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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
第一章
14/97

12.月への誓い/ゲーム続行宣言

『ルールガイダンスを始めます、プレイヤー』


『これからあなたが赴く世界は、ハックアンドスラッシュと、ストーリーロールプレイを両輪とする、剣と魔法、そして科学と世界観(・・・・・・)のゲーム、【頂天虚空の層界迷宮(レイヤード)】です』


『システムがあなたに望むのは、以下の三項』


『強くなってください』


『そして、世界の歴史を変えてください』


『最後に、クリア報酬を絶対に(・・・)現実世界へと持ち帰ること』


『あなたは次の四つのシークエンスを経ることで、世界観に適合した形で作り変えられます』


『「世界があなたにとり、どのように見える場所であるかを選ぶこと」、「あなたが何者でありたいかを名乗ること」、「それらを信じること」、「信じたことと、存在する世界観との整合性を取ること」』


『私はシステム:物ノ名イミ子、名前は夢見る心臓です。

 ステージ突破ごとに、私はあなたにゲームクリアの意思判断を行います。どうぞご了承ください』


『また、その際に、合計三回まで、クリア後の世界に関する質疑に応じます。ゲーム全体で三回までです。

 なお、過去の質疑例から、次の一点を予め通達しておきます』


『持ち帰れるクリア報酬は、現象でも、法則でも、人でも、歴史でも。思いつく、全てがあなたの望むがままです。ただし、それによって引き起こされる二つの世界の変革は、私にも(・・・)予測までしか(・・・・・・)出来ません(・・・・・)


『よき旅を、プレイヤー。どうか、その心臓をできるだけ高鳴らせて』


/* Open Variable Time(以下OVT) */


 当然ゲーム続行だ。チュートリアルでやめるゲーマーがいるか。

 しかし、秒ほども掛からずに出てきた結論を、実際に腹を決めるまでには、俺の太ももを枕にして眠っているカグナが寝返りを三度打つまでの時間が掛かった。


 考えている間、無意識にする手遊びの先を求めて、カグナの髪に引っ付いている鱗を、コリコリと爪先で弾き、分かったことが幾つかある。


 まず、この鱗、魚のものほど薄っぺらくはない。また、透明でもない。

 次に、出会ったばかりの相手との、こうした軽いスキンシップは、意外なことに、それほど抵抗感を覚えなかった自分がいる。俺って奴は、甘えられると、どうにも無条件に受け容れちまうらしい。どんどん情が移っていく。

 最後に、ベイジさんが結構勇猛果敢な精神の持ち主だ、ってこと。


 答えを口に出してシステムに伝えようとした時、コンコンコン、外からのノックがそれを遮る。

 部屋の主であるカグナの寝顔を伺うも、まろやかにピスピスと鼻を鳴らしているだけなので、判断に迷ったが、一拍置いた後の「私です」という声で、来訪者が誰であるか分かった。

 眠る王子様の頭を、そっとベッドの上に落として、俺は扉まで出迎えに上がる。


「大丈夫です。なんもしてないですよ」

「はっはっは」


 笑ってから、のーん、とベイジさんは愕然とした様子で鳴いた。お構いなしでノックしたのかと思ったが、そういう艶っぽいシチュエーションは想像していなかったようだ。


「ただ、カグナの奴、寝ちまってます」

「丁度いい。キスケ殿に用事があったのです。……よろしいですかな?」


 そっと開けた扉の隙間から小声を交わし合う。いやしかしあんたデカい、デカすぎるよ。扉から見えたの、お腹だけじゃねえか。

 するりと部屋を抜け出し、俺達は男二人、連れ立って庁舎の最上階フロアを後にした。

 大型のものを運び入れることの多い施設らしく、天井や扉はベイジさん級がつっかえないのだが、さすがに階段となると、歩幅や階段の幅の関係で、結構あやしかった。長い腕を天井に届かせながら体勢を安定させつつ移動する姿は、まるでジャングルの樹上で枝を掴んでぶら下がりながら生活する生き物みたいだ。この人、多分足より腕の方が筋力あるぞ……。

 案外、そのあたりの獣をルーツにした亜人なのかもな、と、正体を推測しつつ、階段を上がり、屋上へ出た。


 今日も夜空は星の輝きに満ち溢れていて乳白色に濁っており、月は満月のまま、規則正しい軌道を描いている。眼下では、街の喧騒が、空に負けないくらい、橙色の灯りでひしめいており、発展した文化の度合いを感じさせていた。

 ベイジさんは腰を下ろし、ずんぐりと丸いシルエットを月影に伸ばしながら、口を開く。


「旅について、お願いがありまして」

「はあ」

「カグナ様が道を急ごうとしても、取り合わないで欲しいのです」

「いやいや、ベイジさん、カグナの方があなたより偉いじゃないっすか。優先順位守れないっすよ。なんでそんなことを言い出すんです?」

「それは、あなたが帝国の臣民であれば、の話でしょう」


 ベイジさんは、言外に、俺が異世界人であること……少なくとも、それを装った自国内の他勢力ではないことを、認める口ぶりだった。


「旅立つ前に、知人を頼り、確かめさせていただきますが、キスケ殿、あなたはやはり、帝国の民ではない」

「えーと……何か、特徴でもあるんですか? 旅の途中、それがバレるとまずかったりします?」

「ええ、まあ、私には、分かりました。これでも国内では偉い方でして、確かめる方法があるのです。

 ただ、日常的に確認できる能力を持った者は、それをむやみと行うような者達ではないので、安心してください。確かに現在、我々の国と、周辺諸国とは、小競り合いを続けており、人の出入りには多少敏感なところがあるので、そこのあたりに気をつけていただけると助かるのですが、何分、カグナ様がおりますから」

「ああ」


 そりゃ、王子様がいたら大概のことは権力で片付くか。この街に入る時も実際そうだったしな。


「しかしまたどうして?」

「それは、まあ、この旅がお二人にとってのハネムーン……」


 ブフォ。


「というには、まだ、キスケ殿には少々性急すぎる話でしょうな」


 はっはっは、と、ぼいんぼいん体全体を丸く揺らして笑うベイジさん。揺れる揺れる、隣の俺まで二重の意味ですっごい揺れたよ。

 あれか、さっきの意趣返しか! 


「お二人がゆっくりと過ごせるのは、この旅がおそらく最初で最後になるでしょう。

 ですので、せめて時間を掛けて、関係を深めていただきたいのです」

「くっつくのは前提ってことですね。ハイハイ……それにしても、帝都までは普通、どのくらい掛かるんです?」

「徒歩でおよそ一ヶ月。ですが、カグナ様なら、三日と掛かりますまい」


 どんだけだよ!!

 江戸時代換算で一日四十キロと考えても、一ヶ月千二百キロだぞ!!

 あいつは車か!!


「えーと、それは俺込みの話ですか? 抜きですよね?」

「お一人ならば、そうですな、二日もあれば」


 渡り鳥でももうちょっと慎ましやかな数字を出してくるよ!!

 あいつ水の生き物ルーツだろ!? ご先祖、鳥じゃないだろ!!


「カグナ様は、事に当たる際、加減を知りませんのでな。此度のことも、なるべく早くに動いた方が、帝国のためにも、また、我らが王のためにもなると、そうお考えになっているはずです。使者を飛ばすだけであれば、もっと早く済むのですが、事が事ですから」

「ふうむ……」


 やはり最速は別にいるようだ。おそるべし、ファンタジーといったところか。

 しかし、いざゲーム続行を決めた後だと、俄然面白く見えてきやがった。

 やりようによっちゃあ、俺もそのステージまで上がれるってことだろう?

 これは、間違いなく、現実じゃあ味わえない喜びだぜ。


「俺は構わんですよ。どのみち、行く宛もやることもないんだ」

「ありがたい。キスケ殿からの進言であれば、カグナ様もお聞き入れくださるはずです」


 あー。行く宛もやることもないけど、タイムリミットってあるのか?

 これは多分ゲーム開始時に確認してないが、どうなんだ。あるよなあ、普通。

 ま、通常のゲームと同じ作りになっているなら、そこまで時間は問題にならないはずなので、タイムリミットの問題は確認を後回しにしよう。……出来るよね? したいけど、クリア後の世界に関する以外の質疑応答、受け付けてくれるのかなあ。


「ところでベイジさん、なんでまた屋上に来たんですか。別にこれくらいの話なら、ほかの場所でも出来たでしょう」


 眺めがいいことは認める。この世界の夜は、どうも現実に比べて随分デフォルトで明るい仕様になっているようだ。どういう理屈かは分からんが、リアリティを追求して薄暗いテクスチャを見分けるのに四苦八苦した、なんて時代も、俺が生まれる前にはあったらしいから、ユーザーフレンドリーな環境には素直に感謝しておこう。


「…………」


 ベイジさんは黙って立ち上がり、まんまるな目で、月を見上げた。


「誓いを、立てて欲しかったのです」

「誓い?」


 彼の黒い瞳に映り込んだ、天上の銀色の円盤は、周囲の星々の輝きをかき消すことなく、穏やかに光を湛えている。


「あの場では、ああ言ったものの、私とて、帝国の民です。自分達の選択が、決してこの国のためだけに働くとは思っておりません。少なからず動揺は起こるでしょう。

 それでも、()は、彼女の父親の友達なんだ。苦しみ続けると分かっている道を、これ以上、進ませることも、したくない。

 キスケさん。君は、僕にとって、状況を変える決断をするために、非常に体のいい言い訳として、都合良く現れてくれた人だ。けど、もちろん、誰かが誰かにとって、都合のいい存在で居続けるなんてこと、ないと分かっている。

 だから、これは、取り引きですよ」

「……」

「君の世界にも、きっと月はあるのでしょう。僕と一緒に眺めていたまなざしは、どこか懐かしいようでいて、違う何かを見てしまっている、違和感があるようにも見えた」


 さすがに、人の上に立つだけあって、人間観察は得意のようだ。俺が街より月を見ていたのは間違いない。


「だから、月に誓って欲しいのです。

 我らにとり、月とは聖なる神の一柱(ひとはしら)。この世界を支える、偉大なるお方。

 その月への誓いは、制約こそありませんが、相応に重みを持つ」

「……ベイジさん並みに重そうっすね、この誓い」


 ヘッ、と笑い飛ばす。


「誓いますよ。守ります。カグナの、まあ、身の安全は、あいつ自身が面倒を見た方がずっと確かでしょうから、守るべき誓いの内容が、それじゃないってのは、見当がついてます」

「【蒼き波濤の王子】は、伊達ではありませんからね」


 カグナの異名らしきものを口にしたベイジさんは、満足そうに頷いた。口元が、まったりと太く笑みに釣り上がる。


「カグナ様のお気持ちから、目をそむけないであげてください」

「ほら、重たかった」


 肩をすくめ、茶化したが、目線だけはベイジさんの真摯なまなざしから外すことなく、俺も笑う。


「ええ、なにしろカグナ様は、私よりも重いですから」

「マジですか?! うっひぇー」

「はっはっは」

「わっはっはっは」

「はっはっはっはっは!」

「わっはっはっはっは!」


 ……いや、重い。重いね、こいつぁ。

 笑っちまうほど、重い。


 OK、いいぜ、了解だ。


「誓いましょう。そして、続行(・・)だ」

「?」


 不思議そうに小首を……首がないし、小さくもないので、体ごと顔を傾けるベイジさんをよそに、俺は、部屋を出てからもずうっと頭上に浮かび続けていたゲームシステムの女神、物ノ名イミ子の、顔も表情も詳細も何もないシルエットに対して宣言する。


「強くなって、カグナの気持ちを受け止められるようになってやりますよ。歴史だって変えてやる。だから、続行だ」

『了解しました。引き続き、よい旅を、プレイヤー』


 月よりも星よりも白く白く異常なまでに何もないシルエットが、回答を受領しましたと、俺だけに聞こえる声で告げてから、ふわりと霧散した。


 俺が何者であろうとも、俺は今ここで生きてんだ。

 言われるまでもなく、生きてる限り、強くなり続けたいのが男ってもんだろ。

 ああ、強くなってやらあ!!

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