14.スキルについて
「固有概念が2つ……。道理で記憶も喪う訳ですね」
えっ、そっち? と、ヤースさんの方を確かめると、ベイジさんと目配せを交わし合っていた。
ステータスの内容は、表示がポップアップする形ではなく、スキル発動時と同様、意識の奥の方に閃く形となっていたので、おそらくベイジさんには俺がどんなスキルを持っているかが伝わっていない。けれども、俺と同じ内容を俺の中から感じ取ったであろうヤースさんが、スキルの名前を口にすることはなかった。ヤースさん、魔人ってどうなんでしょう。ありなんですか。まずくないですか。何にも言われないと逆に怖い。
というか、ハコが名付けたまんまのスキル構成じゃねえか。《歓喜の魔人》が、《歓喜》と《魔人》で出来ている。あいつが世界観に適合させる最終調整係で、ほぼ間違いないだろう。《魔人》の方は発動すらしていないので、当然、詳細の見当が俺にもついていない。専門家のヤースさんに聞いたら、内容まで分かるもんだろうか。どうしよう。聞くのもためらわれるスキル名で、すっごい困る。
ひとまず魔人は置いといて、俺は気になっていたことを聞くために、挙手して発言順を確保した。
「ええっと、ベイジさん、基本的な確認です。スキルを得るのには代償が必要ですか?」
「人が、代価なくして何かを得られることはありません。ことに、ユニークスキルは、スキルよりも強力な分だけ、支払うものも大きくなる。カグナ様でさえ持たぬ力ですよ」
使い方によるんだろうけど、一日で六百キロを軽く移動できるカグナよりもすごいポテンシャルを持った力が、俺にあるってことか。
過ぎたるは及ばざるが如し。優遇されてんだか、縛りプレイを強いられているんだか、今の段階では分からん。
この際だ、続いてもう一回挙手。
「じゃあ、そもそもスキルとユニークスキルの違いってなんです?」
「引き換えにするものの違いですね。スキルは、誰もが持ちうる力です。歳月を重ね、自らを削り、そうして得た経験を引き換えに、形と成す。スキルを得ていれば、スキルがない時と同じことをしようとしても、過程を省略できるのです」
火を熾すのに魔力だけでいいとか、そういう奴だな。分かる。
「まさに魔法ですね……」
「いいえ、魔法以上です」
納得しかけた俺を、ベイジさんは明確に否定した。
「スキルは魔法を作れますが、魔法でスキルは作れません。今では、魔法は概念の一つとしてみなされています。
同じことをしようとすれば、同じスキルに辿りつく。だからこそ、スキルをどう編み出し、鍛え、活かすかに、人は腐心するのです」
私も同じですよ、と、長大な腕を胸に当ててみせるベイジさん。
この人は一体どんなスキルを持っているんだろうか。
「そして、スキルを持てるのは、数ある種族の中でも、人間の血統のみ。だからこそ、我ら亜人は生まれました」
昨日街で聞いた、カグナの言葉を思い出す。
亜人は人間と婚姻するために存在する種族、か……。そういうことね。
人間に血を分けてもらうためだけの種族。
この世界の常識に染まっていない人間としちゃあ、ちょっと気分が悪い。
プレイヤーは人間に決まってるから、人間種族優遇は分かるが、ちょっと露骨すぎないか?
それに、あれだ、あの。男の俺から見ても、ベイジさんがもふもふと魅力的であることは認めよう。だが、人間がベイジさんのお嫁さんをするのは、さすがに物理的不可能があるんじゃあないだろうか。
多分に猛烈な失礼にあたるだろうから、さすがに口に出したりはしなかったが、どうすんだろうな、ほんと。
「そして、ユニークスキルとは……」
「とは?」
「人生において、歩んだ道のりが、概念に至るまでに極まった時……例えば何らかの達人となったり、度を越した妄執、我執の果てに生み出される、その人そのものを象徴する概念です。引き換えにするのは、経験ではなく、自らの歴史そのもの……と、そう、私は聞き及んでおります」
そっかー達人級の人生そのものかーうんうんそれを2つ分ねー。
……現実側の記憶が残るわけねえじゃねえか!!!
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同時に。カグナに関する現象にも、ものすごい得心が行った。
《歓喜》のスキルが、本来起こるべき、どのような過程をすっ飛ばしているのかは知らないが、ほとんどノータイム、かつ、無制限と思える勢いで発動し続けたのは、つまりこれがハイエンド級の能力だったからなのだ。
人の心に作用するスキル。そりゃ、あるだろう。あるとは、考えればすぐに思い至るが、本来あるべき過程をすっ飛ばすと、こうも違和感が生じるか……。
名前だけから推測しても、おそらく、俺はカグナを「数え切れないくらい喜ばせまくった」わけで、それが、本来は人を喜ばせるのなんて造作もないぜ!ってクラスの、コミュニケーションの達人が行う、会話なり、イベントなりを費やしたのと同じだけの喜びを一回一回与えていたんだとしたら。
(惚れられるのも、道理ってわけかい……)
頭が痛くなりそうだ。
対人関係の醍醐味が全部ショートカットされている。チートコマンドを使って恋愛シミュレーションゲームをやるようなもんじゃねえか。ボタン連打で好感度マックス、はい、おしまい。人間同士の関係って、そうじゃねえだろ!!
「あの、ベイジさん、スキルってリセット出来ませんか?」
居候、三杯目はそっと出し。ならぬ、三回目の挙手は、遠慮ではなく、すがるような思いを籠めて差し出した。肩が落ちかかっているのを、必死にこらえながら手を挙げている。
「消すことは出来ませんが、別の概念と複合させ、元の性質から変化させることは出来ます。しかし、固有概念ともなると、同じユニークスキル以外と複合することは、おそらくないでしょうな」
見えない!
もう床しか見えない!!
まばたきも忘れて床を見つめることしか出来ないよ!!
肩どころか未来を落とした!!
俺の未来はどこ!!?
「ええーとー、もう一つユニークスキルがあるらしいというのは今初めて知ったわけなんですけれども、スキルの効果とか、使い方って、ヤースさん、分かったり、します?」
くじけそうになる自分を奮い立たせて半笑いになりながら、面を上げた。
あっ。
ヤースさんがヤッさんって感じの笑顔になった。やべえ、これ聞く前に分かった。分かんねえんだ。
しかもそのことを目と目で通じ合っちまった!
「お力になれず、すみませんな」
「ちっきしょおおおお始末に負えねえなこの力!! はた迷惑だから封印ぐらいはしたかったのに!!」
申し訳なさそうに自分の頭を撫でるヤッさんと、机に両の拳を叩きつけて悔しがる俺。
まーまーとベイジさんが俺の肩をぽすぽす叩き、落ち着かせようとしてきた。
「本来、自らの道を積み重ねて得るものですから、自分のスキルの使い方や意味がわからない、という事例は、そうはないのですが、世の中、無理をする人もおりましてな。前例が、なくもない」
「あ! あー、そうか、そうでないと、俺が記憶喪失なのも当然だなんて分かりませんもんね!」
「道を行き急ぐものというのは、いつの世も出るものですよ。そして自分を置き去りにし、見失う」
言葉を重ねたヤッさんも、前例の存在を言外に肯定していた。
「キスケさんがそうであったかは、わかりませんがな?」
肩をすくめ、おどけた顔。
慰め不要! 実際望んでこうなったわけじゃないから!
「治ったりしますかね? これ」
「高位の神聖魔法を使う、血の遺志の教えの信徒であれば、あるいは」
言いながら、ベイジさんが、期待を掛けるように、ヤースさんをまじまじと見つめた。
「私の修行が足りませんで、まっこと申し訳ない!」
「のーーん!」
ベイジさんの代わりに俺が鳴いた。この鳴き声の使い方が、魂で分かっちまった!
ちきしょー……。
「しかし、私の師が帝都に逗留しているはずです。彼ならば、キスケさんの記憶も、共に読み解くことが出来ましょう」
ヤースさんが、真面目な顔で最後に告げると、場が静まり返った。
帝都、帝都か。
やはり、そういうことになるのか。
「……分かりました。ありがとうございます、ヤースさん」
「いえいえ! お力になれたのであれば、何よりですよ」
気を取り直し、立ち上がると、ヤースさんに向けて握手を求める。
握り返された手と、皺深い笑顔は、部屋を訪れた時と変わらず、頼もしいものだった。