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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
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17.おとぎ話の魔王の力

 両手両膝で大地に突っ伏しながらも、これか(・・・)、と、遂に元凶を突き止めた手応えがあった。

 今のでカグナにも目をつけられたんだ。間違いない。


 だが、気づきに集中するより、まずはお礼を言わねば。


「ありがとう、お陰で助かったよ……」


 まだ、縛られたような余韻が心臓に残っている。ひょっとしたら、実際に軽く残してあるのかもしれない。その方がありがたい。


「ええっと、君たちの名前は?」

「ニレェーです」

「クヌゥーです」

「ありがとう、ニレェー、クヌゥー。いろいろ話を聞きたいんだけど、今、大丈夫かな?」


 今日の二人は昨日と違って私服姿なので、時間を貰えるかどうか。出来ればお願いしたいところだ。

 二人は示し合わせたように揃いの格好をしており、いずれも薄布(うすぎぬ)で仕立てた、薄萌葱色のワンピースに素足とサンダル。木漏れ日に透けて、薄衣の下に濃く濃く浮かび上がる色彩は、これは下着というより、水着に近い感覚なのだろう、同じ緑系を重ねた、深緑色のビキニ。下着じゃない根拠は何かと問われたら、ワンピースのスカート部分を、腰の片側に結びまとめて、下半身を斜めに露出しているからだ。ビキニの上は木の葉のようにも見えるので、健康的で身軽そうな雰囲気も相まって、まさに森の妖精という装いだ。


「今日はお休みなので、よいですよー」

「カグナ様とのお話も伺いたいのです」

「さあさ、お家へどうぞどうぞ」

「お客様ー」


 おお? お呼ばれか。手土産も持たずに申し訳ないな。


/*/


 連れて行かれた先は、ごくごく普通に森の中で、すわ、青空ファンタジー生活かと焦ったが、クヌゥーが宙に対してささやかな魔力を放つと、俺達は飲み込まれるように異空間へと滑り込んだ。

 中は、木造……というより、巨大な木の体内にいると形容した方が、きっと本質に近いだろう。一面が焦茶色で、天井や壁は、樹木のうねる枝や根が組み合わさった見た目をしており、ところどころに生えている大ぶりの葉っぱから、朧気な光が漏れている。光源がこれっぽっちだと、薄暗くてもおかしくないのに、明度は室内全体を通してふんわりと、均一に保たれていた。

 内装は食器棚や台所ぐらいで、あまり見当たらないが、ニレェーが手振りで何かを招く仕草をしたら、するりと床面のうねりが盛り上がって椅子とテーブル状に変化した。


「お茶をお持ちしますねー」

「やあ、お気遣いなく」


 ごめん、興味津々です。どんな味のお茶が出るんだ。


 俺は、クヌゥーに手で促されると、三つ迫り上がってきたうちの、大き目の椅子に腰掛け、一息ついた。うーん、閉鎖空間のはずなのに空気がうまい。思わず深呼吸になる。


「ダメですよー」

「いけね」


 すかさず制止された。ただの深呼吸もダメなのか。


 まだ、物珍しげに目線が室内をさまようが、お茶を淹れるニレェーと、コップを用意するクヌゥーの方に、自然と吸い寄せられる。コップは木製だが、部屋から湧き出てきたりはせず、食器棚に普通に収まっていた。やって出来ないことはなさそうだが、いちいち魔力を使うのも不経済なのは分かる。一方、お茶を淹れるために湯を沸かす方法は、かなり気になったが、こちらは魔法を使っているらしく、世界の小さく歪む気配がした。

 ニレェーはお茶っ葉を棚から出した後、両掌を上にかざして詠唱していた。言葉の意味が分からないのは、魔法のための言語だからか、あるいは種族特有の言語だからと推測したが、案外、何の意味もなくてただ歌を口ずさんでいる可能性もある。それくらい陽気に、彼女の足元は左右にステップを刻んでいて、楽しそうだったのだ。髪や、そこから生えてる小さな葉っぱや、小ぶりのお尻が揺れていて、見た目にもリズミカルで楽しい。

 クヌゥーが水瓶から水を取ると、お茶っ葉もそのままコップに入れた。すかさずニレェーは掌をコップに向け、歪みの気配が収束する。クヌゥーがコップを順番に手で揺すっているんだが、魔法の只中に手を突っ込んでいて危なくないんだろうか、それとも普段からの独特の会話法と同じで、阿吽の呼吸が働いているのか。


「お待ちどうさまですー」

「粗茶ですがー」

「いえいえ、いただきます……うまっ!?」


 最初、茶葉を避けて飲もうとしたが、どうしても多少は口に入る。それが、うまい。

 苦味とか渋味が出るから、茶葉そのものは口にしないものと思い込んでいた。

 含んだだけで舌に乗る甘みは花に溜まった朝露の如く、飲み干す香気は新緑の芽生えに伴う初々しき輝きの如し! まるで森が喉の奥へと注がれていくようやわぁ……と、キャラまで変わって堪能した。

 王子様に出される飲み物より旨いってどういうことだ。


「お代わりもありますよー」

「私達の故郷の特産なのです」

「なるほど」


 樹人の故郷と来たら、さぞかし深い森なのだろう。それでもって、動く木(トレント)達が、我が子を育てるように森の面倒を見ている中で、ごく親しい者達にだけ分けてもらえる、貴重な品なのだ。ということに、俺の中では決まった。

 それぐらいの旨味があった。


「それで、聞きたいこととは何でしょうー?」


 そうだった。美味は世界を見失わせる。気をつけなければ。

 お茶は一旦忘れて、本題に腰を入れることにしよう。


「まず、禁忌の呼吸について、聞かせて欲しい。やっちゃダメな理由と、誰も使えない理由、それぞれ」


 深呼吸するだけで発動しそうになるなら、それこそ寝起きの伸びすらも危険だ。ヤバいヤバい。

 クヌゥーは唇を尖らせてお茶を吹きつつ、すすると、同じようにしていた隣のニレェーと目配せを交わし合い、頷き合った。シンクロ率高いな君ら。


「昔、昔のことなのです」

「人間は、今ではそれを、おとぎ話として伝えていますが、真実です」

「今は滅びた王国に、英明なる一人の王子がおりました」

「語るも恐ろしき、その者の名は、今では当時の称号のみが、残されています」

「歴史上、数多の脅威が世界に降りかかりましたが、我ら《光の種族》から生じた災厄のうち、世界を脅かしたのは、ただ一つ」

「歴史上、幾度も新たなる王が生まれようと、その名で呼ばれたるは、ただ一人」

「「魔王、魔王、《白き鼓動の魔王》。王殺し、王国殺しの簒奪者」」


 おとぎ話の有名な一節なのだろう。二人はそのフレーズを、声を揃えて一言一句違わずに語る。

 嫌な予感がしてきた。


「今ではそんな技術があることすらも、隠し、伏せられ、封じられています」

「諸王の交わした盟約は、諸王が相争い、互いを下しあうようになった今も、変わることなく、守られています」

「かの魔王が極め、振るった、その力の名は、《鼓動》」

「世界を喰らい、世界に成り代わる、人の見出した災厄の技術」


 ほら来た。俺の予感は当たるんだ。


「諸王は、全ての人に、力を与え、代わりに、人がその力に目覚めることのなきよう、封印を施したのです」

「力は、親から子へも伝わるので、もはや未開の《空白の大地》以外で、封印の施されていない人間が現れるとは、誰も思っていないのです」

「《鼓動》が与える恩恵は絶大」

「それゆえ、万が一、悪しき者共が封印をすり抜けようと企んだ時、必ず分かるようにと、私達の種族は監視の命を王様から授かっています」

「王族の方にも、お伝えされているお話です」

「なるほど」


 いかにも「そんな話、初めて聞きましたよ」という顔で、相槌を打っておく。実際にそうだけども!

 法の不知による罪は罪ならず、そんなことあるわけがない。だが、悪しき者ではないですよというアピールだけは、しておかねばならんのよ。


「だから、不思議なのですよー」

「キスケさんは、カグナ様のいい人なのに、どうして封印が掛かっていないのですかー?」


 よくぞ聞いてくれました!とばかりに、俺は今までの経緯を説明した。

 昨日目覚めたきりで、それ以前の記憶がないこと、ヤースさんに見てもらったところ、固有概念(ユニークスキル)が二つあったので、記憶喪失はそれが原因だろうということ、その記憶を取り戻すためには帝都に赴き、ヤースさんのお師匠様に診てもらう必要があること、今はそのための旅立ちの準備中だということ。

 一点だけ、ベイジさんから頼まれ、カグナも了承した、帝都に向かう当初の最大目的だけは、伏せておいた。機密事項に当たるからだ。


 話し終えた頃には、三杯目のお茶が、空になっていた。


「……それで、ええと。この話の流れで、すごく聞きづらい、んだけども」

「はいー」

「なんでしょうー?」


 最大の懸念事項。これだけは、確認しておかねばなるまい。


「《魔人》ってユニークスキルと、その《鼓動》って力、何か関係、ありそうかな?」


/*/


 魔人と魔王じゃ連想しない方が難しい。

 禁じられた力+魔人=魔王の雛とか、マジでやめて欲しい展開だ。

 そりゃ俺は、一般的な王道プレイングをするゲーマーではなかったとは思うが、悪逆物語(ピカレスク・ロマン)を突き進むつもりなんて……。

 ん、なんか違和感があるな。なんだろう。


 頼む、違っていてくれ、という、俺の思いが天に通じたのかどうかは分からないが(天をシステムとするなら信用ならない。特にハコ)、クヌゥーも、ニレェーも、小首をかしげるばかりで、思い当たるところがなさそうだった。


「世界には、概念(スキル)を束ねて魔法とし、それらを幾つも受け継いでいる、《魔術師》の家系があると言います」

「その人達のユニークスキルにも、魔の概念は共通していますのでー」

「気にするのは、そこではないと思いますよー?」

「そ、そうか。良かった」


 そんなら魔ってなんだろう、という新たな疑問が生じてしまったが、ひとまずは安堵出来そうだ。

 胸を撫で下ろしつつ、別の疑問を尋ねてみる。


「じゃあ、気にしなければいけないのって、なんだい?」

「封印ですー」


 あ、そうか。

 親から子に伝わるってことは、異世界人の俺にはなくて当然なんだ。仮に世界観に適応する形で変換(コンバート)されているとしても、俺の親父やおふくろまでは含まれまい。ということは、俺は、この世界上に、血のつながりを一切持っていない。

 これを、やんわりと「異世界人ですよ」ということだけ、二人に伝えた。


「んー」

「んー」


 二人揃って頬杖ついて悩み始める。目が、せわしなく、互いを見やったり、俺の方を観察したり、手元のコップを見つめて考え事をまとめ出したり、答えを探し求めるように天井を向いたり、動き回っている。


「人間王の管轄ですねー」

「でも、封印は、一刻も早く掛けないとー」

「人間王?」

「はいー。異世界から来たという王ですよー」


 あ、道理で打ち明けた時にベイジさんが驚かなかったはずだ。既にいるんだ、しかも出世しとる。

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