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誰に導かれなくてもぼくらは生きる  作者: 城乃華一郎
序章
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9.カグナの副官・ベイジ=ターニアスとの出会い

「お待ち申し上げておりました、殿下」

「ベイジ。直接来るとは聞いていたが……何も政庁の中で待つこともないだろう」


 カグナの部屋があるという、ハースの街の中心部にそびえる庁舎まで来た俺たち二人を出迎えたのは、巨躯の男、ベイジだった。

 なるほど、デカい。通用門が5メートルあるのも納得だ。4メートル級の背丈があるじゃねえか。しかも、横幅は相応以上にふとましい。これ、下手をしなくても、キログラムよりもトン単位で体重を見た方がいい部類の生き物だよな?

 ベイジさんは、俺たちの姿が通りの向こうから見えるなり、やはりこれも高さ5メートルはあろうかという庁舎の玄関から、みっちりと幅をほぼ一人で占有する形で通り抜け、のすのすと階段を下って庁舎前広場に現れた。

 亜人――だろう。というか、亜人以外に考えられないサイズだ。丸いくりんくりんした両目の周りが黒く隈取されていて、球体かと見まごうばかりの胴部には、膝まで届く、異様に長い両腕がくっついている。この腕がまた太い。筋肉の輪郭が浮き出ていないので、マッチョマンには見えないのだが、この巨体で普通の人間並みに動いて見せているということは、力士同様、中身はギチギチに詰まった、驚異の体脂肪率一桁とかに違いあるまい。

 街のどこを見ても、せいぜいが2メートル越えで、これほどまでに現実の常識からかけ離れた存在はいなかった。伊達に将軍の器だとカグナが評しているわけではないのだろう。


 ベイジさんは、体格の割につぶらな瞳をしていて、常に微笑みをたたえた口元からも、軍のえらい人、という肩書からは想像できない、いい人オーラが漂っていた。存在感はあるが、威圧感ではなく、頼もしいと言い換えることのできる精神的安定感も持ち備えていそうな壮年男性だ。頭髪は短く刈り込まれた栗色で、髪の色に揃えたのか、門番達と同系列の意匠を、より豪放に施された軍服に、栗色のコートを羽織っている。


「いいえ、殿下。私の言い回しが誤っておりました。過ちは、自ら雪がねばなりません。それも、気づいたならば、できるだけ早く、です」


 ベイジさんは、朗々と広場に響く、巨漢特有の低音の、しかし、やわらかな声色で、自分の左胸に手を置きながら、そう告げた。


 ぐ。今の俺には痛く胸に刺さる言葉だ。 

 だが、実際どうやって償ったらいいか、ここまで歩いてくる間中、ずっと考えていたが、見当もついていない。記憶喪失に等しい男が、何の立場も力も持たずに取れる責任じゃあ、ないんだよな、カグナの一件は……。


「私が申し上げたかった言葉は、殿下。王族に列せられるほどの力をお持ちである殿下には、たとい丸一昼夜を戦場で過ごしたとしても苦にならぬほどの強靭な精神と使命感が備わっており、類稀なるその資質と、それを不断の努力にて磨き抜かれたカグナ様(・・・・)の英傑たる魂とは異なり、

「一兵卒のような、凡庸な運命をしか天に与えられなかった者たちには、生死を問わずに戦い抜く、帝国兵としての苛烈な任をこなして後、己の器を超えて奮い立たせた闘志の代償として、同じく日常からの逸脱であるような愚挙を経てしか、日常に戻れぬという葛藤があるということでございました。

「また、非才たる我が身では、カグナ様には誠に申し開きの出来ぬことではありますが、あえて彼らの前で、殊更に兵達の立場に寄る形でしか、彼らを労ってやれず、それゆえ、分をわきまえぬ振る舞いに対し、何のご説明も差し上げることなく、御身からのご制裁だけを先んじていただいてしまいました。

「なあに、丈夫だけが取り柄の男です。私はどうということはありません。それよりも、殿下の拳こそ痛まねども、御胸の内、さぞや痛まれたことでしょう。お優しいお方に、たびたびの無理を重ねさせてしまっている私の、副官としての、また、側仕えとしての不甲斐なさこそ、此度の原因にございます。

「ですから、王子。いえ、カグナ様。申し訳ございませんでした――」


 高官が滔々と公衆の面前で自らの非を認める愚は、百も承知ということなのだろう。

 ベイジさんは、はっきりと頭を下げ、言い切った。

 この人は多分、政治がうまくない人だ。詳しい経緯までは分からないけれども、カグナを傷つけてしまったという自覚があることは本当で、言っていることにも嘘がない。なさすぎる。兵士達の前で、嫌われ者の王子を咎め、殴られたのは下手くそすぎだ。でも、兵士達を労いたかったから、庇い立てしたはずだ。でも、内心では、ずっと王子の味方であり続けていたからこそ、こうやって誠意を見せに来ている。

 これではせっかくベイジさんが兵士達からの株を上げたとしても、カグナを甘やかしているとみなされ、彼女の株が下がる一方だ。街中で感じたカグナに対する隔意は、おそらくこうしたやり取りを何度も何度も繰り返してきたことで醸成されてしまったのだなと、俺は納得する。

 馬鹿正直なのもほどほどにしないと、思い通りにいかないのもまた、世界って奴の意地悪さだからな。


 腕全体に、熱を感じた。見ると、カグナが抱き着いている。


「本当か……?

「本当にベイジは、私が悪くないと、そう思っているのか……?」


 まずい。この状況は、すごく、まずい。

 へらりと変わらず口元に笑みこそ張り付かせている俺だったが、いくらなんでもカグナの性別がいきなり変わっていることに気づいていないほどベイジさんの目が節穴だとは思っていないし、まして、この様子で彼がその原因を俺に特定しないなんて奇跡も信じちゃいない。

 だからこそ、俺は、不安げに自分の副官のことを、俺の腕の陰から伺うようにして覗いているカグナの頭を、反対側の手でポンポンと撫でてやり、一連の流れに対して、何も口を挟まなかった。

 笑え。堂々としろ。何があろうと、心は退がるな。後ろめたさもバネにして、前向きに進む糧にしろ。

 俺はそう教わって(・・・・・・・・)育てられてきたはずだ(・・・・・・・・・・)


 ベイジさんの視線は、確かに俺の目を一瞬捉えてから、カグナの方へと通過した。


「……ええ。殿下もまた、いかに英傑であろうとも、やはり人には相違ございません。活発化する(わい)族どもの討伐に、国境警戒までを兼務すれば、お疲れにもなりましょう。

 お食事を用意してございます。そちらのご客人も同席で結構ですので、まずはお召し上がりいただき、お休みになられてください。他の些末事は私の役目です。全て、後ほど請け負いましょう」

「本当か?!」

「私は殿下に嘘は申しませんよ。とはいえ、さすがに腹も減りました、お二人だけで気兼ねなくとはいかずに申し訳ありませんが、私もご一緒させていただきましょう」


 にんまりと、太く笑ってカグナに頷きかけるベイジさんは、その長大な腕で庁舎の入り口を指し示し、俺達を中へと(いざな)った。


/*/


 あの忌々しい、表示というよりかは脳内に閃く啓示……【固有概念(ユニークスキル)】が現れなかったということは、ベイジさんは、俺に対する敵意を、少なくともカグナがそうしたように、殺意に近いところまで抱くことはなかったと考えていいはずだ。

 はずだ。


 そう、理性では解していても、心情では解することが、まだ、出来ない。


 堅牢な床石の敷き詰められた廊下を、彼の丸い背中に先導されつつ進んでいる。デカい。デカ丸すぎる。不意に後ろ側へ転がってきたら、ほとんど迷宮の岩石トラップ(イ○ディージョーンズ)だぞ。そんな妄想を描いてしまうのは、やはり先ほどああは自分に言い聞かせたものの、後ろめたいからに決まっている。

 カグナはというと、許してもらえたんだか許せたんだか、どっちの事情に落ち着いたのかは知らんが、素直にベイジの後ろをついて歩いている。重心の移動も優雅にこなして、威風堂々、王子様(・・・)らしい足取りだ。心なしか、背中がうきうきして見える。

 最後尾の俺はというと、後ろめたさからくる挙動不審がちな視線移動がないよう、不自然なほど、前だけに目をやるようにしていたし、建物の建築様式やら文化水準やらも気になって、おのぼりさんのように目線や顔の向きが取っ散らからないよう、自制するだけでも手いっぱいだった。本当に二人の背中しか見えてねえ。

 なので、ベイジさんの壁みたいな背中の向こうから、着きました、と(主に俺向けだろう)案内の声が掛かっても、誰が見ているわけでもないのに、頷き返すなんてことも、やっていた。


 開かれた扉の先には、10人掛け分ほどの、長い丸テーブルが据え付けらえていた。上座に立派な椅子が一つ、下座に普通の椅子が一つきりだ。上座に着くカグナの後、ベイジさんがどうするのか見守っていたら、彼は普通に床に座りこんだ。座高だけでも立っている俺より高いので、テーブルからは全然離れているのだが、代わりに腕も長いから、これが彼の標準作法なんだろう。魔法があろうと科学があろうと、トン単位の生き物が普通の人間と並んで腰かけられる椅子とテーブルなんて、そりゃ、バランス取るの無理だよな。

 俺も早速着席しようとしたところ、上体をこちらに伸ばしてきたベイジさんの腕が、椅子をつまんでカグナの隣へとワープさせてしまった。ワーオ。


「殿下の客人です。どうぞ、こちらへ」

「ありがとう」


 いやいや、客人て。まだ名乗ってすらいねえよどうすんだよ俺。

 おまけに、テーブルの上には、びっしり10人分の軽く3倍は料理が積まれていた。パーティーの給仕テーブルじゃねえんだぞ、なんだこれ。あ、ベイジさんで28人前、俺とカグナで1人前ずつの勘定か。それだと、むしろ足りるかどうかが心配になるな。ゾウは1日に200キログラムの水と食料を必要とするという。今挙げた参考記録の数量が、草食動物ゆえのローカロリー食である、かさ増し分を差し引いても、彼はどう考えてもゾウの数分の一とかいう尺度で量るべき、大食いのはずだ。

 暴食の宴が予感されるテーブルの横を通り抜け、着席する前に、改めて平静を装って俺は名乗りを上げることにした。


「キスケという。殿下にお招きに預かり、参内した」


 絶対参内じゃねえよこの場合。でも流石にガキの俺には適切な用語、分かんねえって。カンベンな。


「キスケは、街の外で困っていた私を助けてくれたんだ」


 簡素すぎる名乗りに、カグナがフォローを入れてくれたが、そんな歴史はどこにも存在しない。

 ついでに瞳を潤まされると、すごい罪悪感が湧いてくるので、ベイジさんにも見破られないよう、自己欺瞞を掛けるので手一杯になるから、やめてほしかった。

 どうも俺は、誰かと二人きりだと自分の内側に集中しがちだが、三人目を認識した途端、外面を作るタイプの人間だったらしい。カグナがまともにコミュニケーションの取れる状態じゃないことを考えると、外面オンリーでやっていくタイプの人間と言った方が正確か。なんてこった。

小説には不慣れで、安定した分量をなかなか作れません。早く慣れたいです。

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