかね、新入り君」

「流れる」


 人間王は、むくりと椅子から身を起こし、自勢力の不利をそう断言した。しかも、嬉々とした表情で、茶菓子まで掴み取るなり一口食いちぎっている。


「俺ならあっち行くね! だってダンジョンだぜ??

 しかも、まだ誰も攻略完了してないヤツ!!

 つーか俺も行きたいって、ホント。早くうちでも造れるようになんねーかなあ。ルナのヤツはどうしてる? 原理まだ分かんないって?」

「いくら王の力を束ねた皇帝と言えど、あれだけの大規模構造物を一日で出現させるなんて芸当は……、それこそアキラさんだって(・・・・・・・・)難しいでしょう」


 身を乗り出して話題を脱線させてきた王に、肩を竦めながらヒカルは言外に「まだ何も分かってません」と匂わせた。

 すると、人間王は察したらしく、茶を葉っぱごと煽るようにして口に放り込み、不機嫌そうに食いさした茶菓子ごと一息で飲み下して言う。


「馬鹿、お前、俺にだって、どう願ったら(・・・・・・)あんなもんが出来るのか見当もつかねーよ」

「やはり、クリア報酬関係と見込んでますか……」

「ああ。少なくとも王クラスが扱える《魔法》じゃないね。八百年(・・・)王様やった俺だから分かる。もしも皇帝だけの《魔法》だとしたら、俺達はこの世界の《魔法》のことを、根本から見直さないとヤバい。あんなもん、虚空(ソラ)の連中でもなけりゃー無理!」

「そして、光の一族は、地上に関わるほど暇じゃない、ですか……」


 自らの名に似通った、その一族の総称を、頭上に広がる木造の天井を見やりながら、ヒカルはつぶやく。

 その目には、忌々しげな色が籠もっていた。

 人間王はというと、そんな臣下の様子を慮ることもせず、足をテーブルの上に投げ出して、片手をひらりとかざしつつ、気楽に自分が掴んでいる事情を喋り立てた。


「お天道さんやお月さまでもなけりゃー、そんなもんでしょう。だってあいつら、王樹生えても未だに危機感ゼロだぜ。あれ、虚空(じぶんち)にまで届くヤツかもしんねーのに、全然地上の王達と連絡取ってる様子ねーもん」

「日夜伸び続けてますからねえ。非常識にもほどがありますよ」


 ヒカルは、今度は木壁の向こうに意識をやって、大げさに首を左右に振って見せた。そしてこうも思う。この、いちいちリアクションの大きい王様(・・)に付き合ううち、僕もすっかりジェスチャーが大きくなってしまった。長い付き合いだから、癖が移るのはしょうがないとしても、せめて品位がないところだけは真似しないようにしないと。


「困ったことに、俺らのうち、見えるヤツと見えないヤツがいるってのが、また……なあ?」


 椅子を二本足で傾けさせて、床と水平気味になった姿勢から、目だけを向けてくる王に、悪癖をまた一つ指摘しておく。


「自分が見えてるからって、全然人に聞かないのが悪いんですよ、アキラさん。僕達は王族みたいに強い力があるわけじゃないんですから、ちゃんと異常があったら言ってくれないと」

「わーりわりぃ、でも、俺のお陰で新入りが変なとこに出たの、分かったんだぞ。あそこに湧いたって見えた(・・・)の俺だけなんだから」


 やれやれ、と、行儀悪くもテーブルに頬杖をつきつつ、ヒカルは願う。

 せめて新入り君は、スカウトが行くまで、現地でじっとしててくれるタイプのおとなしい子ならいいんだけどな……。

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